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1章ー1:ハルサお嬢様の一人と11匹のペット

「もう朝かよ。憂鬱すぎるな」


 掃除道具を片手に、窓から差し込む太陽の光を忌々しくケンは睨んだ。徹夜で働いた身体に、日光は眩しすぎる。昨夜あった紫炎の首輪や鎖はなく、徹夜で掃除をしていたため執事服も少し汚れていた。


「お手伝いしていただいてもうしわけありません。わたしだけで片付けられたら、ケン様のお手をわずらせずにすんだのですが」


 モコモコふわふわした白い髪を揺らし、小さな身体を大きく動かして頭を下げる。難しい言葉は話し慣れていないため、少しゆっくりな話口調になるのが彼女の特徴だ。


「仕方ないさ。掃除ができる人員にも限りがあるしな」


 ハルサお嬢様の屋敷は3階建てで中々に拾い。その割に、屋敷で生活しているのはハルサお嬢様とケン、そしてペットを含めてもその数は13である。正直持て余している。


 数が少ないため、清掃に割り当てられる数も減る。その中でもこのモコモコふわふわの少女、“羊”は毎日一人でこの屋敷を清掃して備蓄の管理を担当している。普段から手を抜かずに清掃している状態でさえ、屋敷を一通り掃除するとなると丸一日かかってしまう。


 加えて、昨夜襲撃してきた異世界の勇者のパーティーの死体の処理が加われば、普段通りでは終わらない。しかもあろうことか一番戦闘の痕が残っているのは一番出入りが激しいエントランス、ハルサお嬢様に朝から血生臭い光景を見せるわけにはいかないため、夜のうちに片付けてしまう必要があった。


 何も二人でしなくても、お嬢様を除く総出で行えばもっと早く終わるのだが、そこは適材適所というもの。外せない仕事を任せている者もいる。もちろん手伝いを申し出た者もいたが、余計な仕事を増やされるため却下した。


「うおッ! 一晩でピッカピカじゃないですかッ! すっばらしいっねッ!」


 徹夜作業明けの頭に、無駄に促音が入った声がキンキンと響く。朝食の支度を終えた“兎”が、これまた目に眩しい真っ白なエプロンを翻して駆け寄って来る。キョロキョロと床や壁を見て、血痕や贓物の欠片もない様子に感嘆している。


「やっぱり羊の掃除の腕はすっばらしいっすねッ! あっしも朝から全ッ力で料理しましたからッ! きっと食べれば疲れをぶっ飛ばしまっすよッ!」


 羊は鬱陶しさを隠せず表情が曇っている。ケンと同じで寝ずに掃除をしていたのだから、キンキンとバカデカい声で喚く兎の声は毒でしかない。しかし生来の大人しい性格と、兎には悪気はなくただ純粋な好意しかないので、引きつった笑顔を浮かべてやり過ごすしかできないようだ。


「騒がしいですよ兎。無駄に騒ぐ雌は品がないとは思いませんか?」


 グングンと肩を揺らされて白目を剥いていた羊に助け船を出したのは、その羊よりもさらに小柄な少女だった。ハルサお嬢様の傍使い兼護衛の役目を与えられた“鼠”が、お嬢様の朝の支度の手伝いを終えて降りて来て、兎へと声をかけた。体型だけなら年齢は十も満たないと言えそうなのに、その顔つきは妙に大人びており、思慮深く細められた目は悪く言えば年寄り臭く、見た目の幼さもありちぐはぐな印象を受ける。


「あっあー! 鼠ちゃーんッ!」


「羊よ。兎はわたくしが引き受けますから、あなたは顔でも洗ってきなさいな」


 兎は次の標的を見つけたとばかりに、鼠に抱き着き頬を擦り付ける。鼠はこの屋敷で最も小柄なためか、兎の一番のお気に入りだ。鼠はされるがままになっているが、慣れているから全く気にした様子もない。


 羊はケンと鼠に一回ずつ頭を下げると逃げるようにその場から立ち去る。兎は小さい子に対して過剰なスキンシップとる傾向があるため、ペットの小柄組みの中では『兎近寄るべからず』が共通認識とされていた。


「兎よ。わたくしはあなたよりかなーり年上だと、何度伝えればわかっていただけるのですか?」


「こんなにちっちゃくて可っ愛いんだからッ! 年なんか関係なくあっしがお母さんですよッ!」


「おい兎。そろそろお嬢様がいらっしゃるんだから落ち着け」


 グルングルン振り回されながら無表情の鼠と、鼠を抱いたことで無制限にテンションが上がっていく兎。ケンの声も届かないとばかりに回転を速めていくので、ヘッドロックで兎を捕獲し、脳天にゲンコツをお見舞いして強制終了することにした。


「いったぁいっす! ケン様暴力はひっどいっすよッ!」


「うっさいこの促音女! 俺が黙れと言ったら黙れ。お前の聴覚は飾りかコラッ! もうすぐお嬢様がいらっしゃるんって言ってんだろが!」


「ああっ! ハゲっちゃうッす!」


 つむじを重点的に狙って拳をグリグリと擦り付ける。脳ではなく本能で行動するタイプをわからせるには、肉体言語に頼らざるえない。


「ふふ、朝から元気ね。みんな、おはよう」


 階段上からした優し気な声に、その場の全員が動きを止める。瞬時に跪き、敬愛する彼らのご主人様へ挨拶を行うために姿勢を正した。


「おはようございますお嬢様。朝食の支度は整っています。こちらへ、ご案内いたします」


 兎はまるで別人かのように恭しく礼をして、お嬢様を案内するために立ち上がる。その傍らに静かに鼠が寄り添い付き従う。敬愛する主を前に、先ほどのようなバカ騒ぎは決してしない。


 そんな兎の変わりように、ハルサは少しだけ寂しそうに微笑むと、まだ跪いて微動だにしないケンを見る。


「ケン。お掃除お疲れ様。通学には猫と鼠と馬が護衛してくれるし、少し休んでいいよ?」


「お嬢様の送り迎えには支障はありません。潜んでいる勇者が昨日のだけとは限りませんし、ご一緒いたします」


 ハルサお嬢様からの体調を気遣っていただくお言葉は大変嬉しかったが、ケンはハルサの申し出を受け入れるつもりはなかった。


 ハルサに返したように、異世界の勇者が昨日の4人で打ち止めとは限らない。もし別働隊がいるなら首都の近くに潜伏している可能性が高く、殺した勇者と連絡がつかないことを不審に思い、いつ行動に出るかわからない。


 屋敷の中ならまだ安全だ。日ごろから侵入者への備えもあり、昨夜のような異国の勇者のパーティーが相手でも問題はない。しかし外で守り切るのは危険が伴う。待ち伏せ、奇襲、罠など、取られる戦法も多くなり、必然的に後手に回ることになる。それは数が劣るこちらには致命的になりかねない。


「ケンの考え過ぎだぞー。昨日のはあれで全員だしー。無理して突然倒れられた時の方がお嬢様に危険が及ぶんじゃないのー」


 ぬるっと、ケンの背後に張り付くようにメイド服を着た女性が現れる。彼女の主であるハルサの前でも態度を変えない気まぐれな声、昨夜この場所を血みどろの現場にした猫である。


 他のペットと違い、猫はハルサに対しても敬っているような態度を取らない。他者から見れば不敬だと反感を買いそうな猫の態度だが、この場にいる兎も鼠も気にした様子はない。


 それは彼女のたちの中で明確な序列ができているからに他ならない。猫は屋敷の中の全ての仕事を管理する役割を与えられており、侵入者の排除も担っている。昨夜の魔法剣士を瞬殺したことからも、戦闘力はペットの中でもずば抜けている。


 加えてハルサの最初のペットだという事実が、他のペットたちとの明確な立場の違いを知らしめている。ハルサの接する態度も、猫を相手にしている時は気楽そうに見える。他のペットたちが腹の中で猫に対してどう考えているかはわからないが、主の前で口を挟むようなことは決してしない。


 しかし、ケンは別格である。


「てめえ猫。せめて俺から降りてから喋れ」


「ええー。この猫様のふくよかな女体の感触が味わえるのだから役得ってものじゃないのー。人間のオスはメスの乳房に発情するんでしょー」


 猫は間延びした口調の割りに、目だけは挑発するようにまっすぐケンを見つめている。恐らくどこかの井戸端会議を盗み聞ぎして得た知識だろうが、頬を撫でたり首筋を舐めたりを天然で行うので質が悪い。


「アホ抜かせ。お前に発情なんかするか。猫臭くなるから早く離れろ!」


 猫の素性を知らない男ならば陥落するだろう誘惑を、ケンは鬱陶しそうに振り払う。猫のこういった悪ふざけは今に始まったことではないし、そうでなくても猫をそういう対象として見ていない。他のペットは序列もあって猫に構うことはないので、その分ケンにじゃれついているだけだ。


「ホント、ケンは猫とはすっごく仲良しよね。もう絶対今日は連れて行かないから」


 そんな猫との仲良さげなスキンシップに、ハルサは少し引きつった笑みを浮かべていた。先ほどまであった、優し気な声色もない。突然不機嫌になってしまった主に、ケンは慌てて否定する。


「いやいやいやいや! 俺と猫は仲良くなんてありませんって! お嬢様!」


「ケンは私の犬なんだよね? だったら“待て”よ。通学に付いてくることを許しません」


「そんな! お嬢様ぁああ!」


 ケンの泣きそうな声にハルサは一瞬心が揺れたが、すぐに唇を尖らせてそっぽを向く。そんな態度にケンはみるみる落ち込んでいく。本当の犬なら、耳も尻尾も垂れ下げて悲しさを表現していただろう。


「猫、出かける支度をお願いね」


「はぁーい」


 最後に猫への指示を出し、ハルサは食堂へと向かう。その間、ケンは項垂れて小声でお嬢様と繰り返し呟いていた。


「まぁー。しっかり送り届けてくるよー」


 少しだけ申し訳なく感じた猫は、そう言い残して出かける支度に向かった。

促音はちっちゃい“っ”のことです。


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