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第45話 遊戯邸~ヨヅキとユナ~

第45話 遊戯邸~ヨヅキとユナ~


 ユナと偶然の再会を果たした私は、あの後アルテミスと合流する。

 そして、ユナと、彼女に同行していたメーディスと言う女性の案内で、無事に遊戯邸へと到着したのだった。


「何はともあれ、無事に記憶が戻ってよかったな。」

「ああ。85年前の事も、それより前の事も思い出せた。ウィンディーネの離島では思い出せていなくて悪かった。」


 到着してからのアルテミスは、遊戯邸のグループリーダーであるドランクと絶え間なく話しをしている。

 それくらい、積もり積もった話しがあったみたいだ。


「メーディス様、丁度リーネも戻ってきた所です。報告があるとの事で、控室の方に待機させています。」

「ありがとう、エル。では私はエルと共にリーネの報告を聞いて来ますので、この場はユナに任せますね。」


 メロンサイズを両胸に携えた、エルと呼ばれたメイド服の女性は、スイカサイズのメーディスに歩み寄り、小声で何かを報告する。

 報告を受けたメーディスは、ユナにこの場を任せ、エルと共に別の部屋へと去って行った。


「メロンにスイカ……。隣にはグレープフルーツ……。」


 あの二人には劣るが、隣に座るユナも中々の大きさを持っている。

 私も別に小さい方ではない。

 そう、一般的なサイズなのだ。

 この場が異常なだけで、小さいという訳では決してない。


「何を言っているだ、ヨヅキ。」


 そんなことを考えていると、不覚にもユナに突っ込まれた。


「何でもないわ……。至って私は普通よ。」

「そ、そうか……。」


 ソアが抱えているコンプレックスは、こんな感じなのだろう。

 彼女には失礼かもしれないけど、私のメンタル維持の為に尊い犠牲となってもらった。


「それより、お前たちはこれからどうするんだ?」


 ここに来たと言う事は何か目的があるのではないかと、そう彼女は思ったのだろう。

 探るような言い回しではなく、率直に質問を受けた。


「この辺りで日当たりのいい場所を見つけて、畑仕事をしながら静かに暮らせる所に家を建てる予定よ。」


 なぜそう思ったのかは分からないが、普通に答えても面白味がない。

 いや、魔王城前では散々な目に遭わされたし、巨乳で威嚇してくることに対して仕返しをしたくなったからだろう。

 嘘に引っかかるだろうかと言う悪戯心から、咄嗟に思いついた冗談で返答してみた。


「いやいや、この地に永住するのかよ!てか、その資金どうやって集めるんだ?」


 何の疑いもなく、ユナは私の話しを信じている。

 これは面白い。


「そう、正にその資金が問題なのよ!私は意図せずこの世界に連れてこられたわけだし、アルテミスも目覚めたばかり。頼れるのはユナ、貴方だけなの!」


 顔の前で両手を合わせ、お願いのポーズをとる。

 迫真の演技が決まった。


「あ、あたしにたかる気なのか!?いや、この場合ドランクにってことか。おい!ドランク、こいつらの話しに乗るんじゃないぞ!金目当てだ!」


 ユナはドランクの元へと向かおうと慌てて席を立つ。

 流石に面倒な事になりそうなので私はすぐに嘘だと明かした。


「冗談よ。」

「おい!初っ端からわざわざ嘘つく必要ねーだろう。」


 本当はもうしばらくからかっていたかったけど、次の機会にしておこう。

 話しが明後日の方向へ行ってしまっても、誰も得をしないしね。


「てか、お前少し変わったな。前は右も左もわからず、我武者羅って感じだったけど、今はなんか、余裕が出てきたと言うか……。」


 ユナにそう言われ、改めて私自身の変化に気付かされる。


「確かに、あの時よりも少し落ち着いたと思う。必死だったのもあるけど、この世界にも少し慣れてきたわ。」


 この世界とは違い、私の居た世界では種族による争い等、一般市民が日常的に危険に遭遇するような事は無かった。

 そもそも武力衝突による争い自体が少ないのだろう。

 私がいた国でも、マリーランド王国からワカンに国名が変わる際に小規模の内戦があったが、終戦以来、ワカンでは内外において72年間戦争は起きていない。

 本土の三大大国同士でも、指定区域内以外での戦闘は禁止されているし、一般市民が参加できる戦闘は皆無だ。


「さすがにフランでの出来事にはびっくりしたけどね。今思えば、あれって殺してしまって大丈夫だったの?法律とかは整備されてないの?」


 だからこそ、先日の出来事にも驚かされる。

 街中で、しかも死者が出ているのにもかかわらず、咎める者がいなかったからだ。

 観衆も見ているだけで、止めに入ったりはしていない。

 無関心では無い様だったが、何か私の抱いている感情とは違うように思える。


「いや、寧ろ殺さなかった時の方が大変だぞ。あー言うタイプは報復とかしてきそーだからな。まぁ報復させないくらいには手足とかばらすつもりだったけど。」


 疑問に対しての回答は、予想をはるかに超えるものだった。


「そもそも、殺しちゃいけないルールなんてないしな。襲ってくる魔獣だって殺すし、食用の動物だって殺して食うんだ。別に人でも変わらないだろう。」

「いやいやいやいや、人とその他を一緒にしたらダメでしょっ!いや、妖魔って種族がそう言う種族なのだとしたら、そうなのかもしれないけど……。」


 改めて、妖魔種と人間種の違いを感じる。

 私達人間種には、同種、同族を簡単に殺してはいけない暗黙の了解や法律のようなルールがあるからだ。


「人間種も同じだぞ。殺したきゃ殺せばいい。それによって利益があるならそうするべきだ。」


 やはり人間種と妖魔種では理解し合えないのだろう。

 ユナの言葉に対して、この時の私はそう思っていた。


「じゃあ、逆に尋ねるけど……、殺されそうになったらどうするんだよ?」


 今度は逆に、ユナからの質問を受ける。


「この場合は殺そうとしてきたのだから、反撃しても文句はないじゃない。殺さなくて済むなら捕まえるだけでもいいし。」


 向こうからしてきたのであれば、反撃は問題ない。

 正当防衛に当てはまるからだ。


「じゃあ、殺そうとしてくるんじゃなくて……。」


 それならと、次の質問に移ろうとするユナの表情は、いつもの面倒臭そうな態度を全く感じさせず、今までの彼女からは想像もできない程真剣な面持ちにとなる。


「レイプされそうになったらどうする?」


 その言葉は、何処か怒りを帯びているようにも、彼女の胸中の根深い所から捻り出された様な悲痛さを纏っているようにも思えた。

 つまり、そういう嫌な体験が、彼女の過去にあったと言う事を示している。


「襲われる前、今なら手足も自由に動かせる状態だ。何人もの男に囲まれている状態で、殺さずに逃げ切る選択をするか?まだ手を出されてないから殺さないのか?違うだろ。」


 次第に、ユナの声に熱が入っていった。


「そうなる可能性があるなら、それが起きる前に手を打つだろ。手足を押さえられてからじゃ遅いからな。魔物から身を守るのも、人の悪意から貞操を守るのも、動物を殺して食べるのだって、自分にとって都合がいいようにして何が悪い?手遅れになる前に手を打てる奴だけが明日を生きられる。どんな世界でも本質は同じはずだ。」


 一見、自分勝手な言い分にも思えるが、納得できる部分もある。

 やられてからでは遅い。

 失ってからでは、取り戻すことはできない。

 この世界――、私がいた世界も含めて、全世界が本質的にそのように作られていると言う事は理解できる。


「でも……、例えば、単に嫌いだからと言って、殺してしまうのは違うと思う。気に入らないからと言って他者を傷つけてしまうのはよくないわ。自分自身だけでなく、仲間にも迷惑がかかる事だってあるかもしれない。」


 人は他の動物とは違い、理性と言うか道徳的な感情のようなものが働くことで、自身の欲求を抑えることができる生き物だ。

 だからこそ、なんでも力で解決するようなやり方は間違っている。

 そんな思いから、ユナの考えに対して私なりの反論を述べたのだ。


「勿論そうなるだろう。殺すと言う事は相手の利益をつぶすと言う事だ。当然反撃だってされるさ。だから、こっちの利益無しで他者を殺す必要なんてない。」


 この点に関しは、ユナも同意見の用である。


「無意味無差別に殺すとかじゃなく、あくまでも利益があるから殺すという選択をするって事が大事なんだ。」


 しかし、彼女の言う殺しの肯定は、私の理解とはまた別であった。


「殺さないと殺される、犯される、奴隷のように扱われる。そうなる事を良しとしたくないから、殺せるなら殺すし、例え力が弱くても必死に戦うだろう。自分自身にだけじゃなく、仲間に危害を加えられたくない、自分の子供を守るため、好きな人を殺されたくない、そー言う利益を得るために、利益を踏みにじる不利益の要因を殺すんだ。こう言えば分かりやすいかな?」


 人を殺してはいけない。

 そう言われ続けてきたから殺さなかったという訳ではない。

 殺す理由も必要性も、私はまだ経験していないだけだった。

 ユナの言うように、そういう場面が訪れた時に躊躇う必要はどこにもない。

 躊躇えば、一方的に奪われる。

 アルテミスに危機が迫ったとき――、いや、本当に守りたいのなら、危機が迫るその前に要因を排除するべきだ。


「……そうね。」


 同意と共に、バラックで襲撃を受けた時のソアとの会話がふと思い浮かぶ。

 あの時、〝守るべき親友がいるから″と、彼女は言っていた。

 こっちの世界で出会ったエンスさんやアルテミス、ソア達が、私にとって守るべき存在と言えるだろう。

 ユナの言葉でそれに気付くことができた私は、ソアの強さの秘訣に少し近付けたような気がした――。


「貴方の言う通りだわ。ありがとう。」


 気付かせてくれたユナに対して、私はその事への感謝を素直に伝える。


「あー……、べ、別に考え方は人それぞれだし、こー言う考えもあるってわかってもらえたらあたしはそれでいいだけだから。」


 感謝される事に慣れていないのか、ユナは返答しつつも視線は逸らしていた。


「そ、それより、これからどうするのかって言う話だけど……。」


 取り繕うように、ユナは話題を戻そうと最初の質問を引っ張り出してくる。

 その滑稽さと言うか、意外と対人慣れしていないユナの様子が、この世界に来た頃の私と重なって、ほんの少しだけど親近感を抱いたのだった――。






 この時、私は気付くべきだった――。

 報復もまた、感情を昇華させるための利益であると言う事を――――。

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