第37.5話 アヴェルツィアとロホホラ
第37.5話 アヴェルツィアとロホホラ
*** ソアの解説 ***
妖魔種が世界を統べた年を起源とし、元号を悠悠としてから78年。
この年、二つの強大な勢力が衝突することとなった。
漆黒の鎧を身に纏い、黒の軍勢と恐れられた、ツィアルク・アヴェル率いるアヴェルツィアの勢力。
対するは、敵対する者の鮮血で、その領地全土を真紅に染め上げることから、赤の軍勢と勝手に名付けられた、我がヴァルキュリスの勢力だ。
たしかに容赦はしなかったが、血祭りにするようなことはしていない。
――と、思う。
一般市民にも手を出してなどいないし、精々一国の主とその親類にあたるいくつかの名家を歴史から抹消したくらいだ。
私の家族を手にかけ、更にヴァルキュリス家の滅亡を企てたのだから、これくらいは仕方ない。
向こうも覚悟の上だっただろう。
何も問題はない。
――と、思う。
それはさておき、この年に両軍勢は衝突し、私は彼を完膚なきまでに叩きのめした。
後に赤黒の戦いと名付けられるこの戦いで、彼は私の従者となる。
敗北した彼は死を望んでいたが、彼単体の戦力は利用価値があったからだ。
ヨークの父を殺した点。
アヴェル領がロホホラによって新たに統治された点。
ヨークが大きくなり故郷を取り戻したいと言って来たら、相応の戦力が必要となる点。
それらを踏まえると、殺すには惜しい存在であった。
従者となる事を決意した彼は、ツィアルク・アヴェル、アヴェルツィアの名を捨てる。
過去との決別には名を捨てるのが――、等と言っていたが、ちょっと何言っているかわからない。
そこで、その見た目から黒の鎧騎士と名付けることにした。
我ながらいいネーミングセンスだと思う。
それに、呼称が無いのは何かと不便だ。
しかし、呼称が長く呼び辛かった為、今では省略してクロと呼んでいる。
そうしてクロと呼ぶようになった彼は、私の同伴と護衛を兼ねて、ここセントラルガーデンに来ていた。
名を捨て、ヴァルキュリス家の従者となった彼にとって、ここは頻繁に訪れられるような場所ではない。
普段来れないのなら、少しくらい自由に見て回るのも良いだろうと思い、私は彼に自由行動を言い渡した。
頑なに警護をすると言って来たらどう切り返そうかと考えていたのだけれど、彼はすんなり承諾する。
珍しいことだ。
つまり、何か目的ややりたいことがあるのだろうと推測できる。
気にはなる――が、別段行動を起こすほどの興味も沸いてこない。
と、言う事で、この件に関して調査する案件は没となった。
良き主として、従者に興味を持った方がいいのかもしれないけれど――。
さて――、ワースの方は上手くお父上と話ができているかしら?
――――。
――。
*** アヴェルツィアの視点 ***
生涯お仕えすると心に決めた、頂の真紅、鮮血の赤、紅蓮の君ことソア・ヴァルキュリス様。
その主から自由行動を仰せつかり、我はある場所を目指していた。
議会に同行できる機会など滅多にないことだが、これも偏に我の忠義が主に伝わったと言う事だろう。
更なる忠義に励み、このご恩に報いなくてはならない。
そう――、この機会が無ければ、かの者に会う事すら叶わぬのだから――。
我が向かっている先――、それは他でもない。
現在、我が故郷アヴェル領を統べるロホホラの勢力。
その頭である金鯱という男の元だ。
会って話したい事――、それは主に二つある。
一つは統治に関して、今後どうしていくかと言う事。
もう一つはヴァルキュリス家に対して、友好か敵対かと言う事だ。
ロホホラに関しては、いずれ別の議会で話し合うことになるだろう。
しかし、それでは遅い。
万全万策を用意されては、対峙となった場合に不利となる。
否、少しだけ――、ほんの僅かに不利となるからだ。
決して我が主が負けるとは思っていない。
賢明にして果敢で、強大な力を有し、されど洗練された精度を以て技を揮う。
最強にして災厄、悪鬼羅刹とて血の涙を流し、魑魅魍魎も絶え絶えに恐怖を垂れ流すと謳われる我が主だ。
それ故に頂と――、鮮血の赤と――、煉獄の番人、無慈悲なる制裁者、虐殺の女帝、人の肉を喰いその血で喉を潤すと、悪魔の皮を被った魔王だと言われるだけある。
「お……、恐ろしいお方だ……。」
「おや、何が恐ろしいのでしょうか?」
つい声に出してしまった。
そして、偶然にもその声を聴かれてしまう。
「こんなところでお会いするとは、偶然ですね。」
しかし、それ以上問い詰められることは無かった。
一安心――、否、それどころではない。
「アヴェルツィア殿。」
そう――、話しかけてきたこの男こそ我が目的――、アヴェル領改め、ロホホラ領領主を務める金鯱だからだ。
「その名はもう捨てた身。我は今、黒の鎧騎士と主様より頂いたのだ。」
「そうでしたか。」
しかし、タイミングとしては好都合と言えるだろう。
目的の場所に向かう途中で、対象の人物に会えたのだ。
運がいい。
「それで、黒の鎧騎士殿は何を恐れているのでしょうか?」
前言撤回――。
最悪のタイミングだった。
「いや、その……、それについては忘れて頂きたい。」
「これはこれは、失礼いたしました。」
――って!
我は何を焦っているのだ。
少し落ち着こう。
そう思ったところであった――。
「では、何か私に御用でしょうか?」
その一言で、再びの焦燥と緊張に苛まれる。
流石、一領土を統べるだけあり、我の動向と思考を見抜いている様だ。
先程の茶番すら、計算しての事なのかもしれない。
「金鯱殿は流石の慧眼とお見受けする。正に、貴殿に用有って赴いた次第。」
称賛しつつ、我は隠さず目的を告げる。
頭脳戦では勝ち目がないと考えると、我が策を練るだけ余計に不利となるからだ。
我は知っている。
我より優れた者達に、果敢に挑むは一興成れど、失うものは遥かに多いと言う事を――。
「いえいえ、私は凡人に過ぎませんよ。この展開を予見していたのは私の同伴者の方です。」
謙遜――。
或いはそのまま本意なのかもしれない。
「なるほど。そうであれば、聡明な従者をお持ちの貴殿こそ、真の傑物であろう。」
聡明な者や勇敢な者。
その者も英明であることには変わりないだろう。
しかし、そのような人物達を上手く用いる者こそが、真の傑物足り得るのだ。
そう――、我が主のような人物こそ、真の傑物と呼ぶに相応しい。
「そう言われたのは初めてですね。しかし、貴殿の主こそ真の傑物であると思いますが?」
ふむ――。
この金鯱と言う男、分かっているではないか。
「正しく、我が主様こそ傑物の中の傑物である。故に我は主様に忠誠を誓ったのだ。」
我が主の偉大さに気付くと言う事は、やはりこの男も傑物なのだろう。
「なるほど。噂通り、黒の鎧騎士殿は忠義の騎士で在られる。この金鯱、感銘致しました。」
ふむ――。
我にそのような噂があるとは驚いた。
しかも、忠義の騎士とは誉れ高い。
この金鯱と言う男、話せる御仁ではないか。
「それはそうと――、黒の鎧騎士殿。何か私にお話があったのではないでしょうか?」
「おお、そうであった。」
危うく乗せられるがままに、雑談で終えるところであった。
この金鯱と言う男、侮れぬではないか。
「率直に申し上げて、貴殿に訊ねたき事が二つある。」
気を取り直し、我は本来の目的を遂行する。
「一つは貴殿の統治に関してだ。かの地は領主の入れ替わりが激しく、その度に多くの血が流れる。その一端に関わった身として、今後どのように統治され行くのかが知りたい。」
アヴェル家の者としてではなく、その争いに関わった身として、かの地の今後を知りたい。
無論、敗れたアヴェル家の者達がどういう末路を辿ったのか――、今どうしているかなども聞きたい気持ちはあった。
しかし、我はそのアヴェルの名を捨てた身である。
自身の家族を含め、その他親類一同の末路や現状を知ろうとすること自体、その決意に反することになるのだ。
「統治に関して、特別なことはございませんよ。我々の領内には有能な人材が多いので、私が特別何かをしなくとも、彼女達が上手くやってくれています。」
そう答えた金鯱の後ろから、白藍のような透き通った青髪の少女が一歩前に出る。
「銀冠玉と申します。」
そう名乗り、彼女は軽く会釈をして再び後ろに控えた。
隠れていたため気付かなかったが、以前――、何処かで見た気がしないでもない。
「彼女のように才ある者達が協力し、上手く運営してくれています。今後も同様、身分や家柄に関わらず、才ある者を起用して行くつもりです。」
知りたかった事とは少し違っていたが、戦いで敗れた者の処遇等を聞くのは、我が流儀に反する故に許されないだろう。
せめて、実の妹であるスィフィリアの事を聞ければと思っていたが――、高望みは禁物だ。
「なるほど。回答頂き感謝する。」
「いえいえ。」
謝辞を述べ、二つ目の質問に移る。
「もう一つは……、本来このような場で聞くべきではないのだろうが、我がヴァルキュリス家に対し、ロホホラ家はどのように考えておられるのか。政略上、差し支えなければお聞きしたい。」
敵対であれば、このまま戦闘となってもおかしくはない。
だが、我が主に報いるためにも、この情報は仕入れておきたいのだ。
無論――、本心で返されぬ可能性は高いが、事の経緯だけでもお伝えする事ができれば、我が主様ならロホホラの思惑を汲み取られるであろう。
「友好関係を築けるのであれば、是非お願いしたいところです。我々は長期安寧を掲げていますので、他の領主の方々とは友好を結びたいと考えています。」
取り繕っているようには思えない。
かと言って、信用して良いものかの判断も我にはできなかった。
「なるほど。友好であれば、我が主様も望んでおられるかと思う。」
「それは素晴らしい。是非友好を望んでいるとお伝え下さい。」
そう告げて、金鯱は軽く頭を下げる。
「それでは、これから準備がありますので、失礼いたします。」
「忙しい中、お答え頂き感謝する。」
そして、別れの言葉を交わし、金鯱は同伴者を連れ共にその場を去って行った――。




