第1話
「ジャム!ジャムナード!!起きなさい.」
誰かの大きな声で目が覚める.だがその声が呼びかけるジャムという名前に聞き覚えがない.
あれ,私の名前はジャムなんて名前だったかな?いやいやそんなはずはないだろっ!!自分で自分にツッコミを入れる.確かに最近はキラキラネームなんて名前が流行っているが,ジャムなんて漢字も思い当たらない.邪夢か?最悪なネーミングセンスだな...なんて思っているともう一度呼ばれる.今度は掛布団をはがされながら.
「初日から遅刻するわよ.ジャム.」
そこには30代と思しき女性が立っていた.早くご飯を食べなさいと言って女性は部屋から去っていく.
落ち着いて部屋を見回すとさっきまでいた病室ではないことは一目でわかった.
知らない天井だ...なんて悠長に思っていたが少し不安になる.ここはどこなのだろう?そしてさっきの女性は誰なんだ?服装から看護師や医師にも見えなかった.とにかく状況を把握したい.無意識に首を回し,上体を起こそうとする.その時異変に気が付いた.
首が回る?体が動かせるぞ...?
入院生活で体が動かないのが当然だったので気づくのに時間がかかったが,どこにも不自由なく体を動かすことができる.どうなっているのか,頭の中からクエスチョンマークが消えずに増えていくばかりである.
ベッドから立ち上がる.やけに視点が低い気がする.だが,そのことにもあまり違和感を抱けないくらい混乱していた.とにかくさっきの女性が何かを知っているのだろうと思い,彼女が向かったほうに行くことにした.
部屋を出ると,廊下と階段があった.一般的な一軒家といった間取りであった.ここは2階だったのかなと思いながら階段を下っていく.すると,先ほどの女性のほかに男と少女がいた.3人とも大き目なテーブルに腰かけて食事をとっていた.
「おはよう.ジャム」
男が声をかけてくる.また出た,ジャム.今の口ぶりだとどうやら私のことをジャムと呼んでいるのだろうか?
「お兄ちゃん遅いね.ちこくするよー」
何かをほおばりながら少女が言う.お兄ちゃん?私が?おじいちゃんではなくて?ここでようやくさっきの視点の低さを思い出す.まさかと思いダイニングを出て鏡を探す.洗面所がないか?と思い手当たり次第に部屋を開ける.何個目かのドアを開けると洗面所らしき部屋があった.鏡もある.
予感的中だった.鏡に映るのは見覚えのない男の子だった.顔つきも日本人っぽくない.
「...異世界」
すぐにその言葉が脳裏によぎった.最近巷でブームになっているジャンルに異世界転生なるものがあることは知っていた.体が動かずベッドの上でひたすらテレビを見てたからなぁ...特に深夜はあまり寝付けなかったし.
鏡の前で呼吸を落ち着けながら,整理する.前世(便宜上そう思うことにする)の記憶はある.確実に死んだ.私の名前は松田正夫だったはずだ.だけど今は違う生まれ変わったのだろう.つまり死んで異世界に転生したのだ.本当にこんなことがあるんだと思いながら,どうしてこの鏡に映る少年ジャムは10歳程度なのか疑問思った.転生なら0歳からじゃないのか?ルールが分からない.こういう時にテレビでは神様が出てきて都合よく説明してくれるものだけど...と思っていると,まばゆい光に包まれた.
「神様です.この手紙が読まれているということは無事松田正夫の転生は終わり,ジャムナード・ドリスとなっていることでしょう.」
真っ白い空間で目の前に現れた某香辛料風ネーミングロボットはとう唐突に語りだした.
「松田正夫の魂をジャムナード・ドリスに与えました.この世界とあなたのいた世界ではこのように定期的に魂を交換しているのです.ジャムナード・ドリスはこの世界からあなたがいた世界に転移しました.あなたはこれからジャムナード・ドリスとして生きるのです.」
淡々とロボットが状況説明を行っていく.
「あなたをその体に入れた理由はただ一つです.ジャムナードはモンスター騎手の養成所への入学が決まっています.父親の強い希望に逆らえなかったのです.あなたにはジャムナードの代わりにモンスター騎手になってもらいたい.そして最高のジョッキーに与えられる英雄の称号を獲得してほしいのです.そうすることで,異世界と元の世界の魂の交換による反作用を最小限にすることができるからです.」
続々と新情報が与えられる.モンスター騎手?この世界でもジョッキーになれるのか.不安感が少し薄れると同時に,ワクワクしている自分がいた.
「がんばれよ.松田正夫.悪夢を拭い去り英雄となるのだ!!行け!ジャムナード・ドリス!」
ロボットが話し終えると,また洗面所の鏡の前に立っていた.