第3話 アルテミスとシンシア
第3話 アルテミスとシンシア
「アルテミス……だったわね。私はシンシアよ。」
金のさらりとした長い髪に透き通るほど澄んだ蒼い瞳。
大きくフレア状の袖が特徴的な白のワンピースドレスに袖のない青いカーディガンを合わせた清楚な姿。
その、シンシアと名乗った少女は、記憶の無い自分に対してアルテミスと呼んだ。
そうやら自分の事を知っているのだろう、彼女は言葉を続ける。
「あなたは覚えてない……というより、まだ知らないとは思うけれど、私はあなたをよく知っているわ。」
彼女はそう言い切り、しばし間を取った。
質問がないか確認しているように思えたが、質問できる程の情報はあいにく持ち合わせていない。
何せ記憶が無いのだから、全てを真実として受け入れるしかないのだ。
しばらくして、彼女は続きを語りだす。
「こんな形で会うことになるなんて思っていなかったけど、記憶を失っている今の状態からするとこれは必然なのかもしれない。」
言い終わると、彼女はまたしばらく言葉を待った。
数秒の間――。
先程と同じく質問はないようだと判断したのだろう、さらに続きを語りだす。
「まずは記憶を取り戻すことが先決ね。今の状態だとこれから起こる災厄に対処ができなさそうだし、精霊術の行使も忘れていると思うから……。あ、でも精霊の素質は変わっていないみたいだから、少しずつ使い方をもう一度覚えなおせばいいと思うわ。」
彼女は少し楽し気に話しつつ、こちらの様子を伺っているようであったが、今質問できるようなことはくだらないことばかりだ。
それでもいいのであれば、遠慮なく問おうと思うが――、と考えを巡らせる。
「ここまでの話で何か質問はないかしら?」
すると、丁度質問の催促が飛んできた。
聞かれたなら仕方がない。
ひとまず、あまり難しくなさそうな質問でもしておこう。
「あのキューブの中では裸だったのに、いつの間にか服を着ている。いったいどういう仕組みでできているのか……。」
まじまじと彼女のの服を見つめ、不思議そうに言ってみた。
予想と掛け離れた質問だっただろう。
彼女は、『えっ?そこ?』っという表情で戸惑うそぶりを見せたが、すぐに回答してくれた。
「えっと……、記憶がない状態でどこまで理解できるかわからないけれど……。ポリグラス結晶体の微精霊結合部分を反発振動で分解して……。」
予想に反して、長々とシンシアの説明が始まる。
知らない単語が怒涛のように流れ込み、聞き取るだけで精一杯だ。
「……を行使することで、イメージ通りに変換することができるの。簡単にまとめると、あのキューブが服に変化したと思ってもらえればいいわ。」
シンシアは言い終わり、『理解できたかしら?』とこちらの様子を伺う。
当然、理解などできていない。
「なるほど、世界七不思議の一つということか。」
「全然違うのだけれど……、これについてはそれでいいわ。」
理解できないものは分からないとばかりに答えてみたが、半ば呆れたような返答が返ってきた。
元々質問らしい質問を用意できなかったのだから、これは仕方ない。
しかし、彼女が話してくれた内容から、自身について概ね理解できたつもりだ。
「俺の名前はアルテミスで、記憶をなくしている。その記憶を取り戻すためにこれから何かをしなくてはいけない。そして、その記憶を取り戻した後に訪れる災厄を阻止するのが俺の役割なのだろう。だからシンシアは俺の前に現れ、こうして必要最低限の情報を俺に伝えてくれている訳だ。更に言うと、記憶を取り戻すと同じく精霊術っていうものを再度習得し、扱えるようにもならないといけない。とりあえずここまではわかった。」
理解していることを示すように、自身の考察も踏まえて簡潔にまとめる。
あとは失った記憶を取り戻すために何をするかだが、これも彼女が答えてくれるはずだ。
その推察通り、直ぐに彼女の口から今後の方針が告げられる。
「そこまで理解できているのなら大丈夫ね。これから水、風、火、地の大精霊、四大精霊と呼ばれる精霊に会い、記憶をなくす前にしていた契約を再度結びなおす必要があるの。そうすることで、記憶が戻ってくる可能性があるわ。」
『可能性か』と、確実ではないという回答に、ふと眉をひそめてしまった。
彼女はそれを見逃さず、話を続ける。
「そう、あくまでも可能性……。とある戦いの果てに海へ落ちたあなたを助けるためには、物理的干渉が必要だった。そのために、あなたが交わしていた精霊との契約を全て破棄し、私が契約を全て結びなおしてこの世界に物理的干渉を行えるようにしたの。その力であなたを保護することができた。多分だけどその時に記憶が失われたのだと思うわ。」
ここまで説明を受け、そこから導き出される今後の行動――、何をすべきかを頭の中で整理した。
そして、推測を踏まえて今後の方針を要約する。
「なるほど……。大精霊との再契約が必要なのか。ってことは、まずはここから出ることが最優先というわけだな。次に大精霊を探すため、各地を回る必要があると。」
「そのとおりよ。」
正解とばかりに、理解に対して合格を言い渡された。
更に彼女は言葉を続ける。
「ただ幸運にも、ここはウィンディーネが住まう離島の地下――、深海に作られた迷宮よ。この迷宮を上がって行けば、ウィンディーネに会うことができるわ。」
「なるほど。なら先に進むまでだ!」
シンシアの言葉に、光明が見えた気がした。
それは、この薄暗い石造りの部屋の中でも分かるくらい、表情に現れていたのだろう。
こうして今後の目的を確認し、俺達は次の階層へ向かった――。
次話で新たな出会いが訪れます。
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