第28.5話 【4】頂きの始まり
第28.5話 【4】頂きの始まり
多勢に無勢な状況になりつつあった。
「これ以上近付かれるとまずいわね……。」
一団ずつ確実に倒してはいる。
しかし、包囲できる程の数を相手にするには、やはり手が足りない。
急襲で止まっていた軍勢の足も、数の有利に気付き侵攻速度を上げる。
「少しずつじゃ間に合わない。ソアだけでも逃げた方がいい!」
その事に、ワースも気付いていた。
「ここで逃げても追いつかれるわ。もっと手数を増やさないと……。」
気持ちに焦りが見え始めるが、手立ては見つからない。
参戦している使用人たちは、八人がかりで八種八層のシールドを展開しているため、相手の遠距離攻撃を許さないようにはしている。
しかし、防御に専念しているため、攻撃への参加が不可のなのだ。
「何か……、手立ては……。」
焦りを募らせる頭で策を練るが、名案が絞り出されることは無い。
更なる焦りを生み出し、気持ちが傾きかけたその時――、後方から欲していた助言が耳に届く。
「攻めこそ最大の防御よ。シールドの形成は四人で十分、残り四人は攻撃に転じた方がいい。」
助言の主はアネモネであった。
「水、地、風、光でシールドを構築。見たところ相手の攻撃属性はその反属性だけしかない。後は攻撃に回って。」
彼女の指示で、使用人たちは行動を変える。
行動の変化により、目に見えて相手の侵攻速度が落ちていった。
「さすがアネモネね。」
感心の言葉が零れ、アネモネに伝わる。
「まだしのぎ切っていないです。ここから巻き返しますよ。」
彼女は首を振ってそう答えると、手の平を上空に掲げた。
『アイシクルブリザード』
掲げられた手に水色の強い光が集束し、詠唱と共に爆散する。
光は氷柱を形成し、嵐の如く敵軍勢に向けて吹き荒れ、侵攻の足をピタリと止めた。
「ソアが部屋を出た後、私の元にも女神が現れました。これはその力……、二つ目のギフトを開放した力です。」
そう言いながら、アネモネは二人に歩み寄る。
「貴方の元にも現れたのね……。しかも、二つ目を開放するなんて。」
私とワースはまだ1つ目しか開放できていない。
しかし、アネモネは既に二つ目を開放していたのだ。
「二つ目まではたぶん大丈夫だと思います。三つめは……、お勧めできませんが……。」
二つ目を開放したときの反動からだろうか、アネモネはそう感想を述べる。
「私も!二つ目を開放する!」
アネモネに触発され、ワースは二つ目開放に臨んだ。
とはいえ、そう易々と開放できるものではない――、はずである。
「ワース……、意気込みだけでは解放できないと思いますよ。」
アネモネも同じ思いからか、ワースへ忠告をした。
友を守り抜く覚悟が一段階目なら、それ以上の覚悟が必要となる。
アネモネがどういう覚悟を示したのかは分からないが、意気込みだけでどうこうできるものではない。
「あぐっ……!」
そう思っていたが、その直後――。
突然の頭痛、或いは眩暈だろうか――、ワースは頭を抱え、膝を地に着けた。
「どうしたのワース!?」
慌ててワースへ声を掛ける。
しかし、ワースは片手で待ったを示し、もう片方の手で頭を押さえながらゆっくりと立ち上がる。
「多分……、これで……。」
ワースはそう呟くと、アネモネの精霊術で混乱している敵軍勢に向けて腕を伸ばした。
『コンポジットサルヴォウ』
赤と茶色の光が集束し、それは空中に放たれる。
そして、天から降る雨の如く、広範囲に弾幕の雨が降り注いだ。
「威力も効果も絶大ね。やるじゃないワース!」
弾幕の雨は抜群の効果を発揮する。
私の言葉の通り、一軍がパニック状態となっていた。
「ここまで来たら一人として逃がさない。仇を……、いえ、守るために殲滅する!」
そう強く決意する。
決意して間もなく、私は頭痛に苛まれた。
しかし、なんてことはない。
「……っ!これくらいなんともないわ!」
吹っ切る様に言い捨て、私は手の平を軍勢に向けて構える。
迷いはない。
一軍を殲滅するイメージを想像し、収束する光にそのイメージを重ねていく。
そして、紅蓮の魔法陣を一軍の上空に紡ぎだし、その一撃の名称を言葉にした。
『アブソリュート』
一瞬にして、範囲内の一軍は消え去る。
そして、そこから完全に殲滅するまで、左程の時間も要さなかった――。
すべてを消し終え、私達は次の行動に移った。
「これより報復を開始するわ。ヴァルキュリスに牙を向けるとどうなるか、世界中に知らしめるために。」
私の言葉に二人は頷き、それを見ていた使用人達も同意を示す。
「お嬢様。フェレス様のご実家より、我々の元へ援軍が届けられるとのことです。」
直後、使用人の一人が私に伝えてきた。
「その援軍を指揮されているお方の名は、クーガ・フーレイル様とのことです。」
クーガ・フーレイル。
たしか、お父様のご実家が助力して窮地を脱した人物だったと思い出す。
忠義に熱く、武芸も達者だったと聞いたことがあった。
「上々です。これよりソア様を中心に、報復の為の殲滅を開始します。」
アネモネが報復の開始を代弁する。
「後戻りは……。」
そう言いかけて、私は言葉を選びなおした。
「いいえ……。ヴァルキュリスの未来を掴む為、全敵対勢力の殲滅を開始するわ。」
後戻りができないのではなく、進むことにこそ未来がある。
ヴァルキュリスの未来への覚悟を決め、私はその大きな一歩を踏み出したのだった――。
*** ヨヅキの視点 ***
ここからの話しは簡単だった。
ソアはクーガ・フーレイル率いるデュナミス家の軍団と合流し、オルローグ家の軍団を悉く殲滅する。
途中、追い詰められた獣の如く、オルローグの一撃がソアに届きそうになるも、クーガ・フーレイルが捨て身で死守し、大事には至らなかった。
寧ろ仲間に大怪我をさせた代償として、オルローグ家は跡形もなく消え去ることとなる。
禍根を残さぬよう、全てを破壊しつくしたのだ。
それが挑み続けることへの、彼女の覚悟の表れだったのだろう。
「聞かせてくれてありがとう。」
私はそう一言ソアに告げた。
「殺し合い……、というか一方的だったのだけれど、こんな話を聞いてくれて、私こそお礼を言うわ。」
確かに一方的。
そして、私も弱かったと言う割には圧倒的過ぎて、私の決意の参考にはならなかった。
それでも――、彼女が私に話してくれた事はとても嬉しいと思える。
はるか彼方の存在だと思っていたのが、元は私と変わらない、力無き存在だったのだ。
彼女は女神に、私は英霊によって力を得た違いくらいだろう。
その点では、私も彼女も変わらない。
私も、ソアみたいに強くなれる希望が見出せた。
「話はここまで。外の様子も騒がしくなってきたし、アルテミス達と合流するわよ。」
そう言って、ソアは私の手を引き部屋から連れ出す。
迷いの渦から引き上げるように握られた手を、私は強く握り返した――。




