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後編

それから、何日かが過ぎた。


クリスマスまであと4日。

何の進展もないまま、送ることもなくなったアプリの画面。

それでもまだ会いたいと思う自分が馬鹿みたいで、嫌になる。


遠いということが

相手のことを傍で認識できないということが

こんなにもきついものだと思わなかった。




《遠くの君に想うこと》

〜後編〜




「マジ寒いし」


夜の駅前を歩きながら、コートに包まって悪態をつく。

イルミネーションが鬱陶しい。

サンタみてえな格好したビラ配りまでいやがる。

みんなで浮かれまくりやがって。


体も寒いけど、何より心が寒い気がする。


手にぶら下げた嵩張る袋にイライラしながら人を避ける。

入っているのは明日の放課後にやるクリスマスパーティ用の菓子や飲み物だ。

二人が予定があるとかで大分前のめりだ。


何がクリスマスだちくしょう。


「あ?」


人の蠢く中、見覚えのあるやつがいた気がした。

見間違えか?

考えるより先に体が動いた。


視線の先を横切ったのは、長くて黒い髪と、大人びた横顔と、紺色のロングスカートに、白くて短いボアコートを着た女。


服装が、雰囲気が、仕草が、顔が

全て彼女に似ていると思った。

会いたすぎて幻を見ているのかもしれない。

だって居るはずがないんだ。


それなのに、止まらなかった。

追いかけた。


人をかき分けて。


「藍沢!?」


腕を掴んで引き留めた。


「!?」


驚いた顔で振り向いた女は、本当に藍沢だった。


「藍沢……」

「望月、くん」


何故か、彼女は泣きそうだった。

水色のスマホを握りしめて。


「何、してんだ? 迷子?」

「あ、ええと……」


困惑した顔の彼女の視線に、慌てて手を離す。

「悪い」と謝ると「大丈夫」と悲しそうに笑った。


「場所、変えようか」

「え? あ、ああ」


言われて気づいた。

道行く人の邪魔どころか、軽い注目を浴びていた。

俺たちは、適当に駅前の喫茶店に入ることにした。


「何してたの?」


喫茶店の隅の席。

机を挟んでそう聞くと、すごく困ったような顔をした。

机に並ぶ紅茶には、二人とも手をつけなかった。


「もしかして誰かと待ち合わせしてた?」

「してないよ」

「なら、聞かれちゃ困ることか?」

「……」


口を噤まれた。

やっと会えたのに。

嬉しいって、思う間も無く。


「なあ、もしかして、俺に会ったの嫌だった?」

「そんなことない!!」


反応が早過ぎてびっくりした。

というか、藍沢のこんな反応初めて見た。


「違う……違うの」

「でも、連絡、返ってこねえし」


女々しい事言ってんな、俺。

わかってんだ。

だけど。


「久しぶりの友人に会えたって顔でも、なかったし」


すごく苦しそうな顔で俺を見るから。


「何か、あー……」


何言っていいのかわかんねえ。

段々顔を見るのが怖くなって、俯いた。


「……連絡、返さなくてごめんなさい」

「嫌なら、別に返さなくても」

「嫌じゃないよ」


優しい言い方。

多分藍沢も、俯いてる。

泣きそうな声だ。


「じゃあ、何?」


また返事がなくなる。


何か俺も泣きてえ。

本当は、会えてすごく嬉しいはずなのに。

ずっと会いたかったはずなのに。

今は、胸がめちゃくちゃ苦しい。


「俺、別に責めたいとかじゃなくて」


もっと、コミュ力があったら良かったんだろうか。

彩輝みたく明るく元気を分け与えられるような。

響也みたく察しが良くて話を引き出せるような。


俺なんか、口悪くて目つき悪くて髪色青だしネガティブだしコミュ力ねえしデリカシーもないし。


本当はずっと、嫌だったのだろうか。

ようやく離れられたと、思っていたのだろうか。


「俺……」


遠くに居ても変わらずにいたかったのは、俺だけなんだろうか。


「俺は……」


言葉にならなくて、それしか言えなかった。


――俺はずっと会いたかった。


その気持ちすら、怖くてもう言えなかった。


「……あのね」


藍沢が話し始めた。


「ここに来たら、元に戻れるかなって思ったの」


俺は、黙った。


「運が良ければ君に会って、それで、少しだけ話をすればきっと、元に戻れるって」


戻るというのが何なのかわからなかった。

わからないから、何も言わなかった。


「でも、ここに来たら、余計にダメだったの」


――何が?

そう聞きたいのに、声が出なかった。

そして、藍沢が黙って、静寂が訪れた。


周りの会話はあるはずなのに

食器の音が鳴るはずなのに

そこにあるのは確かに無音で

耳が痛くなった。


俺たちはいるのに

まるで俺たちが無い空間。




「――ダメって、何?」


どれくらいかして、やっと声が出た。

まるで三十分以上黙ってたような感覚だった。


藍沢の小さな深呼吸が聞こえた。


「……君が本当にいるなんて思いもしなかった」


それは、やはり俺に会いたくなかったということだろうか。


「俺の家、この辺だって」

「うん」

「いるだろ、そりゃ」

「うん……」


何故か、嬉しそうな声だった。

思わず顔を上げた。

やっぱり、いつもと同じ笑みだった。


やっと、嬉しいと思えた。


「なあ」

「何?」

「俺さ、お前が笑ってないとダメなんだ」


遠い空の繋がる先に想うお前は、いつだって笑顔だった。

笑っていてほしいんだ。

幸せで、いてほしい。


「だから、泣きそうな理由があるなら、話してほしい」


力になりたいんだ。

お前の心の。


「迷惑、かけるよ」

「むしろ迷惑かけろっつってる」


本当に、空が繋がっているから構わないと思えるように。

笑顔のお前が遠くならないように。


「あのね、私、君に言いたくて、でも言いたくないことがあったの」


それはやはり泣きそうな声で。


「何を言おうとしてもその言葉を送ってしまいそうで、怖くて、返せなくなった」


だけど、今度は俯かなくて、俺を見ていた。


「きっと話せば我慢できるって思ったのに、君を見たら、もっと言いたくなった」


それは以前と同じ、綺麗な微笑みで

不安なのに、胸がときめいた。


「それって、何?」


恐る恐る尋ねる。

藍沢は嬉しそうな顔で答えた。


「今は叶ってるの。でもすぐ言いたくなる。そして、いつかそれ以上を願うの」

「なぞなぞの話か……?」


俺の返事に藍沢がクスッと笑う。


「変わらないね、望月くん」

「はあ?」

「そういうところ、好きだよ」


ドキッとした。


「遠くにいるとね、見えなくて、わからなくなるの」

「お、おう……?」

「望月くんが、変わっちゃう気がした」

「変わりようが、ねえんだけど」


話が見えなくて、返答に困る。

そんな俺に、藍沢が安心したような顔をする。


「ねえ、また来てもいい?」


その言葉で胸が高鳴った。


「当たり前……つか、俺も、そっち行ってみたい」

「本当?」


藍沢が、とても嬉しそうな反応を見せて

俺はようやく、何かがわかった気がして。


なあ、もしかして。

もしかして。

お前も、俺と同じなんだろうか?


だとしたら――




「今日はありがとう」


冷めてしまった紅茶を飲んで、終電が近いと言う藍沢を駅まで送った。

歩いている間、藍沢は来た時と違う表情で

俺は安心した。


「なあ」


改札の前の柱の陰。

あの春の時と同じ光景。


あの時は、寂しそうなお前をただ見送った。

「連絡する」なんて一言だけで。

それ以上言えなかった。


でも、もうお前を不安な顔にさせたくないから。

また、遠いだけの二人に戻りたくないから。


だから、もし、答えが一緒なのだとしたら。


「俺、ずっとお前に会いたかった」


藍沢が少し驚いた顔をして

少し嬉しそうな顔をして

両手でぎゅっと、俺の手を握った。


「私も、同じ」


震えるような声で、握られた手が熱くて

想いが、伝わる気がして。


もし、答えが、一緒なら。


「会いたい時には、いつでも言っていいから」

「うん」

「俺、会いに行くから」

「うん」


もう絶対、寂しくなんかさせないから。


「俺と、付き合って」


二人の住む距離は、俺たちからしたらとても遠くて

きっと何度もお互いを求めるかもしれないけれど

その度に、何度でも言うから。


「うん!」


お前を笑顔にするために、会いに行くから。


END

あの日の君

挿絵(By みてみん)

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