第4話 本来、海兵隊士官の結婚には、海軍大臣と戸主の許可が必要なのです
僕は、義父の岸三郎提督に告白というか、告解を続けた。
「僕は父に、そうは言っても、りつに直接、結婚するとも言ったし、向こうの両親にも、一応とはいえ、何れはりつと結婚したい旨の挨拶もしている。幾ら、上官の娘との縁談が舞い込んだから、と言って、急に断るのは、篠田家への義理を欠くのでは、と言葉を返しました」
「お前の言葉は当然だな」
義父は、そう言ってくれた。
「すると、父が言いました。これは言いたくなかったが、りつの兄の正が、東京に出て、株屋(証券会社)に就職した。就職したことまではまだいいが、自分から株式相場に手を出して大失敗し、更に篠田家の借金を増やしたらしい。それに、りつがふしだらで複数の男と遊び回っている、等の色々とりつの悪い噂も耳にしている。そういった事情から、りつとの結婚を認める訳にはいかん、と父が言ったのです」
「ほう。それは本当だったのか」
義父は、少し頭が冷えたのか、そう言ってくれた。
「ええ、少なくとも篠田正の件は本当でした。ですが、りつの一件は、父の嘘だったのです。ですが、僕は父の嘘を見抜けませんでした。海軍兵学校に僕が入学した後、りつと手紙のやり取りをしたのですが、僕が手紙を書いても、りつはろくに返事を寄越しませんでした。また、正月等で僕が帰省して逢おうと言うと、仕事が忙しくて逢えない、とりつは大抵は断る有様だったのです。だから、父の言葉もあって、りつは僕を裏切っていたのだ、と僕は想いました」
「うむ。確かにそう思うだろうな」
義父は、僕の言葉に肯いた。
「それで、忠子さんとの結婚を僕は決意しました。それに、戸主である父が絶対反対で、お前とりつとの結婚は許可しないと言われては、りつと僕は結婚できません。そういった事情もありました」
この頃の民法上、結婚するには、戸主の許可が基本的に必要だ。
勿論、離籍による制裁を覚悟して強行するという非常手段も可能だが、それこそ世間体があるし。
海兵隊というか、海軍内の婚姻許可(海兵隊士官が婚姻するには、海軍大臣の許可が基本的に必要)も出ない、ということになりかねない。
「それで、僕は、ケジメを付けよう、とりつに別れを告げに行きました。そうしたら、別れを告げる僕の言葉に、りつは激怒しました。自分は、ふしだらな女ではない、裏切りは一切していない、私の言葉が嘘だと思うなら、私を抱け、私が処女だと分かる、私を抱いて、私が潔白なのを確認しろ、とまで啖呵を切られました。こうなったら、どうにもりつを僕が抱かない訳にはいかない空気となってしまい。それで」
僕の言い訳に、義父は頭を抱え込みながら、口を挟んで言葉を遮ってくれた。
「ああ、もういい。要するに、それで、お前は篠田りつと関係を持ってしまった、という訳だな。もう少し上手く、彼女と別れ話をするべきだったな。もっとも、そんな女なら、わしの娘との縁談が持ち上がったので別れたい、とお前が言ったら、逆上して包丁を持ち出して、お前を刺殺して無理心中しそうだが」
お義父さん、良くお分かりで。
「ともかく、そういった次第で、りつが妊娠していたら、絶対に産んで、僕の実家や岸家に怒鳴りこんでくるのでは、と改めて思った次第です。本当にすみません」
僕は、(実際には傷が癒えていないので、できなかったけど)義父に頭を下げて謝罪した。
義父は沈黙してしまい、僕と義父の間に沈黙の時が流れた。
先に口を開いたのは、義父だった。
「それで、りつが子どもを産んでいたら、どうするつもりだ」
「勿論、認知します」
「それはいい。だが、その後はどうするのか、分かっているのか」
「ええ、忠子さんと別れろ、というのなら、離婚します」
「アホ」
最後は「バカ」にするか、実はかなり迷いました。
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