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第56話 黒幕の暗躍

第56話 黒幕の暗躍


 繁栄95年。

 この年に、次の英雄と成りえる人物が誕生していた。

 その者は、妖魔と人間の架け橋となり、やがて、人間領域内に建国を果たすことになる。

 それは、アポカリプスにも記されていない、未知の物語――。

 しかし、それを知ることになるのは、まだ20年先の話しである――。




 元にいた世界へと帰還したリスタルテは、直ぐにリアン、ベックス、アイビーの3名を第二女神ベネッタの世界へと送り込んだ。

 その後は鳴りを潜め、残ったキャストを順次送り出す為の準備に勤しむ。

 帰還してから10年、オーヴィとグレイが相打ちとなってから既に5年が経っていた。


「グレイが命を賭して役目を果たし、レイラは一人になったけど、第三世界に増援はしないのかしら?」


 漆黒の書物に目を通していたリスタルテに、エヴァの質問が飛んでくる。

 リスタルテは、読書を中断されたことに対して不機嫌になることは無く、本を閉じてからエヴァの質問に言葉を返した。


「いずれ世界は統合されます。アポカリプスにもそれは記されているし、これまで世界は統合による終焉を二度も迎えている。その終焉の先にある、本当の終焉を掴む為に今できる事は、束の間の休息を取る事ですよ。」


 閉じた本を精霊術で展開した『本棚』へとしまい、リスタルテはエヴァに告げる。


「統合までにどれ程の時があるのかは分かりませんが、貴方にとってもこの時間は貴重だ。世界が果てれば、大好きな食事ができなくなりますからね。」

「あら、それは困りましたわ。」


 彼の言葉を聞いて、エヴァはわざとらしく困った素振りを見せた。

 何度も見てきた、そのあからさまなまでの態度――。

 今まで触れずに流してきたが、この際、幾度となく抱いた疑問の回答を、女神である彼女に求めることにした。


「そうやってはぐらかすのは、そこに真意が隠されてると言う事なのでしょう。私は不思議に思うのですが、この世界にある美を食すことに満足を得ているあなたが、なぜ世界の終焉を望む私に手を貸すのか……。本来女神とは、世界を守護する役割ではないのですか?」


 回答を求められ、エヴァは少し間を置いてから話し出す。


「そうね……、貴方の思う疑問は、貴方自身が既に体現していると思うのだけれど……。少しだけならヒントをあげてもいいかもしれないわね。」


 彼女が話し出したのは回答ではなく、あくまでもヒントであった。

 その言い方からして、余程言えない事情があるのか、或いは、自身で気付かなくてはいけないという事なのだろうと、リスタルテは考える。


「最初に出会った際にも聞いたのだけれど、貴方の望む終焉の為に、女神の施しを受けたいとは思わないかしら?」

「断ります。」


 女神の誘惑を彼は迷い無く断った。


「何度言われても、女神の力には頼らない。神殺しを目論む者が、神の御使いである女神の力に縋るのは私の意に反します。」


 リスタルテの最終目的である、神殺し――。

 それを果たす為に、女神から力を授かれば、一気に目的に近付くことはできるだろう。

 しかし、彼が歩んできた、彼の人生という道において、それを求める事は決して許されない。

 それ程までに陰惨な、苦渋を強いられ続けた運命――。

 その運命を齎した神を、彼は許すことなどできない。

 許せない相手から、施しを受けることなどあり得ないのだ。


「そうね。貴方は決して求めない。神の力を……、神の御使いである私の力を……。」


 彼の胸の内に秘められた思いを理解して、エヴァは彼に真実を突きつける。


「そんな貴方が、唯一私から得た不老の能力。時の停滞も女神の力であることは理解しているかしら?」


 彼女から発せられた真実は、リスタルテの胸中を抉った。

 理解していなかったわけではない。

 否、頑なに理解から遠ざけていたのだ。

 遠ざけていたと言う事が、彼の中で更なる矛盾を生み出し、その矛盾によって自らを苦しめる元となる。


「……その通りですね。」


 痛い所を突かれ、リスタルテの反応はやや静かであった。

 無理もない。

 自らが掴み取った能力だからと言う、都合の良い言い訳で鎮痛を施し、しかし、この能力無くして目的は果たせないと言う事実も合わさって、これは目的のための手段であると認識を堅固にしてきたのだ。

 こればかりは仕方がない――。

 仕方がないと言うよりは――、いや違う――。

 このやり取りの本質はそう言う事ではない筈だと、ふと彼は思い至った。


「いや……、なるほど。そう言う事なのか。」


 彼は理解する。

 矛盾を呑むのも止むを得ない。

 自分のそれは、あくまでも目的達成への手段である。

 揺るがせたくない信念から、幾分か譲歩して得た手段――。

 それは、自分だけがそうしたのではなく、女神である彼女も同じように、そうせざるを得ない事情によって選択した手段なのだろう。


「終焉の先に、貴方の望む世界があるのですね。」


 リスタルテは納得し、そう結論付けた。


「そうね……。その答えを知りたいのでしたら、その日が来るまで生き延びてくださいね。」


 そう言って、エヴァは微笑んで返す。

 その笑顔の奥に秘められた思いまでは分からなかったが、リスタルテは自分なりに納得できたことに満足していた――。

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