第15話 村山家との約束等について、妻に言い渡したら、妻が陰謀を巡らしだしました。
僕からの
「幸恵を認知し、幸恵の養育費を支払う代わりに、時々、幸恵と僕を逢わせてほしい。そして、将来的には千恵子や総司(要するに、幸恵の異母弟妹)と幸恵が逢うのも咎めないでほしい」
という提案は、村山夫妻から受け入れられた。
もっとも、その際に僕は一言、断らざるを得なかった。
この提案は僕の独断で、妻やその実家、僕の実家には話していないこと、だから、取りあえずは村山夫妻には貯金を渡すだけになることをだ。
ともかく、幸恵の件は色々と面倒なのだ。
妻の忠子のみならず、篠田りつまで、絶対に幸恵の養育費を支払うな、と喚くのは必至だからだ。
何しろ、幸恵は村山夫妻の養女になっている。
だから、実父としての縁(これは流石に忠子もりつも否定できない)があるが、他の家(要するに村山家)の養女に入った以上、幸恵の養育費を支払う必要は無い、という理屈が、この大正時代なら旧民法上は当然に成り立つのだ。
家計に余裕がない以上、養育費を支払う必要は全く無い、と忠子とりつが喚くのは目に見えている。
それに岸家と篠田家の面々も、二人の意見に同意するだろう。
孤立無援か、僕はそんな想いをしながら、急いで自分の官舎と村山家を往復し、取りあえず貯金を村山夫妻に渡して帰宅した。
そうこうしていると、妻の忠子が総司と共に帰宅してきた。
流石にあれだけ暴れて、実家からもある程度は咎められたせいか、忠子は大人しくなっていた。
そして、僕は忠子にキクやりつ、それにジャンヌとの関係について詫びを入れ、(男女)関係は一切、今後は持たないことを誓ったが。
そうは言っても、言うべきことは言わないといけない。
「幸恵や千恵子、それから、アランは僕の子だから、養育費を払うし、アランはともかく、幸恵や千恵子には父として時々逢うつもりだ」
「どうしてよ。千恵子にしても篠田家が引き取ればいいし、幸恵は村山家の養女になっているでしょう。何で養育費を出して、逢いもするのよ。アランに至っては言語道断の話よ」
忠子は、また怒って、僕に手を挙げだしたが、今度は前と違って忠子だけなので、何とか僕は凌げる。
暴れる忠子を最後には組み伏せ、僕は忠子に、
「野村家の戸主として、もう決めたことだ」
と言い渡したら、忠子は、
「実家や篠田家に、あなたの非道を訴えてやる」
と喚き返しはしたが、流石に暴れるのに疲れ果てていたのか、再度、大人しくはなった。
だが。
それなら、こちらにも考えがある、と妻の忠子は陰謀を巡らせ出した。
実は、忠子の実家、岸家は跡取りがいなくなっていたのだ。
忠子には兄が二人いたが、長兄は第一次世界大戦の際にチロルで戦死、その下の兄もスペイン風邪で病死してしまっていた。
そうしたことから、庶子の千恵子は、篠田家に引き取ってもらい、自分と僕、それに総司を岸家に入れよう、と忠子は陰謀を巡らせ出したのだ。
そうすれば、自分の実父の岸三郎提督が、岸家の戸主となる以上、僕の暴走(要するに幸恵やアランに養育費を支払うこと)を阻止できる、と忠子は考えた。
しかし。
僕にしてみれば、忠子の考えは浅知恵だった。
確かに忠子の考えの筋は通っている。
でも、それをやろうとすると、僕の実家の野村の本家や篠田家も当然に巻き込むことになる。
更に村山家も絡まざるを得ない。
僕は、忠子の陰謀について、素知らぬ振りをして、会津の実家、野村の本家に行き、今回の騒動について実家に詫びてくる、と言い置いて、会津に向かうことにした。
詫びを入れると共に、それを逆用できるように下工作をしておかないと。
それに会津では簗瀬家等に、今回の結婚について、それなりの詫びを入れておかないと。
そう考えて、僕は会津に向けて出立した。
作中で、主人公が貯金云々と言っていますが。
ここの貯金は、第一次世界大戦中から、幸恵の養育費として、キクに渡そうと貯めていた貯金です。
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