第57話 異分子
第57話 異分子
悠悠95年。
妖魔世界では、統合に向けた議論を重ね、避難のシミュレーションが始まっていた。
「予兆を確認してから避難完了まで、現状の配置では時間がかかりすぎますね。移住計画無くして、これ以上の被害軽減は難しいでしょう。」
冷静に状況を分析する者――。
「だからと言って、いつ起こるかもわからない統合の為に、領民の認識を変えるのは難しい。移住計画は、領民の理解無くして実現などあり得ないだろう。」
悲観的な意見を述べる者――。
「悠長に待っている時間など無い。拒否など認めず強制移住を強いるか、或いは見捨てるのも致し方ないでしょうな。」
強行を唱える者――。
「それこそ反感を助長するだけではないか!どちらにしろ反感を買うだけの計画など、元から私は反対なのだ。」
批判する者――。
「だったら良案を出してみろ!批判だけではこの件は進まんぞ。」
現実を突きつける者――。
賢人達の議論は交錯するまま、様々な意見が飛び交っていた。
「様々な意見が出るのも無理はないでしょう。」
跋扈する無秩序な意見を掻い潜り、一人の男の声がそこに割り込んでくる。
「多くの民衆が混乱しているこの事態に、賢者ですら明確な答えは出せないでいる。この問題はそういう問題であると、再度認識を改めて頂かなくてはなりません。」
独創的な発想で名高い賢材、グリム・ベルテであった。
「何を成すべきかは既に決まっています。その成すべき目的へのルートをシミュレートする場であるのにもかかわらず、一般民衆同様に喚いているのはなぜでしょうね。賢人の中に一般民衆が混じっている……、であれば、場に不釣り合いな方は、どうぞ自主退席をお願いいたします。建設的な意見を出せない賢人見習の方も、自主退席することで賢明を示してください。」
一瞬にして場が膠着し、議会は静まり返る。
「さあさあ、止まっていないで退席してくださいね。ここは賢明な議論の場ですので、相応たる知恵を持たぬ方は、迷惑となりますので。」
追い討ちをかけるように、グリムは嫌味を含めて催促した。
「あら、別に居てもいいのではないかしら?」
誰一人声を上げない中、物応じしない彼女だけは堂々と意見する。
「ふむ。神聖たるこの賢人議会に、賢人にも満たない者が同席していれば、先のような雑音となりますので、掃除をしておこうかと思いましたが、それを貴方は許されるのですね、ソア・ヴァルキュリス殿。」
グリムの鋭い視線が、意見を述べたソアへと向けられた。
追い出されることから庇ってもらう形となり、多くの賢人達は安堵する。
しかし、彼女の次の言葉で、賢人達は再度肝を冷やすこととなる。
「掃除は行き届かないものよ。議会室の隅にもゴミは落ちれいるわ。そんな隅っこのゴミに、私は一々構っている時間は無いの。目障りな目の前のゴミなら、自分の手で始末すればいいだけのはなしでしょ?」
不相応な者は自主退席から、邪魔なら消すと言う物騒な展開に変り、数人の賢人達は保身を選んで自主退席し始めた。
「なるほど。目の前のゴミを始末ですか。確かにそれなら問題はないでしょうね。」
グリムが同意し、まだ残っている賢人達に視線を向けると、迷っていた彼らも危機を察して退席する。
結局、この場に残ったのは賢者と賢材、名の知れている賢人数名だけとなった。
「何も、脅しをかけてまで退出させることも無いだろうに。」
二人の掛け合いで退席していく賢人たちを見送って、アウロアは二人に話しかける。
「そう言いながら、貴方も止めなかったようですが……。」
「いや、二人があまりに凄むものだから、中々声が出なかったのだよ。」
グリムの突っ込みにも、アウロアはとぼけて返した。
「ああいう連中は議論するだけ無駄よ。自分の意見に合わないものには批判しかしないし、かと言って集団の輪から外れようとはしない。本物ではない意志は、明暗を握るこの場には不要なものだわ。」
本当に迷惑だと言わんばかりに、ソアは長々と悪態を吐く。
だが、その悪態の中に、アウロアは一つの光明を見ていた。
「これが新たな要因……。今までにはなかったもの……。」
「何か言いましたか?」
ブツブツと言葉を零すアウロアに、グリムが訪ねる。
「いや、何でもない。君たち二人がいれば、この難題に対抗する策が生まれると期待しているよ。」
アウロアは意味深な発言を残し、グリムの肩を一度トンと叩いて退出していった。
意外な展開に、ソアとグリムは顔を見合わせる。
「ビルヘルム殿まで退出していくとは……。この展開は考えていませんでしたね。」
「意外を通り越して何か不気味ね……。」
腑に落ちない様子で、その対象である賢者に対しての感想を、各々口に出していた――。
その退出したアウロアはと言うと――、
「二度の崩壊に登場しない、二つの異分子……。二人の内一人が……、否、両者がそうなのだとしたら、今回は生存を掴み取ることとなるのやもしれない。」
漆黒の本を片手に、独り言を呟いていた――。




