プロローグ
大外から差していく.
あと少し,あと首差,あと鼻差というところで目が覚める.いつもこの調子だ.あのレースで落馬して以来,いや落馬して頸椎を損傷して以来,この悪夢を忘れたことはない.
天才ジョッキーだった.周りからもそう呼ばれ,自分でも他人より優れていると感じていた.しかし,馬から降り走ることのできなくなった自分には何も残っていなかった.心身ともに疲れ切っていた.体は疲れてはいないのだろう.なにせ満足に動くことができていないのだから.
だが言いようのない疲労感に常に襲われていた.入院生活もかなり長くなった.同室の人たちはみんな退院するか,寿命を終えた人ばかりだ.次は自分の番だと感じることが多くなった.ほとんどあったことのない親戚が病室を訪れることも増えた.もう満足だ十分生きた.
遠くなった耳にナースコールがけたたましく鳴っているのが聞こえた.それと同時に呼吸が苦しくなる.薄れゆく意識の中で私はいるのかもわからない神様に願った.
「来世があるなら,もう一度...もう一度ジョッキーになりたい.あの悪夢を拭い去るほどの最高のレースをしたいんだ...」