第28.5話 【1】ソアとドロシー
第28.5話 【1】ソアとドロシー
それは――、静かな夜だった。
「申し訳ございません……、お嬢様……。」
否――、静かだったはずの夜に、煩い音が混じる。
「私どもが到着した際には、もう……。」
――煩い――。
「このままではお嬢様の身も危険です。どうか……、私達と共に逃げる支度を……。」
――本当に煩い――、聞こえない――。
「こういう日の為にリスル家の子を引き取っていてよかった。彼女には悪いが、身代わりとなってソア様が逃げる時間を稼いでもらいましょう。」
――誰を?――身代わりにする?
「幸いにしてオブレイオン家の子も屋敷にいます。彼女がオルローグ家に殺されたとなれば、オブレイオン家が私達の代わりにオルローグ家を叩いてくれるはず……。」
――ちょっとまって――、使用人たちは何を言っている?
「まずはデュナミス領に避難しましょう。フェレス様のご実家であれば、ソア様をないがしろにはしないはずです。」
――たしか、リスル――、アネモネを私の身代わりにすると言っていなかっただろうか?
「二人には悪いが……、命二つでこの窮地を脱することができる。致し方ない。」
――それに、オブレイオン――、ワースが殺されるとも言っていた。
「私はリスルの娘をソア様の寝室に移動させる。お前たちは各自荷造りをし、逃げる準備を整えておきなさい。」
「承知しました、執事長。ソア様の荷造りも私がしておきます。」
――私の大切が奪われていく――。
「さあ、ソア様。私と一緒に逃げる準備をしますよ。」
――お母様にお父様――。そして、アネモネとワースまで――。
「寝室にはアネモネ様がいらっしゃいますので、それ以外で持ち出せるものを選別していきますよ。」
私が――、弱いからだ――。
私が弱いから、誰かが犠牲になる。
私が弱いから、大切な人を――、お母様やお父様、そして親友を守ることができない。
「私は先にヴァルキュリス家の所有するグリモアの複製書と、お二人が残された研究書を取ってきますので、ソア様はご自分の必要な品々をお忘れなく。」
力があれば――。
大切な人たちを守れる力があれば――。
「力があれば、キミはみんなを守れるのかい?」
そうよ!力があれば――、アネモネやワースが死なずに済む。
「本当に?それが本当なら、ボクがプレゼントしようか?」
誰だろう――。
使用人とは異なる声――、その異変に、私は気付いた。
「貴方は……、一体……。」
絞り出した言葉と共に、私は下がり切っていた視線を上げる。
「やぁ、こんばんは。ボクはドロシーだよ。」
そこには、ブロンドの長い髪に蒼い瞳をした魔法使いの少女がいた。
「あなたは、ドロシー……。」
そう呟きながら周囲を伺うと、時間が停止しているかのようだった。
先程話していた使用人は、身動き一つせず、ドアノブに手を掛けている。
テーブルの上のキャンドルの火も、揺らめくことは無かった。
「そうだよ。ボクはドロシーだ。」
お母様とお父様の死を告げられ、悲しみの絶頂にいる私とは真逆に、その魔法使いは明るく笑顔で答える。
「キミの名はソアだったかな?キミが欲しいのは力でいいんだよね?」
私の気持ちなど一切無視し、魔女は明るく、ワクワクとした口調で次々と質問を並べた。
「そうよ。……私は力が欲しい。」
その明るさと同じにはなれそうにないが、私は絞り出すように言葉を返す。
「そっか。うん、いいよ。キミには力をプレゼントしよう。」
そう言うと、魔女はあたしの頭に手の平を軽くのせた。
『かの者が望みし贈り物を……、ドロシーの名において贈呈する。』
温かいような、何かに包まれる感覚を覚える。
『それは既にキミの中にある。キミが望み、ボクが与え、それをキミが開封する。』
神々しい光と、騒々しい程の魔法陣の出現に、鼓動がドクドクと速さを増した。
『与えられし賜物を開封し……、今こそ、その願いを成就させん。』
魔女が言い切ると同時に、光は終息を見せる。
「……これが、……私の求めた力……。」
見た目にして、特別な変化があったわけではない。
沸き上がる力や、反動で体が疼くようなこともない。
それでも、たしかに私は得ているという実感があった。
「そうだよ。感じ取るのは難しいけれど、キミの求めたものだ。」
実感はあるのだが――、やはり力が込み上げてくるようなことは無い。
「本当に、強くなっているのかしら……。」
疑問だ――。
精霊の力を強く感じることも、何かに目覚めた感覚もない。
ただ――、私の中に包装された塊のような、未開封の箱の様なものがあるという感覚。
「キミが感じているそれは、ボクがキミに送ったギフトだ。」
ギフト――?
「全部で七つのギフトがある。必要な数だけ開封するんだ。」
開封する?どうやって――?
「望めば開く……、と言う事でもないんだけどね。開くためには覚悟が必要なんだ。」
「覚悟が……、必要?」
「そう、覚悟が必要だ。」
どう、覚悟が必要なのか。
私にはわからない。
「そんなことは無い。キミは既に一つ目のギフトを開く覚悟ができているはずだ。」
魔法使いはそう言うが、その実感はなかった。
そして、もう一つ気付いたことがある。
「実感がないかい?まぁ、ボクが去れば時が動き出すから、嫌でも実感できると思うよ。」
「私の心が読めるの?」
私は、その気付きを確かめるよう、言葉にした。
「もちろん、キミの思念は伝わっているよ。ボクは女神みたいなものだからね。」
「……女神?」
「今はまだ知らなくても大丈夫だよ。キミが全てのギフトを開封したら、その時に答えを教えよう。」
分からないことが増える。
ただ、覚悟によって力が解放されるのだと言う事は理解できた。
「なんとなくだけど、理解してくれてうれしいよ。」
そう言うと、魔法使い――、否、女神はゆっくりと風景に溶け込むかのように、消えてゆく。
「時が動く……。ソア・ヴァルキュリス、キミへのギフトが幸運の翼であらんことを……。」
そう言い残し、女神は姿を消した――。




