第54話 Closed Scure 01~黙示録と伝承~
第54話 Closed Scure 01~黙示録と伝承~
さて――。
伝承には、それを語るに足る遺物――、神器や伝説上と呼ばれるような聖遺物なるものが、必ずと言っていい程存在する。
今回、我が訪れたのは他でもない。
その、聖遺物と成りえる、所縁のある品を保護する為である。
名も知らぬ深い森。
我は、その奥地へと歩みを進める。
草木の生い茂る薄暗い中を、目標物から零れ出る僅かな気配を頼りにして、その場所へと一直線に進んでいた。
方向を示すものも、目印もない。
ただ、その気配へと向かう。
しばらくすると、少し開けた場所に辿り着いた。
拉げた木々と、その傍らには骨ごと潰された死体。
血の匂いと焦げ臭い異臭。
つい先程まで争っていた形跡を残す、そんな場所だった。
その中央には、目的の聖遺物を握りしめて息絶えた英雄と、英雄に討たれた異質な存在――だった者の残骸。
そして、招かれざる者が一人――、漆黒の表紙で綴じられた分厚い書物を持った者がいた。
「漆黒の禁書……。この時代での、黙示録の所有者は……、元老院とグレイセル家の者……。どちらかは知らぬが……、この場にいると言う事は、我の邪魔をする為か?」
聖遺物を保護する際、それを阻止する敵対者が現れる。
恐らく、この者が今回の敵対者だ。
「あんたが何をしに来たかは知らないが、別に俺は邪魔するつもりはないさ。」
そう言って、この者は一歩後退する。
「俺は、俺の憧れた英雄が、自らの運命を切り開けるか、その結果を確かめに来ただけさ。アポカリプスによれば、雷の英雄はレベロ・セルフィートの亡霊に討たれると記載があったんだが、どうやら相打ちとなったみたいだし……。なるほど、このグレイと名乗っていたジジイがレベロ・セルフィートと言う人物なのだろうな。アポカリプスで示された敗北を覆し、相打ちに持っていったオーヴィは、やはり俺が見込んだだけの事はある。」
調子づいて、この者は聞いていない事まで語りだしていた。
時間の無駄になる為、一々相手にはしない。
だが、敵対者でない事が分かったのは良しとするべきだ。
「黙示録は未来予知の書物ではない。それは、ロサリオの遺恨を糧にして生み出された、願望の体現を補佐する代物である。」
この者の認識違いを正し、我は続けて問う。
「その黙示録を葬るのも、我の役割ではあるのだが……、三世界に分離したこの時代ではあまり意味のないことだ。この場から立ち去るのなら見逃すが……、黙示録を持つ者よ、如何にする?」
去るならば良し、去らぬなら屠るのみだ。
極力歴史を変えずに済ませたいが、忠告に背くなら止むを得ない。
「何が起こるのか見届けたい……、と言うのはダメなんだろうな。ここは素直に従って、立ち去るよ。」
過分な願望だと認め、去ることを選んだのは利口だ。
「その代わりと言っては何だが……、あんたの名前を聞いてもいいかな?勿論無理にとは言わない!知った所でどうこうする気もないし、ただの興味本位ってやつさ。」
だが、我に名乗ることを求めたのは些か誤った判断だろう。
場合によっては始末すべき対象にもなり得るが――、どうやら元老院の者ではなさそうであり、グレイセル家の者であれば、行く行くは重要な継承に関わる故、名を知られたとしても問題はない。
「興味本位で知って良い名ではないのだが……。我の邪魔をせぬと誓い、心してその身に刻むが良い。我はロア……、伝承を紡ぐ者なり。」
そう言って、我は英雄の亡骸と対峙した異質な存在へと近づく。
それを見て、グレイセル家の者はその場から立ち去って行った。
「分解前の残滓にも、思念が潜むと云われるが……、果たしてまだ残っているだろうか……。」
周囲に気配がないことを確認して、我は二つの亡骸に触れる。
「雷光の残滓は……問題ないな。だが、もう一方には僅かな微精霊すら感知できない。」
この世界において、微精霊を宿していないものはない。
故に、この異質な存在が、生命と言うものを持っていたのかすら怪しいのだ。
「この様なものを生み出してまで……、暴食で空腹を満たすが如く、復讐で心の隙間を埋めることに何の意味があるというのだろう……。否、そうまでして……、と言う事なのか。」
そんな、世界の法則を逸脱するような存在を作ってまで、成し遂げようとする復讐への思いはどれ程深いのだろう。
「理解し得ぬ事を考えても無意味か……。ならば、今すべきは詮索に非ず。」
我は英雄の握る剣に触れ、伝承を紡ぐ陣を生成した。
「聖遺物……。これを、雷光の二振りとす……。」
まずは、伝承を語る上でのトリガーとなる、遺物を承認する。
「説話……。これを、明滅の死闘とす……。」
遺物が決まれは、それにまつわる伝説が必要だ。
伝説が無くては遺物はただの遺物となり、聖遺物とはならない。
「語り部……。これは……、彼らに任せるとしよう。」
そして、それを伝える伝承者は、英雄の娘を連れて離脱したあの男――。
恐らく魔王の元へと向かた彼が、その役割を果たすことだろう。
「……ん?」
ふと、英雄の亡骸に目を移すと、懐から落ちたであろう宝石――、月虹石が目に入った。
「契約を交わしていれば、結果は変わったのかもしれないが……、雷光は人としての生涯を望んだと言う事か……。」
契約による力の増幅より、人として生を繋いでいく事を選んだのだろう。
受け継ぐという点において、同意儀である伝承。
そこに親近感を覚えたのが原因かもしれない。
「本来であれば……、未来に変化を与える様な事はせぬのだが……。雷光の貫いたその思い……、その娘にも受け継いでもらいたいものだ……。」
そう言って、我は月虹石を拾い上げる。
「願わくば……、その意思をも受け継がんことを……。」
そう念じながら石を握りしめる事数秒――、月虹石は我の手から消えていた――。
全ての物語を書き終えてから出そうか迷いましたが、時系列的に出すこととしました。




