2.公園の砂場
これは、私の友人の柚香ちゃんが体験したという出来事についてまとめたものです。
まず、彼女には、今年で五歳になる妹がいます。そして柚香ちゃんと私は、市内の高校に通う学生です。
彼女の家庭で異変が起こり始めたのは今から三週間ほど前のことでした。
金曜日を終わり、土曜日の昼頃のことです。柚香ちゃんは妹に連れられて自宅から徒歩一〇分ほどの所にある遊具が三つしかない少し寂びれた公園に遊びに来ています。
柚香ちゃんは、妹の面倒見のよい優しいお姉さんであったため自身の学校が休みの日には毎回、妹にねだられたことを断ったりせずに可能な限り妹と一緒にいてあげるのです。そしてこの日は、妹と一緒に公園に遊びに来ていました。
その公園に存在する遊具は先にも言ったように僅かしかなかったものの、柚香ちゃんの妹は「きゃっきゃ、うふふ・・・」といったような声を発しながら楽しそうな顔をしてゾウの形を模倣したと思われる滑り台を何度か繰り返したりしていたのです。その後は、遊具に満足したのか柚香ちゃんの妹は畳二枚分ほどの広さのある砂場に向かって走っていったそうです。
公園の砂場の横まで来ると、そこには砂埃や泥で汚れていて全身に纏っている衣服がボロボロになった昭和初期ぐらいに製造されたと思われるプレスされたマスクに顔を描き入れ、体のパーツを組み付けていく西洋人形が置かれていたのです。
柚香ちゃんの妹は、その人形を見つけるや否や姉の顔色を窺うようにして何かを言おうとしていました。そのことに気づいた柚香ちゃんは、妹の目を見て「どうしたの?」と聞くことにしました。
姉の言葉に対し妹は、砂場で発見した人形が欲しいとお願いしたそうです。しかし、柚香ちゃんの妹が人形を見つけたという事実は変わらないにしても人形だけでどこかから公園の砂場まで歩いてくるということは普通あり得ないことないうえ、人形の元の所有者が不幸にも落として失くしてしまっているということが容易に想像できたため、その時ばかりは妹から姉への懇願を断ることにしたのです。そして、柚香ちゃんは妹が見つけた人形を取り上げ、さっと砂埃を払いのけると妹が背伸びをしても届かない高さのあるところに置いたのです。その後は、人形の元の所有者が公園に取りに来てくれることを祈り、柚香ちゃんは妹の手を握り家に帰ろうとしていました。
自分が見つけた人形を姉に取り上げられ、手の届かない位置に置かれてしまった妹は、大声を出すことはなかったものの泣きだしてしまいます。
それに対し、柚香ちゃんは必死に妹が泣き止んでくれるように説得をしました。その結果、柚香ちゃんのお気に入りの着せ替え人形を妹にあげるという話になり、妹は納得をして泣くのを止めてくれたため柚香ちゃんは、ほっと胸を撫で下ろします。
さて、柚香ちゃんの妹が見つけた人形は、あれからどうなったのか、持ち主が見つけに来たのか、そんなことが気になっていた柚香ちゃんは時折、帰宅する途中にあの日の公園へと行き人形が無くなったかどうかの確認をするようになりました。
一週間、二週間と月日が経過しても一向に公園にあった人形が無くなる気配はありません。その頃から、家では深夜の二時、丑の刻になると妹の部屋から幼い少女の微かな話す声が聞こえてくるようになったそうです。
それは、日によっても異なったそうですが、だいたい三〇分も経たないうちに聴こえなくなり夜の闇に包まれた静寂に戻り、朝起きてきた妹に何があったのか尋ねてみても、ただ首を横に振るだけであったため、その真相は謎のままでした。
その晩のこと。妹の部屋で一体何が起きているのか是が非でも知っておきたい柚香ちゃんは、例の声が聞こえてきたら入って確かめることを決意しました。
それから暫く経ち、午前二時五分。妹の部屋から幼い少女の声が聞こえてきます。壁一枚挟んだ向こう側では何が起きているのか、まさか妹がこんな遅くまで起きているはずもなく・・・――できるだけ音をたてることのないよう慎重に自分の部屋を抜け出し、妹の部屋の前まで来ました。その後、呼吸を整えた柚香ちゃんは両手で妹の部屋のドアノブに手をかけ、ゆっくりと開けました。
そこには、窓を屈折して部屋の中に差し込む月明かりに照らされ、透き通るような金髪をもつ一三〇センチメートルくらいの背丈の少女が布団で寝ている妹の横で腰を下ろしていました。そして、柚香ちゃんは小さく口を開き、金髪の少女に声をかけたのです。
「あなたは誰ですか?」と、微かに声を震わせながら。
柚香ちゃんの言葉に反応した金髪の少女は、声のした方を見つめて次のように言った。
「私も、友達になりたかった。このままにしないで」と。
それから少しして見知らぬ少女は深い闇の中へと溶けていくようにして消えた。その少女の告げた言葉の真の意味は柚香ちゃんにとって判らなかったものの、その日を境に妹の部屋から幼い少女の話す声が聞こえなくなった。
その二日後。柚香ちゃんは学校帰りのついでに西洋人形のあった公園に寄り道をしました。肝心の人形はというと、まだ放置されたまま。そして、気がついたときには、人形を胸の前で抱いていたのです。それも、柚香ちゃん本人が自覚するよりも前に。
そうして、そのままの流れで人形を自宅に持ち帰り、丁寧に軟らかいブラシで汚れを落として新調したものの前の人形、つまり妹にあげた人形に着せる機会の無かった服を着せたのです。そして、自らの気持ちに整理がつくまでの間、人形は柚香ちゃんの部屋の窓辺に飾られることとなりました。
いつかは、あんなに欲しがっていた妹のねだりを拒んだのに、柚香ちゃんの部屋に公園でのあの人形があるということがばれるときがくるのでしょうが、それまでは柚香ちゃんの部屋に飾られることになった人形。
そんな人形は、西から差し込む陽の光の影響でか、微かに口角が緩んでいるような表情に感じられたのだそうです。