父と娘の二人旅 みや
使用お題:「目薬」「地獄」
「仲良くていいね」
年齢を重ねるにつれて、言われる機会が多くなった。家族のことだ。私が生まれた時から父と母と姉は存在し、これといった慶弔も無かったため、私にとって『家族』と言えば、この家族しか知らない。だから、世間にある『家族』の仲がどれ程のものかは存じ上げないが、一般的な基準よりも私の家族は仲がいいらしい。
週末は大抵いつも四人でご飯を食べ、年に1回は四人で旅行をする。それが幸せなことなのだろうとは思うものの、私にとっては当たり前で、改めて「幸せだ」と実感することは難しい。
そんな私の家族は全員が似た性格という訳ではない。社交性が高くて、考えるより前に行動して、コレクター気質で、物を捨てられなくて、期限ギリギリになるまでやらなくて、豪快で大胆な母と姉。人見知りで、石橋は叩いても渡らなくて、物に拘りがなくて、ミニマミストで、明日できることは今日やる派で、慎重で繊細な父と私。
父と私の共通点は他にもある。読書が好き。お酒が好き。犬より猫が好き。
でも、なぜだか二人っきりになると会話が無くなってしまう。他の人同士の組み合わせではそれなりに会話が生まれるのに、父と私だけだと沈黙が流れるのだ。
これはそんな父と娘のお話。
今年の春、父が白内障の手術をした。70歳を超えている人ならば特に珍しいことでもないだろう。医師からはもっと前から勧められていたのだが、慎重派の父はなかなか首を縦に振らずにいた。一方で、思い立ったらどんどん進む派の母は、去年の春先に医師から言われてすぐに手術を終えた。その様子を見て何も問題が無いと分かったのだろう。やっと父も手術をする決意をした。つまり母を実験台にしたわけだ。なんとも父らしくて微笑ましい。
手術の一ヶ月ほど前から、指定された二つの目薬を毎日朝昼夜と三回差すように言われる。残念ながら父は目薬を差すことが絶望的に下手だった。そもそも手と目の位置がずれている。更には入る前に目を閉じてしまい、瞼の上に落ちる。何度も失敗を重ねるため、使用量が他の人に比べて多くなり、追加で目薬を出してもらわなくてはいけないほどだ。目薬会社のHPで「上手な目薬の差し方」を見ながら、必死に一ヶ月を乗り切った。
そして当日。手術から帰ってきた父は左目に眼帯を付けていた。同時に両目をやっては日常生活に支障が出るため、一ヶ月ずらして手術をするのが一般的らしい。『眼帯』というアイテムに未だ興奮してしまう中二病の娘に反し、父は何事もなかったかのように片目で新聞を読んでいる。そう、この時は本当に何も問題はなかったのだ。何かが変わってしまったのは、その日の夜だった。
寝ていると、隣りの部屋から父の悲鳴が聞こえてきた。色々な事情があり、私と父の部屋の壁には穴が開いているため、声が筒抜けになる。リモート飲みをする時には気を遣わねばならず、早く解決したい問題の一つだ。父のいびき対策として、基本的に寝る時はイヤホンを付けているのだが、そのイヤホンを付けていてさえも耳に届いてくるような、それ程に大きな悲鳴だった。
いつも冷静な父のそんな声を聴くのは初めてで、最初は自分がまだ夢をみているのかと思った。しかし、数秒経っても父の部屋から「うわっ!あああ!」という声が響いてくる。これは尋常ではない。眼鏡を探す時間すら惜しみ、私はベッドから飛び出して、父の部屋のドアを開いた。
「お父さん!どうしたの!」
慌てて電気を付けると、父はベッドの上に座り込んでいた。私の視力では眼鏡が無いとほぼ何も見えないため、ゆっくり様子を窺いなら近付いていくと、父は何者かに襲われると怯えているかのように、両目を大きく見開きながら部屋中を見渡していることが分かった。
「どうしたの?」
「地獄だ…」
「え?」
「地獄が、見える」
言っていることは理解できなかったが、何が起こったのかは瞬時に理解できた。父は寝ぼけているんだ。平静を装ってはいたが、眼球の手術に緊張しないわけがない。これから一ヶ月は不自由な生活が続くし、来月には右目の手術もある。不安な精神状態が悪夢を見せたんだろう。
「びっくりした。私もう寝るね」
「ああ…。おやすみ」
相変わらず放心する父は気になりつつも、フレディとは違い、私は父の夢の中へ行くことはできない。これ以上、悪夢を見ないことを願い、私は自分の部屋へと戻った。だが、父の悪夢は終わらなかった。
翌日、朝一番で眼科へ術後観察に行くため、いつもより早めに起きた父は随分とやつれていた。母が心配して尋ねても上の空だ。それは眼科から帰ってきた後も変わらなかった。いつもよりも更に無口で、何か考え込んでいる。母と私は「手術の疲れが残っているんだろう」と察しを付け、特に何をするでもなく、父とは普段通り接することにした。
その日の夜、家族全員がそれぞれの部屋に入った後に、部屋のドアがノックされた。母と姉ならノックした後すぐにドアを開くはずだ。まさか、と思いつつドアを開くと、そこにはパジャマ姿の父が立っていた。
「どうしたの?」
「おまえ、ホラー映画とか好きだよな」
「うん。…え?」
「もし、お父さんが『地獄が見えるようになった』って言ったらどうする?」
「は?」
唐突な質問についていけず、暗い廊下に沈黙が流れた。父は明るい性格ではあるが、こんな夜に、わざわざ娘の部屋に来て冗談を言う人ではない。
「どうしたの?」
「見えるんだ。地獄が」
この時の私の心を一言で表すなら、『興奮』。心配や疑問よりもまず最初に芽生えたのは『興奮』だった。「面白いことが起きた」と直感が告げる。
「その話、もうちょっと詳しく」
ごめんなさい!
起承転結の「起」すら書き終えることができませんでした!!
次回のワンライでは事前の構想と時間配分に気を付けて頑張ります!!!