第13話 キクと再会し、娘の幸恵と初めて逢いました。
およそ激闘十数分の末、僕、忠子、りつの三人の喧嘩沙汰は、余りの喧騒に驚いた近所の人の介入と、岸家と篠田家双方の家族が呼ばれて、僕達を何とか分けたことによって一段落していた。
「思わず、かっとなった」
と僕以外の二人は弁解していたが、僕は勘弁して下さい、という心境にしかならなかった。
いや、自業自得なのは分かっている。
でも、この二人、お互いを本気で攻撃しながら、僕を攻撃するとなると、何故か途端に連携の執れた攻撃を行い出すのだ。
何で片手はお互いを本気で攻撃し合いながら、もう片手は巧みな連携攻撃を僕に対して出来るのか。
この二人の精神構造を思わず疑いたくなる喧嘩沙汰だったのだ。
そして、忠子とりつは、それぞれの実家に子どもと共に連れて行かれ、暫く頭を冷やした上で、忠子は総司と共に僕のいる官舎に戻り、りつと千恵子は実家に引き取られることになったが。
忠子と総司が帰宅する前に、僕は村山キクと娘の幸恵に速やかに逢いに行くことにした。
忠子とりつの二人が、キクは幸恵という娘を産んでいること、いつの間にあんなに深い仲の芸妓が、僕にできていたのか、を口々に問いただし、それに対して、僕がキクと幸恵がどこにいるのか、二人に問いかけたら、興奮していたのもあったのだろうが、二人がキクと幸恵の住まいの詳細な場所について、思わず口を滑らせてくれたのだ。
もっとも、キクと幸恵に速やかに逢いに行こう、と想ったのは、もう一つ理由があった。
それは、史実通りと言えば、史実通りだが、キクは幸恵を連れて、ある男性と結婚していたのだ。
昼間、他の人目のある内に、キクと幸恵に逢うことで、キクの今の夫に邪推されるのを、僕は避けようと考えたのだ。
キクの今の住まいは、小料理屋を兼ねたものだった。
その住まいを兼ねた小料理屋に、僕が顔を出したのは、昼食時が一段落した頃で、全ての接客が済み、昼営業と夜営業の間の休憩を取るために、キクが暖簾を仕舞おうと店先に顔を出した時だった。
僕の顔を見た瞬間、キクの顔に驚きの色が浮かび、目に涙が浮かび、震えながらの声で言った。
「よく生きて還って」
「無事に生きて還ってきた。結婚して幸せを掴んだようだな」
「はい」
僕の言葉に、キクは泣きながら言った。
キクは暖簾を仕舞いながら、身振りで僕に小料理屋の中に入るように誘った。
その小料理屋は、カウンター席に、4人掛けの長方形のちゃぶ台3つが個々に衝立で仕切られた座敷席があるもので、それこそ夫婦二人で小料理屋をやるのには丁度よいのでは、と僕には思えるものだった。
カウンター内の厨房には、キクの夫がいて、傷跡だらけの見知らぬ海兵隊大尉が、いきなり入ってきたことに、ぎょっとした表情を浮かべた。
僕はヴェルダン要塞攻防戦で重傷を負った際、顔や手の甲にまで傷跡が遺る有様になっていたのだ。
僕は、キクの夫の疑念を払拭しようと思い、声を出した。
「村山キクさんの夫ですね。野村雄と言います。キクさんから聞いているかもしれませんが、幸恵の実父になります。幸恵が産まれていたことを知らず、色々とお世話になりました」
「えっ、幸恵の実父。キクとは、幸恵の実父のことを聞かない、という約束で結婚したので、全く知りませんでした」
キクの夫は驚きの声を挙げた。
僕の後ろで、キクが無言で僕の言葉に肯く気配がした。
念のために、小料理屋の入り口にカギをかけて、僕達3人は話し合いをすることにした。
キクのお腹は膨らんでいた。
キクの夫が、頭を掻きながら言った。
「もうすぐ俺の子が産まれるんです」
「それはめでたい」
僕は素直に祝福した。
そうしている内に、キクは店の奥にいた幸恵を連れてきた。
僕は幸恵を抱きしめた。
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