第53話 雷鳴
第53話 雷鳴
背後からの急襲に、グレイは片腕を失う事となった。
サンクチュアリを展開して対処することも可能であったが、敢えてそうしなかったのである。
掴まれた左手をこのままにしておくよりも、いっそのこと切り捨てる方が得策だと判断したからであった。
「約束通り……、腕一つは持っていけそうだ……。」
切断された腕を抱えたまま、アズンは力を使い果たす。
満足そうに笑みを浮かべ、緩やかに息を引き取った。
「今の一撃に雷を宿していれば、彼を巻き込みつつも私を倒すことができたと思いますが、その選択をできなかったことが貴方の敗因ですね。」
片腕を切り落とされたにも関わらず、何事もなかったかのように振舞うグレイ。
苦痛を感じていないのか、痛みを耐えている様子もなく、切断された部分から血が滴ることもなかった。
「行け!ホークアイ。仲間の仇は俺がきっちり取ってやる。」
留まるべきか行くべきか、判断をしきれずにいるホークアイに、オーヴィは再度後押しをする。
それを受け、ホークアイはようやくシアンを連れて走り出した。
「誰一人とて逃がしませんよ。」
走り出したホークアイに向かって、縮地で距離を縮めようするグレイ。
それを妨害する為に、イグニは身を挺して阻止を図る。
『衝波』
「――っ!!」
そのイグニの腹部にグレイの鋭い一撃が炸裂。
彼女の体は勢いよく吹き飛び、強く大木に打ち付けられた。
「イグニ!」
身を挺して囮となったイグニに気を取られ、ホークアイのスピードが一瞬緩む。
その隙をグレイは見逃さなかった。
『縮地』
力強く地を蹴り、一気にホークアイへと迫る。
「レヴィア!!」
それを見て、オーヴィは吠えた。
己を見失ったままのパートナーに対し、今がどういう時なのかと問うように、力強く、意志のこもった言葉を飛ばす。
そして――、
『ウィンディングエッジ』
オーヴィの意志が伝わったのだろう、その言葉に応える最高の一撃を、レヴィアは撃ち込んだ。
『サンクチュアリ』
自身を貫こうを向かってくる矢に、グレイはサンクチュアリを展開して防ぐ。
通常での回避が困難な速度と精度により、使わざるを得なかったのだ。
これにより生じた、追撃への僅かな遅れ――。
最早それを取り戻すことは不可能であった。
「二人取り逃がすことになりましたが、致し方ありませんね。」
そう言って、グレイはホークアイとシアンを追うのを止める。
そして、新たな攻撃対象をレヴィアへと移したのだった。
『縮地』
取り逃がした事に対して挽回の意味を込めてか、グレイの行動は早い。
一気にレヴィアの前まで詰めると、そのまま攻撃態勢に入った。
だが――、
『雷爪隼』
それを許さないとばかりに、オーヴィの剣がグレイへと向けられる。
ギリギリのところでグレイは回避し、攻撃対象をオーヴィに切り替えた。
『衝波』
『ウィンドウォール』
それに気付いたレヴィアは、オーヴィとグレイの間に風圧の壁を放ち、二人を引き離す。
『雷双鎌鼬』
レヴィアの判断に呼応し、オーヴィは瞬時に攻勢に出た。
近付くにも近づけず、引き離されれば攻撃が飛んでくる状況に、グレイは苦戦する。
『ウィンディングエッジ』
『サンクチュアリ』
本来、カウンター攻撃を繰り出す為の手法である筈が、回避の為に使わざるを得ない。
それ程までに、追い込まれつつあることにグレイは困惑する。
「侮っていた訳ではないですが、これは骨が折れますね。」
彼が零したように、決して侮っていた訳ではない。
連携の精度、個々の力に関して言えば、自身では及ばない事は熟知していたのだ。
しかし、戦闘の形態や相性を考えれば、勝算はこちらの方が高かった筈である。
目算を誤った――、と言うよりは、情報にあった以上に連携に優れていたと言う事だ。
「骨を折る程度じゃくたばらねぇ体してそうだが、仲間の仇と好き勝手してくれた分は、きっちりその身で払ってもらうぜ。」
レヴィアとの連携であれば、このまま押し切る事が出来そうだと判断し、オーヴィは次の攻撃の機会を探る。
「既に腕一本を支払った筈ですが、それでも尚、決定打を与えられていない事に対して、危機感を覚えた方がいい。」
しかし、これといって付け入る隙は見当たらない。
会話の中からヒントを得ようにも、まるで動じていないようだった。
「良くて相打ち、判断を誤れば私が確実に勝つでしょう。」
そう言って、グレイは構えを取る。
「まずは一人を削り、確実に勝たせてもらいましょうか。」
言い切ると同時に、グレイはレヴィアへと迫った。
『鷲来』
それを見て、オーヴィが先に剣を揮い、グレイとレヴィアの間に割って入る。
『縮地』
グレイは縮地で一歩後退し、再び距離を詰めようと姿勢を前に向けた。
『ウィンドウォール』
それを妨害すべく、レヴィアの精霊術が風の壁を作り上げるが、グレイはそれを見越して、先に一歩を踏み出す。
その僅かな行動の差により、距離を隔てる為の風圧は距離を縮めるための追い風へと変わった。
『シャープネスアロー』
風圧で加速し、迫りくるグレイへ対処する為に、レヴィアは咄嗟に上部へと鋭利な矢を放つ。
何かの布石に放った矢であることは察しがついたが、グレイは気にせずレヴィアへと向かった。
「させるか!」
攻勢を緩めなかったグレイに対して、レヴィアの窮地を救うべく、オーヴィの剣がグレイへと向けられる。
しかし――、
『サンクチュアリ』
この時を待っていたとばかりに、グレイはサンクチュアリを展開。
領域に触れている二人に対し、照準が定まる。
『裂連衝』
完全に照準を定められた二人は、成す術なくしてグレイの手刀をその身に受け、その場で崩れ落ちた。
「あと一歩及ばずといった所でしょうか。やはり貴方方の連携は素晴らしかった。」
地に突っ伏する形で絶命した二人に視線を落とし、グレイは称賛の言葉を贈る。
それは、嘘偽りのない本心からの称賛であった。
「私がかつて生きていた時代に、これだけの連携を取れる者はいなかったでしょう。」
苦戦しつつも、予想通りの結果となった事に対して、グレイは呆気なさや虚しさ、期待を裏切られた様な寂しさを感じずにはいられないのだろう。
「僅かでも、油断を誘えたなら結果は違ったかもしれませんが、それを許さない程、貴方方は強かったと言う事でもあります。」
そんな境地からか、グレイはすぐにその場を離れようとはせず、只々――、虚しさを埋め合わせるかのように、地に伏した二人の強者に語り掛け続けていた。
「ん?」
そんなグレイに向かって、上空より勢いを無くした一本の矢が落ちてくる。
それは、レヴィアが最後に打ち上げていた、一本の矢であった。
「力なく落ちる矢、一矢報いる事叶わず。と、いった所でしょうか。」
その矢が落ちる様を目で追い、心情を詩で綴るように言葉にする。
「穿つは矢にあらず……。」
「――っ!!」
ほんの数秒、矢へと視線を移したその隙に、オーヴィの剣がグレイの体を穿っていた。
ふと矢を見上げた、ほんの僅かな心の隙――。
オーヴィはそれを見逃さなかった。
「最後の最後で油断した事……、あの世で後悔しな……。」
残された僅かな力で突き刺すことができた剣――。
その剣に、オーヴィは最期の力を振り絞って、雷を放った。
『サンダーコート』
雷電は轟音を響かせながら広がっていく。
青白い光に夜の森が薄気味悪く照らされ、夜行性の魔物にとってもそれは恐怖として記憶に刻まれたに違いない。
その雷光が潰えた頃――、シアンを抱きかかえたホークアイは、丁度森を抜け出したのであった――――。




