剣うち合うのも多生の縁 なる
使用お題:「地獄」「目薬」「嫌なツンデレ」
魔王は確かに強大で恐ろしい存在だった。でも俺にも勇者としての意地がある。たくさんの俺を期待する声、村人のまなざし。傷ついた人々を救うためには、俺はこの魔王に打ち勝たなければならない。
これまでの道のりは決して平坦な道ではなかった。ネイブル・ランドで育ってきた俺にとっては未開の地であったガイラリア。地獄の壺、と呼ばれたその地に巣食う魔物どもは一筋縄ではいかなかった。貪欲なオーク、狡猾なドワーフ、卑怯なエルフ、あらゆる種族がある時には味方の面をして、ある時には裏切ってきた。仲間たちは次々に力尽き、屍と棺桶の山が俺の足跡にはたくさんある。正直、もう逃げ出したいと思うことだって何度だってある。
けれどこうやって魔王と対等に向き合えるだけの実力を身につけ、今ここにいる。
魔王は確かに強大で恐ろしい存在だ。しかし、俺にだって倒せない筈がない。
明らかに魔王は疲労を示していた。先ほどまで見せていた余裕の笑みがすっかり消え失せてしまっている。
「ええい、なぜ邪魔をする人間ども! そんなにこのガイラリアの地が欲するのか!」
「そうじゃない! お前たちが俺たち人間を侵略するからだ!」
「愚かなる人間どもよ、貴様たちの愚行を我らの罪とするか」
「聞く耳もたん!」
こうして俺と魔王との戦いはもう1時間にもなろうとしていた。
魔王は疲弊している。俺の剣さばきを避ける余裕が見られなくなってきた。
「!!」
魔王は足を取られてバランスを崩した。今だ! 俺は剣を振り上げる。
「くらえ! これがとどめだ!」
目覚まし時計の音で目がさめた。
低い天井には安納りさのポスターが貼られている。ん? ちょっとまて? 安納りさって誰だ? なんで俺はこのポスターの女の子の名前を知っているんだ?
「んんんー? 」
俺は焦った。ついさっきまで鎧兜に身を固めていたはずだ。バングルもアンクレットもない。あれ? なんだこの服は。粗末な柄の布の服を着ている。
ここはどこだ?
なにがなんだかさっぱりわからない。
目を閉じて記憶を思い起こす。
さっきまでガイラリアで魔王と戦っていたはず。1時間にも及ぶ死闘は、ようやく魔王の隙によって決着を迎えようとしていたのだ。俺がとどめの剣を振りかぶったそのとき・・・
そうだ、謎の光に包まれて意識を失ったのだ。
目覚めたらここにいた。上級なベッドの上に包まれて、安納りさのポスターに見守られながら仰向けで横たわっている。目覚まし時計(なんでこの機械のことをそういう名称で認識しているのかもさっぱりわからない)に叩き起こされたのだ。
俺は、いったい・・・
どん!どん!
部屋のドアを叩く音がする。なんだ、こんな朝っぱらから。そもそも俺は今の状況が理解できないで混乱している。これ以上やっかいごとを持ち込まないでくれ。
そんな俺の願いは空しく、ドアは無残にも蹴り開けられた。オラァ! という叫び声にも似たキックと共に一人の女の子が部屋へと飛び込んできた。
か、かわいい・・・! とその瞬間に俺は思ってしまったが、次の瞬間にピンときた。
こ、こいつ・・・魔王?!
「まだ寝てんの? 優也、もうとっくに出かける時間なんだけど! 今日は買い物に付き合ってくれって言ってきたのそっちじゃん! なんでまだパジャマなわけ? っていうか、まだ安納りさの追っかけしてんの? 卒業しろよなアイドルなんていい加減」
女の子は俺に向かってまくしたてる。なんだろう、俺はこの子の名前も知っている。ありさ。そう、一乗ありさだ。俺の幼馴染。子供の頃からずっと喧嘩ばかりしてきた腐れ縁だ。
でもおかしい。俺は勇者でありさは魔王で・・・
「なにボケっとした顔してんのよ! はやく着替えなさいよ! おばさんも呆れてたよ!」
「ちょ・・・」俺が言うよりも先にありさは布団を上げた。
「おーそーいー!」
ぼんやりと頭の中に記憶がめぐってくる。どうやら俺は優也という高校一年生。ありさも同い年の女子高生。今日は土曜日で、母親の誕生日プレゼントを買うために、家族事情をよく知っているありさに付き合ってもらおうと相談していたのだった。
でもなぜだろう。俺は勇者だという確信が未だにあるし、ありさはさっきまで白刃の下に戦っていた魔王だという疑問が拭えない。
俺は思い切ってありさに尋ねた。
「なあ・・・ありさ・・・俺が間違ってたらごめん、ちょっと聞いていいか?」
「なによ、寝起きだから頭がボケてんじゃないの? てかあんたはいつもボケてるけど」
「おまえさ、魔王だったりしない?」
ありさの顔が豹変した。
「はぁ・・・? なに言ってんの?」
「いや、あのさ、俺にもよくわかんない」
俺は殴られるのを覚悟した。なのにありさはそこから動かない。
「ちょっと・・・なにワケわかんないこと言ってんのよ・・・」
「ごめん、俺の勘違いかもしれ」
「もう少しちゃんと話して」
ありさは真剣な表情で俺を見た。予想外の反応だ。
俺は背筋を伸ばしてありさに説明した。
俺とありさはさっきまでガイラリアで戦ってきた敵同士だったということ。俺は人間の勇者で、ありさは魔物の住まうガイラリアの魔王。人間に攻撃するガイラリアを倒すためにネイブル・ランドから長い旅路を経て魔王の元へ辿り着き、いざとどめを刺そうとしていた時に光に包まれて意識をうしなったこと。目が覚めたらここにいたこと。
自分でも信じられない突拍子もないシチュエーションだが、起きてしまったことは仕方ないと、俺は半信半疑で語った。ありさは黙ってそれを聞いていた。
「・・・というわけ。なんだかわかんないんだけど、でもこっちの世界での意識もあるんだ」
「・・・カみたい」
「え?」
「・・・バカみたい」ありさはうつむきながらそう言った。
「そうだよなぁ・・・わけわかんないよな。ごめん、忘れてくれ」
と、俺が言おうとしていた時だった。
「そう・・・バカみたいな話だよね。あたしたち、ずっと戦ってきたのにさ。光に包まれてこっちの世界に来ちゃうなんて。今までずっと向こうの世界で生きてきたのはなんだったんだろうって思うよね」
驚いてありさを見ると目に涙を浮かべている。
「ありさ・・・」
「そうだよ、あたし魔王だったんだよ」
「え・・・? それじゃ」
「優也は勇者だったし、あたしが魔王だったのも覚えてるよ。それはたぶん本当のこと。あたしたち転生してる」
・・・ええー!?
やっぱり? 現実味のない出来事に俺は唖然とした。じゃあやっぱり、あの世界のことは確かにあったことなのか。
「ってか、なんであんたは男のままなのにあたしは女の子になってるわけ? めちゃくちゃ不公平なんですけど!」
ありさはプリプリと怒り出す。
「しかもこの世界のありさは優也のことが好きなんだって。記憶の片隅にしっかり刻まれてるんですけど」
それが不思議なのだ。俺は勇者としての記憶がはっきり残っている。なのに優也としての記憶もしっかりと持っているのだ。ありさも同じなのだろう。ありさの場合は魔王だった記憶は男性なので余計にやっかいだ。
っていうか、いま好きって・・・?
「え? ありさ・・・俺のこと・・・好きなの?」
「・・・うるさいな、知らないよ!」
ありさは顔を真っ赤にしながら顔を背けた。
なんだなんだ? なんで俺までドキドキしてるんだ?
「ちょ・・・」
俺は言葉を詰まらせた。
俺たちは、この世界で生きて行かなくちゃいけないのか?
前の世界に残してきた色々な思い出が頭をよぎった。唐突に魔王と二人でこんな世界に放り出されて、記憶を残したままで二人で生きて行かなくちゃいけない。しかも相思相愛といかいうわけのわからない設定が込みで。
あまりの無理やりさ加減に泣きそうになってきた。
覚悟なんてできるわけがない。
「もう・・・あんたまで泣いてどうするのよ! もうこうなった以上は二人とも覚悟して生きて行くしかないんだからね!」
ありさは泣き笑いながら言った。
ここで生きる覚悟・・・もうすこし時間が経てばできるようになるのだろうか?
「ああ、もう、目が真っ赤になっちゃったじゃない。とりあえず目薬かして」
ありさは自分の気持ちをごまかすようにそう言った。
そうだ。不安なのは俺だけじゃないんだ。
ありさだって不安なんだ。
こうなってしまったら、この世界で生きるしかない。
魔王と勇者。こうなったのも何かの縁だ。
俺は深呼吸して、思いっきりありさに微笑んだ。
「よし、買い物いくかぁ!」