表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/85

第58話 決意と覚悟

第58話 決意と覚悟


 新生91年。

 アルテミスと旅を続けていたヨヅキは、空き時間に一人、洞窟の中で修業をしていた。

 リネ協定国首都があるリーネス領から東へ向かった、旧カルバイン王国の西端のヴァニサル領――。

 その、ヴァニサル領の南の海に面した海岸から少し北にある、ヴァニサル洞窟の奥地で、英霊スメイシカの助言を聞きながら、ひたすらに剣を揮った。


〝――気配を探れ。奴らの得意を考えろ――″


 人の手が入らない、弱肉強食の環境で生きる凶暴な魔獣を相手に、ヨヅキは苦戦する。


「対応するのにも必死なのに、相手の事を考える余裕なんてないわよ。」


 肩で息をしつつ、ヨヅキの返答は声として出ていた。


〝――声に出すな。相手に位置を知らせるのは、対応できる場合のみだ。静観、考察、予測を常に巡らせ、自分と言う獲物を狩るために相手が取り得る行動を考えるんだ――″


 言っている意味は分かる。

 剣の腕もそれなりに上達している為、致命傷を負うことは無い。

 しかし、お互いに牽制する形となり、決定打を与える事が難しい状況であった。


〝――相手の思考になれ。目の前の獲物を狩るために、今何を考えていると思う?――"


 スメイシカの問いに答えを考察する。

 一気に攻勢をかけ、仕留めにかかるのであれば既に動きがあるはずだ。

 しかし、距離を取ってあまり動きを見せず、こちらを観察していると言う事は今は様子見をしているのだろう。


〝――では、次の行動をどう予測する?――"


 様子見であれば、こちらが動かなければ相手は手の出しようがない。

 それを待って、罠を張っているのだとすれば、こちらから動くのは危険だ。

 一か八か、仕掛けて出方を伺うべきなのだろうかと、ヨヅキの心の中にあらゆる憶測が犇めき合い、予想が外れる事への不安が募っていく。

 今の私では、この状況を変えられない――。


〝――諦めるな――"


 スメイシカの声が、一段と強く響いた。


〝――諦めればそこで負けが決まる。最後まで勝算を探り、相手の勝算を逆に利用して見せるくらいの狡猾さを身に付けるのだ――"


 相手の勝算――。

 勝算が見えれば、それは仕留めにかかる行動を引き起こす。

 つまり、相手にチャンスを与えれば、行動を起こさせることができると言う事だ。


〝――いい考えだ。後はそれを実行に移すだけだ――"


 ヨヅキは構えを解き、脱力する。

 そして、剣を鞘へと収めて、来た道を戻り始めた。


〝――お、おい!敵前逃亡してどうする!――"


 ヨヅキの行動を見て、スメイシカが動揺する。

 しかし、それは魔獣にとっても同じで、獲物が隙だらけとなり逃亡を図ろうとするように映ったのだ。

 当然、魔獣は獲物を逃がすまいと、距離を詰めて攻勢に入る。


静止流線せいしるせんを断つ』


 無防備な背後に忍び寄った一体の魔獣。

 更には、罠を張って待ち構えていたもう一体――、側面から奇襲を仕掛け、ヨヅキへと研ぎ澄まされた爪を振りかざす。

 だが――、二体ともその状態で静止し、時が止まったかのようにピクリとも動かない。


〝――見事だ――"


 スメイシカの称賛が聞こえたかと思うと、次の瞬間――、二体の魔獣はそのまま血飛沫を上げながら地へと崩れた。


「ありがとう、スメイシカ。貴方の強さの秘訣が、少しわかった気がする。」


 そう言葉にして、ヨヅキは何物にも代えがたい達成感を噛みしめる。


〝――本来、個人技で扱う策ではないのだが、団体戦以外でも活用できるのは、貴様の実力あっての事だろう。その点においては、誇るがいい――"


 弟子の成長を見守る師匠の如く、スメイシカはヨヅキの成長を嬉しく思っていた。


「私、決めたわ。」


 洞窟の入口へと戻る最中、唐突にヨヅキは決意を言葉にする。


「眷属として契約し、アルテミスにとっての帯剣となる事を。」


 自身の成長により、長年の迷いも吹っ切れ、ついに決意が固まった。

 自信が付いたことで、決意に対する行動も加速する。

 足早に進み、洞窟から出る頃には、左の薬指に契約の証が輝いていたのだった――。




 そして、その夜――。


「長い間待たせたけど、これが私の決意よ。」


 アルテミスの部屋へと押し入ったヨヅキは、そう言って、突きつけるように左手を見せる。

 それに対し、アルテミスは安堵と罪悪感のような物を感じていた。


「協力してくれることには感謝しかない。しかし、ヨヅキ自身はそれでよかったのだろうか?人としての生から外れる事が、負担にはならないだろうか?」


 素直に喜べない。

 人として生きる選択を捨て、自身が成すべき事に協力してくれる彼女に、何をしてあげられるのだろうかと言う難問を自ら作り出してしまったからだ。


「何でそう言う事にはネガティブなのよ。私は私の意志でこれを選んだの。貴方が責任を感じつ必要はないわ。」


 アルテミスの事を察しての言葉ではなく、彼女自身が思った通りの言葉で返答している。

 そうだと分かっていても、ソアの時と同様に、不安は完全には拭いきれない。


「例えそうだとしても、私に協力すると言う事は、私にも責任があると言う事だ。私にできる事で埋め合わせができればいいのだが……、いや、そう考えるのも良くはないか。」


 あの時とは違い、否、あの時教えられた決意と覚悟。

 それを知っているからこそ、今回はまた別の考え方ができる。

 ソアが言っていたように、二人の覚悟なのだと――。


「そうよ。私が選んだのだから、貴方が責任を感じる事は無いわ。」


 そう思っていたが、ヨヅキの言葉では、あくまでも自分個人の意思だと言っているように聞こえる。

 これもまた、人それぞれと言ってしまえばそうなのだが、アルテミスにしてみれば、どうにも腑に落ちないままとなった。


「でも、埋め合わせしてもらえるなら……、してくれてもいいのよ?」


 そしてまた、ヨヅキの態度がコロッと変わる。

 貰えるなら貰っておこう見たいな、得することに抜け目のない所も今更の事だ。


「また甘いものか……。ヴァニアサル領内なら何か特産の果物があったはずだが……。」


 ヨヅキの事だからまた甘味の類だろう。

 そう思っていたアルテミスの目に、もじもじとした様子で視線を逸らし、あからさまに恥ずかしそうにしているヨヅキの姿が映り込んだ。


「そ……、そう、じゃなくて……、えっと……。こういう時、なんて言えばいいのか……。」


 いつもと違う態度や仕草に、アルテミスも胸の高鳴りを感じる。


「わざわざ左の薬指に……ね、ゆ、指輪を選んだのよ?」


 歯切れ悪く、それでも気付いて欲しいと言わんばかりの仕草で問われ、流石にアルテミスも状況を察した。


「いや、でも俺にはソアが……。」

「ソアの事なら大丈夫よ!」


 言い切る前に断言される。

 いったい何が大丈夫なのだろうか――、

 そう、疑問しか沸いてこない。


「別れの際に、ちゃんと許可は貰っているわ。」


 許可が出ていると言う事は、ソアはこうなる事を事前に知っていたと言う事だ。

 知っていたというよりは予測なのだろう。

 数年越しの展開を予測するなど、流石と言う言葉意外に何も思いつかない。


「やっぱり、ダメかしら?」


 涙目に、上目遣いで迫られ、抵抗の意志は簡単に押し切られる。

 確かに、頑張れみたいなことを言われていた気がするが、それはこういう意味だったようだ。


「わかったよ。」


 何時になく強気のヨヅキに対して、意志が折れたというより、彼女の覚悟に応えたいという思いが勝る。

 その思いを――、どういう形で有れ、伝えるべきだとアルテミスは思った。


「これから何十年、いや、何百年もの長い旅になる。」

「そうね。」


 アルテミスの言葉に、ヨヅキが短く同意する。


「楽しいことよりも、辛い事の方が遥かに多くなるだろう。それでも私の剣として、良きパートナーとして側にいて欲しい。」


 戦友として、理解者として、側にいて欲しいと言う思いを、アルテミスは素直に言葉に綴った。

 それに対し、ヨヅキは強い決意を言葉に示して返す。


「どんな過酷が待ち受けようと、全て乗り越えていくってもう決めてるわ。」


 その言葉は、まさに帯剣としての立ち位置と共に、パートナーとしての思いも含まれていた。


 二人の距離は流れのままに縮まり、思いを込めた唇がそっと重なる。

 そして、心と体を互いに交え、決意と夢を束ねたのだった――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ