第46話 夜盗と烈風
第46話 夜盗と烈風
アルテミス一行とオーヴィ達の出会いから5年後――。
オーヴィ達がオリスの町を新たな拠点とし、バラック復興が順調に進んでいた頃の事だった――。
焼け跡を一掃してから再建築されたバラックの宿――。
その宿の前にあった大きな石を背もたれに、オーヴィは月虹石を眺めていた。
「その石、たまに眺めているけど、本当は彼の手伝いをしたかったのでしょ?」
そう声を掛けながら、前方から子供を抱えたレヴィアが歩み寄ってくる。
彼女が抱えている子は、二人の間にできた子で、今年で2歳になった。
名前をシアンと言う。
「いや、未練なんざこれっぽっちも感じちゃいねぇさ。」
レヴィアに返答し、彼女が近くまで来た事で、オーヴィは立ち上がった。
「今の俺達には、可愛いシアンがいるしな。」
そう言いながら、オーヴィはシアンの頭を撫でる。
その表情は、あの時の戦闘からは想像できない程緩んでいた。
「ほんと、この子の前だと雰囲気変わるわね。魔王から授かった、雷光の異名も形無しだわ。」
3年前、妖魔領域の治安維持への功を称えるのと、魔王に反発するグループへの抑止力も兼ねて、烈風の剣を退けたオーヴィに、ディーによって雷光の通称が授与される。
他には、魔王の剣として動くダイスには閃光の通称を、オーヴィと同じく烈風の剣と対峙したヨヅキには、妖魔領域での活動がしやすくなるメリットも含めて、月光の通称を授け、魔王の三光として威風を広めた。
その効果は絶大で、特に烈風の剣を退けた話しが他のグループでも広がり、表立った悪事は激減していく事となる。
ちなみに、人間領域から帰還していないヨヅキに至っては、まだその事は伝えられていない。
帰ってきたら多くの妖魔達から三光と祭り上げられ、さぞ驚くことになるだろう。
そう、内心ニヤリとしている魔王達の事など、ヨヅキには知る由もない。
「名前一つでこんなにも変るなんざ思っちゃいなかったが、平和ならそれでいいじゃねぇか。戦わずに済むんなら、それが一番だぜ。」
そう言って、レヴィアからシアンを受け取り、オーヴィはバラックの宿に向かって歩き出す。
「確かにそうね。」
レヴィアも同意を述べ、彼の後に続いて宿の方へと歩いて行った――。
バラックから北西に、ダイノス平原を挟んだ先にある町、ブルーメル。
その町の最奥にある寂れた酒場には、今日もまた烈風の剣のメンバーが集っていた。
「今回の依頼はパスしようと思う。」
テーブルの中央に置かれた依頼内容に目を通し、アブルードは気が乗らないと言った様子で、依頼内容を突っぱねる。
「俺も同意見だ。俺とフレディーは助けて貰った恩もあるし、夜盗と対立するメリットがない。」
腕を組んで難しい表情のアズンも、アブルードに同意を示した。
「でも今回は、魔王に匹敵する程の力を持つ、最強の助っ人を付けてくれるらしいぜ。奴らを叩く絶好の機会になる。」
反対意見の二人とは違い、スレイは一人、この依頼を好機ととらえて言う。
「5年前の雪辱を晴らす為にも、この依頼は受けた方がいいって。」
渋る二人とは違い、彼の口調は弾んでいた。
「恩義抜きにしても、被害とか考えたら手を出すべきじゃない。負けが目に見えてる。」
争い事の依頼にはいつも乗り気だったフレディも、今回ばかりは首を横に振る。
四人の内三人が反対を示し、これではスレイも黙するしかない。
「三対一だ、スレイ。今回の依頼は無しだ。」
そう、多数決をまとめるように言って、アブルードは席を立った。
バーのマスターの所へ向かい、支払いと共に返答のメモ書きを渡す。
そして、そのまま振り返ることなく、足早に店を出ていった。
「さて、高額収支の代わりにはならないが、リザルの森林で魔獣の討伐でもしてくるか。」
アズンも席を立ち、店を後にする。
「俺も護衛依頼来てないか、大商連の支部に行ってくるわ。」
フレディも席を立ち、テーブルにはスレイだけが残された。
「くそっ!」
彼は小さく悪態を吐き、片手で頭を抱えて首を横に振る。
それ程、彼にとってこの依頼は重要なものであった。
「今回の報酬が入れば、あの計画が実行に移せると言うのに……。」
思い通りにならず、彼は無意識に、ぶつぶつと不満を垂れ流す。
そんな彼の元に、一人の男が歩み寄ってきた。
「まぁ良いではありませんか。」
そう声を掛けてきた男の方に、頭を抱えていたスレイが振り替える。
「皆の同意がなくとも、事を始めてしまえば後には戻れない。」
そこには、依頼の仲介を担っている、バーのマスターが立っていた。
「それに、率先して依頼を進めたとなれば、報酬の取り分は皆よりも多くなるでしょう。」
口数の少ない印象であったが、マスターは流暢に話しかけてくる。
「貴方が指揮し、リーダーが気付く前に事を始めてみてはいかがでしょうか?依頼の返答のメモは、まだ私の手元にありますので、今なら何とでもなりますよ。」
そう言って、マスターは胸ポケットからメモを取り出し、スレイに見せた。
「俺が……、指揮すれば……。」
思ってもみなかったのだろう。
スレイは整理がつかず、大きく心が揺さぶられていた。
「貴方でしたら上手く事を運べることでしょう。取り分も多くなり、計画も順調に進む。この決断は貴方にしかできませんよ。」
あと少しとばかりに、マスターはスレイの背を言葉攻めで押していく。
「わかった。その依頼は俺が引き受けると伝えてくれ、マスター。」
覚悟を決め、スレイは了解の意を示した。
「畏まりました。では、賛同する者を引き連れて、今宵襲撃を決行いたしましょう。」
彼の意志を確認すると、マスターは直ぐに夜襲を進言する。
これには、決意を固めたスレイも驚いていた。
「いきなりだな。俺はてっきり、魔王に匹敵すると言われる助っ人を待ってからだと思っていたが……。」
覚悟が揺るがないにしても、動揺は隠せない。
しかし、そんな僅かな動揺は、この後知ることになる真実を前にすれば、微動にもならないだろう。
「申し遅れました。私は依頼主様の仲介役にして、今回の助っ人を務めさせていただきます、グレイと申します。」
目の前にいるこの男が――、今まで幾度も通っていたこの店のマスターが、依頼主から託された最強の助っ人であったのだった――。




