第15.5話 【3】ユナとドランク
第15.5話 【3】ユナとドランク
あの後の事はあまり覚えていない――。
たしか――、撤退する虎狼を追い、追いついた相手から殺していった。
離されては追いかけ、追いついたら握り潰す。
何処へ逃げようが、向かってこようが容赦はしていないはずだ。
潰れた死体をたどって行けば、迷わず元の場所に帰れたのだから――。
「カーシャ!!」
何度か大声で呼んでみたが、これといった反応は得られない。
寧ろ、声につられてやってきたのは、虎狼とは別の賊の男達ばかりで――、覚醒したこの力を試すには丁度いい練習になった。
しかし、あたしはカーシャを見つけられなかった。
それから約1年が過ぎた頃、あたしは鬼手のユナと呼ばれ、賊だけでなく民間人にも恐れられる存在になっていた。
カーシャを探す為に各地へ赴き、その地で名を馳せていた賊を幾つも潰して回った。
しらみつぶしではあるが、その内カーシャにたどり着けるだろう。
そう思って各地を転々としていたが、ついにカーシャにたどり着くことは無かった。
もうすでに殺されてしまっただろうか――。
それとも、売られてしまったのではないだろうか――。
行く先々で探してはみるものの、全て空振りに終わったのだ。
そんな捜索の日々を過ごしていたある日、二人組の来訪者が現れる。
「なるほど、お前がユナか。」
来訪者が現れることは別に珍しい事ではない。
噂を聞きつけての挑戦か、あるいは復讐のどちらかだ。
「挑戦か?それとも復讐?」
いつもなら見ただけでどちらかが分かる。
しかし、挑戦者特有の獲物を見る目や復讐者特有の死に物狂いな様、そのどちらも伺うことはできない。
何より、賊どもが単に纏っているだけようなボロの布切れではなく、その男はしっかりと服の形を成したものを着用している。
更には、まるでどこかのお姫様かと思うほど、美しく綺麗な服装の女性が隣に控えているのだ。
こんなことは今までにない。
今までにないからこそ、この男の目的が分からなかった。
「お前の評判は聞いている。だが、今日からは俺の家族だ。」
「は?」
何を言っているんだろうか?
理解ができない――。
「まぁ、とりあえず家に来い。飯を食って、風呂に入って、それから話をしよう。」
男はそう言い、あたしに手を伸ばしてきた。
どういう意図にしろ、手を出してくるのなら容赦はしない。
『鬼手』
『エクセスアルマ』
ほぼ同じタイミングで、男は何かを唱える。
黒い光が集束していくのが見えたが、あたしはお構いなしに鬼の手を差し向けていた。
しかし――、
「不意打ちにしてはなかなかの威力だ。だが、まだまだ弱い。」
「……、無傷かよ。」
放った一撃は片腕で防がれ、鬼の手は紫色の光となって雲散する。
防がれた事なんて、今まで一度もなかった。
『鬼手』
たまたまだろうと思い、あたしは追撃を――、今度は打撃ではなく握りつぶすように差し向ける。
だが、男は虫を払うかのように鬼手を払い、またしても光となって雲散させたのだ。
「その程度じゃ俺には勝てないぞ。」
男はそう言いながらゆっくりと歩み寄る。
全くもって不愉快だ。
『鬼手』
『鬼手』
『鬼手』
鬱憤を晴らすように、今度は連続で差し向けたが、これも全て払われる。
当たる前に防がれるのなら、遠距離では分が悪いみたいだ。
だったら、近距離でなら防ぐことはできないだろう。
「反抗期は終わりかな?なら、一緒に家へかえろう。」
挑発のつもりだろうか?
しかし、ここで誘いに乗ったらだめだ。
遠距離なら確実に防がれるし、近距離の方がまだ可能性がある。
ほかにいい手段も思いつかない。
そうこう考えているうちに、男との距離はかなり近づいていた。
あたしは機を伺いながら身構え、一瞬のチャンスを待つ。
「メーディス。」
すると、間合いに入るまであと少しと言うところで、男は後ろに控えていた女性の名を呼んだ。
メーディスと呼ばれた女性は、それを合図に詠唱を行い、あたしの足元に黄緑の光を集束させる。
『エメ、アッフェラーレ、ヴァイン』
しくじったかに思えたが、術の発動までが大して早くはなかった。
距離は開くが、これなら後方へ避けられる。
あたしはそう思い、後方へ跳躍を試みた。
だが――、
『アイアンウォール』
何もなかったはずの後方で、突如出現した壁の感触を背に受ける。
壁に押し戻されて動きが止まり、あっけなく、黄緑の光から伸びてきた植物の蔓に絡めとられた。
「さて、これで動けないだろ。」
目の前まで来た男はそう言い、あたしを見つめる。
両手、両足、体にまで巻き付いた蔓。
それは背中の壁に押し付けるように固定されている所為で、僅かな抵抗すらもできなかった。
「一人で倒せなくても仲間と連携すれば勝てることもある。」
男はそう言うと、あたしの頭をポンポンと叩く。
終わった――。
これからあたしは、この男に殺されるのだろう。
身動きが取れない以上、殺される前に辱めを受ける可能性も高い。
「……さっさと殺せよ。」
別に死にたいわけじゃない。
辱めを受けるくらいなら死んだほうがましと言うだけだ。
「おいおい、俺はお前を殺しに来たわけじゃない。最初に言っただろ?」
「じゃあどうするんだよ?」
あたしは男を睨み返す。
「俺達と一緒に来い。子供には親が必要だ。そして今日から俺がお前の親代わりだ。」
しかし、男から返ってきた言葉は予想もしていなかった言葉だった。
信じられるはずがない。
「そんなこと言って、本当は体目当てとかじゃないのか?」
「誰が子供に手を出すか!俺の好みは巨乳だ。平らな胸に興味はない。」
体目当てじゃなければあたしに何の価値があるのか。
戦闘員としておくと言う事なのだろうか?
「……戦いの駒になんてならない。」
「それも必要ない。何せ俺は強いからな。」
よくわからない。
あたしを仲間にしてどんなメリットがある?
生かしたことで復讐をされるとは思っていないのか、この男は――。
「……復讐するかもしれないぞ。」
「したけりゃいつでもかかって来い。それを目的に生きていけるならそれでいい。」
本当にこの男は何がしたいのか――、あたしには理解ができなかった。
ただ――、理解はできなかったが、信用は出来そうだと思う。
正直、なぜそう思ったのかもわからなかった。
なぜが多すぎて、考える事につかれたのだろう。
あぁ――、何もかもがめんどうだ――。
「よし、屋敷に戻るぞ。メーディス、ユナを開放してやってくれ。」
「わかりました。」
男の言葉で、メーディスと呼ばれた女性はすんなりと精霊術を解除した。
何のためらいもなく、あたしは解放されたのだ。
そして――、
「それでは参りましょう。ユナ、これからよろしくですわ。」
メーディスはニッコリと笑ってあたしに手を差し伸べる。
心を許したつもりはなかった。
それでも、この時のあたしは、躊躇うことなくその手を掴んでいた。
こうして、あたしは遊戯邸と呼ばれるグループに加わることとなる。
そして――、そのリーダーであるドランクと言う男に、飽きが来るまではついていこうと思ったのだった――――。




