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第5話 頂の足跡

第5話 頂の足跡


 熱烈な口付けから解放され、俺は心音の速度が上がっていることに気づく。

目覚めてから様々なことがあったが、その中でもひときわ動揺しているのが判った。


「改めて、私はソア・ヴァルキュリス。あなたを探し求めて世界を超えてきたの。責任は取ってもらうわね。」


 そう名を名乗り、自分の唇に人差し指を置くと、少女は俺を見つめながら微笑みを浮かべて言った。

 まだ近くにある真紅の瞳に見つめられ、俺は不意に視線を逸らす。


「あら、意外と生なのね。」


 当然だ――。

 唇を奪われる経験など、普通はあるはずがない――、と思う。

 まぁ、記憶がない為覚えていないだけかもしれないが、めったに経験することは無いはずだ。

 そうあれこれ言い訳を考えていると、ソアの言葉に対してシンシアがくらいつく。


「節操のないあなたと一緒にしないでほしいわ。大体いきなり唇を奪っておいて、奪った本人が責任とれだなんてよく言えたものね。性格が悪いにも程があるわ。アルテミス!この女を仕留めるわよ!」


 怒り心頭といったご様子だ。

 正直シンシアがそこまで怒る意味が分からないが、これ以上ややこしくならないよう落ち着いてもらった方がいいだろう。

 取り乱すシンシアをなだめつつ、ソアの方へと視線を向けると、彼女はそれを半ば面白がるように見つめていた。

 さすがに、俺達をからかう為だけに現れたとは思えないが、色んな意味で不安が積もる。

 こうして、新たな出会いが俺に訪れたのだった――。


 


 鮮烈な出会いからしばらく経ち、俺達は階層を着実に上がっていた。

 配置された魔物を倒しつつ、俺は精霊術を学びなおしていく。

 その道中、ソアは自身の事を語ってくれたのだった――。




 ソアが居た世界では、大きな戦いで人間という種族が滅んでおり、その大戦で活躍した七星と呼ばれる妖魔達が領地を分配し、平穏に暮らしていた。

 しかし、妖魔の始祖とされ、七星を束ねる程の強大な力を有するアスタルという人物によって状況は一変する。


 あらゆる知識の集合書の制作――、グリモア制作。

 当初、グリモア制作は話し合いで編集されるものであった。

 しかし、アスタルは更なる知識の収集を目的とし、グリモア制作を競技化する。

 精度を高くするため、敗者には処刑や領地解体などのペナルティーを設けたのだ。

 出来栄えはアスタルが判断し、アスタルの基準で優劣が決まる。

 もはやそれは、アスタルを楽しませるだけの余興にすぎない。

 少なくとも彼以外の七星達は皆そう思うようになっていった――。


 幾度なく参加を強いられる七星達やソアの両親となる二人は、自身の家族は勿論、領地や領民を守るため、アスタル討伐を決意する。

 そして、アスタル討伐作戦が決行された第七冊目のグリモア制作対決の時、流血を伴った戦いの末に討伐を果たしたのだ。

 その後、ソアの両親となる2人は婚姻を結ぶ事となり、二人の間にソアが誕生する。


 脅威は去り、平穏は永く続くかのように思われたが、それは叶わぬ願いとなる。

 アスタル討伐が決行された制作対決時、ソアの両親となる二人の暗殺を企てて失敗した七星の一人、ヘイズ・オルローグ。

 彼はアスタル討伐後の敗戦処理の際に、暗殺未遂の罰として領地を失った。

 その彼には息子がおり、名をハーゼルン・オルローグという。

 ハーゼルンは父の受けた屈辱を晴らしたいと、ヴァルキュリスへの復讐の機会を伺っていたのだ。

 その復讐は現実となり、ソアの両親が虐殺される事件が起こる。

 悲しみと怒りがソアに新たな力を覚醒させ、ソアは彼女を慕う友人や協力者と共に報復に出た。

 そして、ハーゼルンへの報復は圧倒的な力をもって大成する。


 だが、その男の親族も黙ってはいない。

 報復には報復と、大軍勢を引き連れてヴァルキュリスの領地へ侵攻を開始したのだ。

 少数で迎え撃つヴァルキュリスの者達。

 対して多勢で攻め込むオルローグの軍勢であったが、もはや数でどうこう出来ない程にソア達の力は強大であった。

 力の差は歴然で、一方的な展開でオルローグの大軍勢は消滅する。

 それでも尚、復讐心を燃やす相手に対し、ソアは相手の屋敷やその周辺の領地を跡形もなく消滅させ、復讐の火種を根こそぎ殲滅したのだ――。


 その後も、その行いに待ったをかけた正義感あるれる妖魔を返り討ちにしたり――、新たに勢力を伸ばしていた強靭な妖魔をも打ち破り――、ついに彼女は世界の頂に到達してしまったのだ。

 そして、頂きに達してしまった彼女が次に目を付けたのが、隠された離島で発見した手記である。

 そこに書かれていたのは、著者の過去とこれまでの歴史――。

 その著者の名がアルテム・ワイズ、アルテミスと名乗る前の俺だったのだ。


「私の経歴はこれくらいで理解していただけたかしら?」


 ザックリとこれまでの経緯を話し、ソアは、今度はそちらの番よと視線を送ってきた。

 中々ハードな人生を歩んできた妖魔の頂きに対し、シンシアは相変わらず警戒を怠らない。

 それでも俺のことについて少しだけ話し、今後の目的を彼女に伝えた。

 そこまではよかったのだが――、


「なら私もあなた達の目的に同行するわ。元の世界への返り方もわからないし、帰るときには彼を連れて帰らないといけないから。」


 シンシアが説明を終えると、ソアは所有を示すかのような発言を述べた。

 そして、俺に向けて微笑みながら真紅の視線を送る。

 あからさまな挑発だ。

 だが、シンシアはまたしても挑発に乗ってしまい、猛反論を展開する。

 それをなだめる俺。

 それを見て楽しむソア。


「はぁ……。」


 内心呆れながらも、俺達は着々と進んでいった。




 同じ造りの階層が続く中、俺達はようやく違いのある階層へたどり着く。

 シンシアと出会った時のように、そこには大きな扉があった。


「この扉の先ね。」


 シンシアがそう呟く。

 その言葉を聞いて、俺は何の躊躇いもなく扉を押し開けた。

 開かれた扉の先は青白い光に包まれた空間で、中央に滾々《こんこん》と沸き出る泉が見える。

 その泉の中心には、深海を連想させるほどの深い青の宝石――、或いは鉱物のような――、シンシアのキューブに似たダイヤの形をした物体が浮遊していた。


「……あれがウィンディーネか?」


 想像していた姿ととあまりにも掛け離れた形に戸惑いながら、俺は浮遊する物体に歩み寄る。

 俺に続き、ソアも浮遊物体をまじまじと眺めながら、中央へと足を進めた。

 唯一、入ってきた扉から動いていないシンシアは、俺の言葉を拾って回答してくれる。


「いいえ、この浮遊する鉱石はディヴァインコア。単一精霊の高純度な結晶体で、人々が魔石と呼ぶ精霊結晶を遥かに上回る力を秘めているものよ。」

「初めて聞く名称ね。おおよそ、人が触れていいものではないように見えるわ。」


 シンシアの説明に、触れてはいけないものとソアが反応したのだが――、


「確かに膨大な力を宿しているようだ。軽く触れただけで、手に精霊の流動が感じられる。」


と、時既に遅く、俺はディヴァインコアに触れていた。


「振りではなかったのだけれど……。」


 ソアは呆れた様に悪態を吐く。

 そして、直ぐに異変が起こった。


「おお!?」


 突如ディヴァインコアが強い光を放ち、俺は触れていた手を離す。

 光は視界を飲み込むほど青々と強く輝き、腕や手で光を遮らずにはいられなかった。

 そして、遮った光の先から、獰猛な咆哮が鳴り響き、それは光の収束とともに姿を現す。


「水流のような、あれは龍の魔物かしら?」


 滝を連想させるような猛々しい水流を身に纏い、対して広くもないこの空間の中でさえ縦横無尽に飛行する姿を前に、ソアが見解を述べた。

 しかし、すぐにその見解をシンシアが是正する。


「いいえ。あれは魔物とは違い、精霊の加護を受けた獣、精霊獣よ。」


 俺達の前に姿を現したのは、魔物とは一線を画す精霊獣であった――。

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