煉獄に笑う sleep
使用お題:「地獄」
「地獄の業火に焼かれながら、それでも天国に憧れる」
そう曰わった怪人のように、自分のしていることが誰かを守っている。そう思えれば、それで良かったんだ…
『生きるか死ぬか、選ばせてやる』
そう言ったのは、銃を手にした男だった。
アルフィーノ=ロジャーという名の少年の記憶は、硝煙と血の臭いの立ち込める部屋の中、両親と思しき男女が頭から血を流している、そんな光景から始まる。既に息絶えているだろうと思える2人を前に、こちらに銃口を向けて、男はそんなことを言った。
生存欲求は、人間の本能だ。だから、自分は男に『是』と答えたそれ以来、優しかった筈の両親のことを忘れた。
男の所属していたマフィアの元で、汚い仕事を命じられた時も、都合のいい暗殺者として使われていた時も、自分の身を守るためだと自らに言い聞かせ、この手を汚してきた。
数年経ち、自分がいたマフィア解体された後は、えらく安堵したものだ。ただ、マフィアの解体に関わったFBI捜査官の元に引き取られた後は自分がここにいてもいいのかという罪悪感に苛まされ、それを埋めるために、自分も捜査に加わることにした。彼女と出会ったのは、そんな初めての捜査のことだった。
「うっそー。いくら人手不足だからって、こんな子供を捜査に加えるわけぇ?」
彼女には、開口一番にそんなことを言われた。ただ、そんなことを言われる筋合いはない。何せ、彼女も自分とそう変わらない歳だった筈だ。
「うるせぇな。お前だって、そう変わらないだろうが」
鬱陶し気にそう唱えると、彼女は笑う。
「…まぁ、それもそっか。私は鷹宮椿。日本人。よろしくね」
アルより二つほど年上だというその女は、楽しそうに笑った。
それからの日常は、何が変わったというわけではない。ただ、どんな捜査にもパートナーとして鷹宮がいた。それだけだった。
彼女は、幼い頃に妹を殺され、アメリカの大学で心理学の博士号を取得してFBIに入ったらしい。事実、彼女は人の何気ない行動から心理を読み取り、事件を解決して行った。
彼女のパートナーとしての在り方を模索していたある日のこと、ふとしたことで、アルは両親の記憶を取り戻す。それは、日本では嗅ぎなていない硝煙と血の臭いだった。
それを機に、芋づる式にあの日に殺した感情を思い出す。それを合図に、アルは部屋から出てこれない日々を送った。
寝ても覚めても、脳裏に浮かぶのは悪夢だ。憔悴し切った体では、何もやる気が起きない。そんな地獄のような日々の中、入り込んできたのは椿の訃報だった。
「鷹宮は、長いこと不眠症を患っていたらしい。幼い頃に惨殺された、妹が夢に出てくるそうだ」
養父であるFBI捜査官のビルはそう言った。
「お前に、伝言も預かってるよ。『地獄へようこそ。せいぜい楽しんで』だそうだ」
それを聞いて、自分がどんなに自分のことで手一杯だったか思い知る。それと同時に、彼女の苦悩を思い、やるせない気持ちでいっぱいにる。
自分も、そうやって生きていくのだろう
地獄の中で笑う覚悟を決めると、アルは扉に手を伸ばした。