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第52話 英雄の資質(後編)

第52話 英雄の資質(後編)


「すまない、友よ……。先に待っていてくれ。」


 力尽きたフレディに語り掛けるアズン。


「そうだな……。手土産に、腕の一本くらいはもっていかないとな……。」


 亡き友へ決意を伝え、グレイへと向き直る。


「随分と好き勝手にやってくれたものだ。仲間の死を弔うくらいには、苦痛を味わってもらう。」


 激しい怒りを沸々とさせ、怒りを向けるべき相手に照準を合わせた。


「それでいい……。」


 その標的であるグレイから出たのは、復讐心に駆られるアズンへの肯定――。


「私が妖魔種に抱く復讐心を、これで少しは理解していただけたと言う事ですからね。」


 己こそが復讐者であると、強い意志をぶつけ返す様だった。

 その言葉から、グレイの経緯を何となく察したアズンは、彼の偏見に対して意見する。


「なるほど。貴様も妖魔種に身内を殺された類なのだろう。誰にやられたかは分からないが、種すべてに恨みを押し付けるのは間違いだ。」


 一個人の責任を、種全体に向けるのは間違っていると、断言するように言い放った。


「そもそも、妖魔種という変異種を生み出したことが原因なのですよ。人類の生み出した汚点は人類が解決しなくてはならない。私はただ、それを行っているにすぎない……。」


 双方、相容れぬ意見が衝突し、互いに理解を得られないまま会話が終わる。

 直後、まるで息を合わせたかのように、両者は戦闘態勢に入った。


『ウィンドコート』


 剣を抜いたアズンは、準備段階として風の精霊をその剣に纏わせる。

 対してグレイは動かず、仕掛けてくるのを待った。


風塵裂ふうじんれつ


 アズンは剣を振り払い、鎌鼬のような斬撃を放つ。

 切り込めば確実に動きを封じられ、カウンターで仕留められることは目に見えていた。

 それを回避するには、遠距離からの攻撃を選択する他はない。


『縮地』


 しかし、グレイはそれを易々と躱し、更に縮地で間合いを詰めてきた。


「人質が居るのを忘れてはいませんか?」


 更に、シアンを抱えたままアズンへと接近するグレイから、人質を巻き込むようではダメだと指摘を受ける事になる。


 しかし――、


「この期に及んで、そんなミスをするはずがないだろう。」


 アズンには、確信があった。

 一の矢が避けられようと、二の矢が用意されているのであれば可能性がある。


『ウィングアロー』


 それは、予め打ち合わせた訳でも――、合図をした訳でもない。

 個の力で及ばないのであれば連携するしかないと、その場にいた誰もが思い浮かべていたからこそ成された結果である。 

 縮地でアズンへと詰め寄ったグレイに向けて、機を伺っていたイグニ矢が撃ち込まれたのだった。


『サンクチュアリ』


 咄嗟に、グレイは空間属性特有の白銀色の光を放つドーム状の結界を展開する。

 矢先がそのドームに達した瞬間、グレイの右手がピンポイントで矢を叩き落とした。


「遠距離でも、対処可能な攻撃では私に届かない。その場しのぎの土壇場の連携で、この私から一本取る事など不可能ですよ。」


 隙を突いた攻撃も、感知ししまえば無意味だとグレイは豪語する。

 だが、アズンはこの心の隙を見逃さなかった。


「つまり、対処させなければ、こちらに分があると言う事だ。」


 アズンは斬りかかるのではなく、剣をグレイに向けて投げつける。

 グレイはギリギリのところでそれを躱し、直ぐに追撃を察知した。


『サンクチュアリ』


 死角から斬りかかろうとしたカシェに照準が定まる。

 予期せぬ方向、タイミングであったにも関わらあず、カシェの不意打ちは無駄となった。


「気づかないとでも?」


 カシェの視線にグレイの視線が重なる。

 そして、抱えていたシアンを上部に放り投げ、攻撃の体制を整えた。


『衝波』


 グレイの鋭い一撃が、カシェの胸元に打ち込まれる。

 吹き飛んだカシェの体は大木に衝突し、そのまま地に落ちた。

 それを見届けたグレイは、放り投げていたシアンを受け止めるべく、左手を上部に掲げようとする。


「あと少しでしたが、これが貴方方の……。」


 しかし、左腕は既にアズンによって拘束されていた。


「ようやく捕えた。」


 失敗に終わったかと思えたカシェの不意打ちも、ここに来て更に重要な意味を成す。

 各々が行動を起こした結果として生まれた、その僅かな隙をついたホークアイが、グレイの代わりにシアンを受け止めたのだった。


「シアンは保護した!そのままやれ!」


 ホークアイの声を合図に、アズンとイグニが咄嗟に反応する。

 だが、それよりも先に行動を起こしたのはグレイの方だった。


膝砕しつさい

「――っ!」


 左腕を掴んだままのアズンに、グレイの膝蹴りが撃ち込まれる。

 それでもアズンは放さない。


『膝砕』

「――グッ!!」


 再度脇腹へと強く撃ち込まれるが、絶対に腕を放すまいと力を強めた。

 イグニは弓を構えて打ち込む隙を伺うが、強引にアズンを壁のように扱いそれを許さない。


「ここまで追い詰めたのは見事ですが、貴方方では決定打に欠けるようだ。」


 追い詰められながらも、グレイは状況を読んで語る。


「この力の均衡を、離脱することで自ら崩すと言うなら好きにすると良い。」


 シアンを保護して前線から距離を取っていたホークアイも、その言葉を耳にし、片手だけでも剣を握らずにはいられなくなっていた。


「ホークアイ、ダメだ。君はシアンを連れて去るべきだ。」


 そんなホークアイに気付き、イグニは釘を刺す。


 そして――、


「イグニの言う通りだ――。」


 その言葉に呼応する声が――、


鷲来しゅうらい


 この拮抗する状況の中に、鋭利な剣技と共に飛来した。

 剣は、アズンが掴み続けていた腕を捉え、グレイは片腕を失う。


「構わず離脱しろ、ホークアイ!!」


 腕を斬り飛ばして着地し、オーヴィはホークアイに向けて直ぐに声を張った。

 シアンを逃がす為、この隙を無駄にしてはいけない。

 そんな思いを込めての言葉であった。


「ここまで来て、簡単に逃げられるとでも?」


 片腕を失いながらも、鋭い殺気を放ち続けるグレイが問う。


「逃げ切れるさ。」


 その問いに、即座に答えたのはオーヴィであった。


「てめぇの相手をするのが俺だからな。」


 剣先をグレイへと向け、戦う相手は俺だとオーヴィが宣言する。


「ならば見せて貰いましょうか。この私から逃げ切れるかどうかを……。」


 そのオーヴィの宣言に、グレイは受けて立った。


 唯一、この状況を変えることのできる、戦況を決定付ける力を持った真の戦士――。

 その資質を備えた英雄が、ついに、決戦の舞台へと上がったのだった――――。

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