第47話 漆黒の襲撃
第47話 漆黒の襲撃
日は落ちて、今宵の月は雲を纏って朧げに、薄暗い闇夜を演出する。
虫の音も無く、夜行性の魔獣すら息を潜めているかのようで、木々を揺らす風だけが囁くように奏でていた――。
「あの三人を確実に引き離せ!個々になってからが本番だ!」
そんな静まりの中に、スレイの号令だけが響き渡る。
「アイド、ツヴァイドの2部隊は、二人をオリスへと追い込め。ドライド、フィードの2部隊はリザルへ誘導だ。」
具体的な作戦の指示を送り、各々の部隊が各自の持ち場へと向かう姿を見送った。
「各個撃破ですか。まとめて叩くのかと思っていましたが、少々時間のかかる作戦ですね。」
その彼の背を見つめながら、グレイは苦言を零しながら近づいて行く。
「私は寧ろ、混戦を得意としているのですが……。」
後方から歩み寄るグレイを認識し、スレイはフッと鼻で笑って言葉を返した。
「夜盗は単独よりも連携が強いグループだ。まとめてかかるのは得策じゃない。」
5年前の夜襲だけでなく、これまでの調査結果を考慮しての考えである。
「それに、この作戦は二つの段階に分かれている。まずは餌の確保と、この作戦を決行して正解だったと、リーダーに示す段階だ。今の指示はその準備、生餌を撒いて誘き寄せる為のもの。生餌に食いついて来たら、あんたの力を使わせてもらう。」
言い切って、スレイは不敵な笑みを零した。
「なるほど。では、私はそれを全力でサポートするとしましょう。」
スレイの秘めた思惑を感じ取って、グレイが零した『なるほど』という言葉――。
つまり、グレイは彼の作戦を肯定したわけではなく、あくまでも把握したと言う点にある。
しかし、スレイの中では同意を得られたと言う認識になっていたのだった――。
ランプの灯りが薄暗く照らすリビングで、5年前と同じように、拠点を包囲されたオーヴィ達。
「ホークアイは、オリスに続く南道を任せる。レヴィアはシアンを連れて抜け道からオリスへ避難だ。」
大きく違う点は主に三つある。
一つは良い要素で、オーヴィ、レヴィア、ホークアイに加えて、隠密に長けたファル、斥候を務める事が多いシジ、ディフェンダーのダイト、そのダイトとコンビを組むキーグ、刃物の使い手のカシェと言った熟練のメンバーが集っていることだ。
逆に、二つと三つは悪い要素となる、アルテミスやソアのような強大な戦力がいない点と、シアンと言う守るべき存在がある為、誰かが戦闘から離脱しなくてはいけない点である。
「それなら、あなたがシアンを連れて逃げた方がいいと思うわ。私とホークアイで足止めをしつつ、レッドリバーまで誘い込む方がいい。」
オーヴィの考えた作戦に、レヴィアが反論を述べた。
だが、オーヴィにも考えがあっての事である。
お互いに、作戦の主導は譲らない。
「襲撃の標的は俺だろう。俺の近くにシアンはいねぇ方がいい。」
「だからこそ、貴方の姿が見えなければ、相手は捜索に戦力を分散するはずよ。そこを私とホークアイで削って行けば、更に相手の戦力を削げるわ。」
二人が各々に意見を出している間、シアンを抱えたホークアイが窓から外の様子を伺っていた。
彼が見つめていた先にある、茂りの影から手が出てきたと思えば、その手はホークアイに向けてサインを送る。
「二人とも口論はその辺に……。イグニから合図があった。もうそこまで来ているとの事です。」
サインを読み取り、ホーク杯は二人に忠告を述べた。
「くそっ!熟考する暇もねぇのか。」
時間が迫っている報告に、オーヴィが悪態を吐く。
そして、二人の意見の間を取るような策を打ち出した。
「なら、別の作戦だ。レヴィアは南道、ホークアイはここの地下道へ誘導しつつ、地下道内で追手を駆逐、俺は北のリザルの森方面へ誘導する。ファルは北道からシアンを連れてオリスへ向かえ。」
レヴィア、ホークアイに続き、ファルと呼ばれた青年の順に頷き、了解を示す。
ホークアイは再び窓の外へと視線を送り、ランプの灯りとカーテンを使って、イグニに作戦を伝えた。
「残りのメンバーと、偵察中のイグニ達はどうしますか?5年前と同じく待機させますか?」
この場にいないメンバーへの指示をどうするのか、ホークアイはオーヴィに訊ねる。
「イグニとレムには南道でレヴィアをフォロー。ホロとフィリシカにはファルの護衛を任せると伝えてくれ。シジ、ダイト、キーグは俺と共にリザル誘導に参加、カシェはホークアイに同行。以上だ。」
オーヴィは素早く判断を下し、偵察が得意なレム、偵察も得意だがレヴィアに匹敵する弓の使い手でもあるイグニ、そのイグニに次ぐ弓使いのフィリシカ、斥候や隠密など様々なことをこなすホロ達にも、作戦を伝えるようホークアイに促したのだった――。
行動開始から暫く経ち、徐々に戦況が変化していく。
南道で待ち伏せを仕掛け、レヴィア、イグニ、レムの三名は次々にアイド部隊の面々を倒していた。
「レムはそのまま移動しながら攪乱。イグニは私に合わせて一人ずつ確実に射抜いて。」
「わかりました!」
「承知……。」
自身も動きながら指示を送り、姿を晒さず遠距離から仕掛けていく。
近付けば仕留められるが、レムが攪乱の為に動いていることで、アイド部隊の面々に後退を許さなかった――。
ツヴァイド部隊を引き付けたホークアイとカシェは、拠点内に誘い込み、そのまま地下道へ誘導する。
「四人……、五人……。」
カシェは仕留めた数を呟きながら、斬っては闇に紛れを繰り返してた。
「逃げ場なんてないですよっ!」
来た道を戻ろうとするツヴァイド部隊の面々には、ホークアイが対応する。
慣れない地下道の暗さと逃げ場のない状況に戸惑い、その暗闇に紛れて放たれる斬撃に削られ、ツヴァイド部隊は機能しなくなっていた――。
リザルの森方面へとトライド部隊を引き付けたオーヴィ達も、難無く作戦をクリアしていく。
「オラオラ、追ってきやがれ!」
「隙だらけですよ。」
ダイトが誘い、彼の影からキーグが刃を差し向けて、トライド部隊の面々を二人は仕留めていった。
「さすが熟練のコンビですね。オーヴィさん、このまま森に入っても大丈夫そうですよ。罠とか伏兵の気配はありませんでした。」
二人のコンビネーションを称賛しつつ、シジは斥候として進路を確保していく。
「それよりも少し妙だ。」
一見、順調そうに思えたが、それ程多くない戦力をわざわざ分散する敵の狙いが見えてこない。
こちらの作戦が上手くいっているだけであれば取り越し苦労だが、標的が自分であるならば、自身に向けられる部隊は精鋭揃いになるはずではないかと思ったからだった。
「こっちの作戦に嵌っただけならいいが、手応えがねぇ。」
「確かにそうですね。このままだと森に誘い込む前に殲滅完了しそうですし……、近くに居るはずのファル達と合流しますか?」
オーヴィの気付きを分析し、シジが提案する。
「だな。作戦変更だ!俺達はファルと合流する。」
シジの提案を採用し、オーヴィが作戦変更を伝えた。
「了解しました。」
「オーケー!」
「了解!」
シジ、ダイト、キーグは同時に了解を示し、進路を変更して北道方面へと移動を開始する。
と、その時――、
「その必要はありませんよ。」
茂みの向こう側から、声と共に一人の老人が姿を見せた。
「北道に向かっていたお仲間方は、既に捕えておりますので。」
そして、その老人の後ろから一人、また一人とフィード部隊の面々が姿を見せ、その中に混じって、捕らえられたファル、フィリシカの姿も見えてくる。
「子供もいただろう……。子供は……、シアンはどうした!!」
シアンの姿が見えない事に焦りが生まれ、オーヴィは咆哮するように吐いた。
「安心しな。」
その直後、言葉と共に、一番最後に姿を現したスレイと、その手に抱きかかえられたシアンの姿が目に映る。
その光景は、最悪の事態を物語っていた。
「お前の子供はまだ無事だ。お前が投降するなら、殺すのは一番最後にしてやろう。」
下卑た笑みを浮かべ、スレイはオーヴィを挑発する。
「スレイ……、てめぇ覚悟はできてるんだろうな?」
怒りを抑え――、と言うよりは、少し冷静を取り戻して、オーヴィは忠告を突きつけた。
「何を言ってるんだ。この状況、覚悟するのはお前の方だろう。」
人質を取られ、身動きが取れないのはどっちだと、スレイは鼻で笑う。
油断しきっている態度のスレイを見て、オーヴィは合図となる言葉を吐いた。
「それはどうかな?」
『衝刃』
茂みに中で息を潜めていたホロが、勢いよくスレイへ襲い掛かる。
隙だらけの首元に向け、ホロは手刀を繰り出した。
この距離――、油断しているこの状況で、ホロの奇襲は避けようがない。
しかし――、
『サンクチュアリ』
その手刀が首元に迫った瞬間、ホロは時間が停止したような感覚に見舞われる。
『衝波』
その感覚が終息する直後、ホロの目の前には、オーヴィと対峙していた筈の老人――、グレイが拳を構えており、逆に隙だらけとなったその腹に一撃を受け、自身が飛び出してきた茂みの中へと吹き飛ばされたのだった――――。




