第30話 僕は美子と結婚する(総司視点)
「冗談じゃない。キチンと考えなさい」
「どう考えなおすの、何でダメなの」
「それは」
母の詰問というか、有無を言わせない言葉に、僕が反問すると、母は黙り込んでしまう。
要するに、母としては、感情的に許せないだけで、理屈が立たないのだ。
母の態度を見る度に、僕は溜息しか出ない。
本当に、僕が物心ついてから、ずっと母は感情論で動いてきた。
理屈に基づいて、僕や父が言うと、感情論で圧し潰すのが当たり前だった。
ダメなものはダメ、それが当然なの等々、感情論で言われては、父は反論しきれない。
というか、感情論で主張されては、誰もまともに議論はできない。
それで、母は父や僕の主張を圧し潰してきた。
僕が美子と結婚したい、ということを言い出したら、母は猛反対した。
美子の性格等に問題は無いし、お互いの家のことは良く知っている仲だ。
だが、母にしてみれば、美子は色々と気に食わない相手なのだ。
美子の母キクは、両親が婚約する前、父と関係を持った。
それによって、産まれたのが僕の異母姉の幸恵だ。
なお、キクは独断で幸恵を産んでおり、第一次世界大戦で帰国してきた父は、それを知って、幸恵を認知し、養育費を大人になるまで払い続けた。
家が違うし、既に村山夫妻の養女になっているから、養育費を払う必要は無い、と母はこぼしたが、その点について、父は頑固で、周囲を巻き込んで養育費の支払いを続けた。
そして、僕には母が違う姉の千恵子や弟のアランがいる。
千恵子やアランにも、父は養育費を支払った。
こうしたことから、我が家はそんなに裕福とは言い難かった。
母にしてみれば、父の養育費の支払いが無ければ、という想いがどうしてもしたのだろう。
その一方で、父は幸恵や千恵子と、休日になると僕を連れて、しょっちゅう逢っていた。
逢う場所は、基本的に村山家だった。
何故なら、僕の家に幸恵や千恵子を連れてくると、母がいい顔をしないからだ。
かといって、篠田家に父が行くと、未だに関係が続いていると誤解される。
だから、既にキクが結婚していることもあり、村山家に行くことになったのだ。
そういったことから、僕は幸恵の異父妹の美子とも自然と仲良くなった。
僕と美子が仲良くすることだけなら、母は気に食わなかったのだろうが、黙認していたが。
結婚となると、美子が自分の家に来ることになる。
あの女、キクの娘が自分の息子の嫁になる、と思った瞬間、母の頭に血が上った次第だった。
そうしたことから、親子喧嘩になってしまった。
そうこうしていると、父がスペインから帰国してきた。
父は美子との結婚を聞くと、僕に味方してくれた。
別に問題ないだろう、何だったら、別居すればいい、と言った。
そして、父の口添えがあったことから、僕の母方祖父母も僕に味方してくれた。
母方祖父母にしてみれば、僕の出征が間近であり、子どもができないままで戦死しては、岸家が絶えることを心配したのだ。
それに、急に僕の結婚相手を探すのも困難で、相思相愛の相手がいて、特に問題がないのなら、別にいいのでは、と父の言葉を聞いて、そう考えを変えてくれたのだ。
とはいえ、母の頭が冷えるまで、結婚早々、僕と美子が家を出ることになるのは止むを得ない。
母にしてみれば、美子を見れば、キクの顔が脳裏にちらつくのだから。
かくして、僕は美子と結婚式を挙げた。
結婚式には、当然のことながら、姉の千恵子も参列し、アランからも祝いが届いたが。
母は仏頂面をして参列して、
「まさか、夫のかつての愛人を、息子がお母さんと呼ぶことになるとは」
と陰でこぼした。
確かに、そう言えば、そうかもしれないが、20年以上前のことを引きずらなくても、と僕は想わざるを得なかった。
ご感想等をお待ちしています。




