第2話 現実逃避して、麻薬中毒になりたくないのです
こんな状況で痛み止めの麻薬を使ったら、確実に麻薬中毒になりそうな気が。
それに21世紀の現在とは、麻薬の処方もかなり違いますし。
「それは駄目」
村山愛が岸澪に意見した。
他の2人、ジャンヌ・ダヴーと土方鈴も、愛に加勢した。
「あの宿に行くのは、彼だけにすべき」
「どうしても自分も行くと言うのなら、私達も含めて5人で行くべき」
「どうしてよ」
澪は反論したが。
「あのね。一人だけ何度も人生経験を積もう、というのは甘いわよ」
「そうそう、私達はそれこそ100年以上どころか、200年近く人生経験を積み重ねているのよ」
「これ以上、人生経験を積み重ねて、どうするのよ」
他の3人に諭されて、澪は反論できなかった。
そう、あの宿での異世界経験は、彼女達4人の人生の中に刻み込まれている。
だからこそ、異世界での人生経験を生かして、鈴は格闘技の達人になっているし、愛も一通りの芸事について、流派を開ける程の腕前の持ち主になっているのだ。
澪にしても、実際に役立てる機会は無さそうだが、それこそ弁論等を始めとする政治家の腕は、まだ10代なのに現役の衆議院議員と、真っ向から政策について公開討論をしても勝てるレベルだ。
(伊達に過去の異世界で、小泉又次郎と澪は衆議院の小選挙区で激戦を展開した末に最終的に澪が勝ち、それが発端となって、最後は小泉家を政界引退にまで追い込んだ訳ではない、ということだ)
ともかく、そういった論争が行われた果てに、僕は一人で、ヴェルダン近くの因縁のある民宿に休暇を取って、泊まりに行く羽目になった。
とはいえ、2020年代の現在は、航空機で日本から仏まで赴くことができる。
日本を経った3日後、僕はヴェルダン近くの民宿に泊まることが出来ていた。
とはいえ、僕としては半信半疑どころか、過去の異世界に僕が行けるかどうか、かなり疑っていた。
僕の内心の奥底が、自分が生き延びた過去の異世界に行きたい、と思うとは思えなかったからだ。
だって、冷静に考えてみる程、ある意味、あの時、自分で言うのも何だが、僕は戦死することで厄介事から逃れることが出来ていた。
もし、僕が生き延びていたら、大騒動を鎮めるのに大骨を折る羽目になっていた。
ダメ人間の発想だ、と思い切り叩かれそうだけど、人間誰しも厄介事に飛び込みたくないものだ。
だから、その民宿に3日程も泊まって、お茶を濁して、僕は行けなかったよ、とあの4人に帰って言うことになるのでは、と想っていたのだが。
見事に僕は過去の異世界、自分がヴェルダン要塞攻防戦で戦死しなかった異世界に来れてしまった。
本当にどうしようか。
僕は戦傷からくる全身の痛みに加え、これからのことへの頭痛で、のたうち回りたくなった。
(もっとも、包帯でぐるぐる巻きと言われても仕方ない状態だったし、痛みからのたうち回る等は以ての外というのが、僕の有様だったけど)
そして、全身の痛みを迎えるために、軍医は僕にモルヒネを投与しようとしたが、僕はできる限り、それを拒むことにした。
別に痛みに苦しむことで、現状から目を逸らすためではない。
この頃の麻薬投与方法に、僕は信頼を置けなかったからだ。
それこそ、この頃の多くの軍人が、戦傷からの痛み止めに麻薬を使われたことから、第一次世界大戦後に麻薬中毒になって、その治療に苦闘を強いられたのが、何となく僕の脳裏に浮かんだのだ。
だから、僕は痛みに苦しむことになった。
だが、それが軍医を心配させたのだろう。
ヴェルダン要塞攻防戦がほぼ終結したことから、日本海兵隊が後方に下がって早々に、この世界での僕の義父、妻の忠子の実父の岸三郎提督が、わざわざ僕の見舞いに来るような事態が起きた。
実際、痛み止めの麻薬を使わないことから、痛みに苛まれた僕の生活水準はかなり低下してしまっていて、傷の治りも微妙に悪い事態が起きていた。
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