第44話 フランの商店街
第44話 フランの商店街
ミュラルを出発して3日。
ルホラとニーズで宿に泊まりつつ、ハンミルドの目的地であったフランに到着した。
「世話になった。」
「乗せて頂きありがとうございました。」
猫車を下車し、私はアルテミスに続いてハンミルドに礼を述べる。
「いえいえ、こちらこそアルテミス殿の話しを聞けて良かったです。物資で何かご入用なものがあれば、是非大商連にご依頼ください。」
そう言い残して、ハンミルドは町の中へと消えて行った。
「さて、ここからまたしばらく歩くことになるが、ここで一泊してからの方がいいかな?」
猫車から降りたことで、残りの道のりは歩きになる。
それを見越してか、アルテミスは実に魅力的な提案をしてきのだ。
しかし、私はその提案を断らなくてはいけない。
「まだ日も落ちていないし、私は大丈夫よ。ここまで猫車で十分休めたし、先を急ぎましょう。」
ミュラルで贅沢をし、その付けで長距離を歩くことになりかけたのだ。
同じ過ちを繰り返してはいけないと、そう反省をした今の私に、この程度の誘惑は通じない。
「ヨヅキがそれでいいなら構わないが……。なら必要なものだけ買い揃えたら出発しよう。」
私の言葉を聞いて、アルテミスは素直に提案を取り下げる。
いやいや、そこは即決じゃなく、もう少し一泊する方向で――、或いは休憩してからと言う妥協案でもいい。
多少なりとも提案を、その一部を通す為に粘って欲しかった。
とは言え、こういう甘えから失敗に繋がったのだし、ここはグッと堪えるしかない。
こうして、私達は必要物資の調達目的でフランの商店街へと向かった。
必要な物資が整い、商店街の出口へと向かっていると、何処かで聞いたことのある声が聞こえてきた。
「それ以上やるって言うなら、あたしが相手になるぞって言ったんだよ。」
その声が聞こえてきた方では、少しずつ人だかりができ始めている様で、何かトラブルがあったように見える。
気になった私は、アルテミスから離れて一人、その人だかりへと近づいて行った。
「てめぇには関係ねーだろ。こいつが俺にぶつかってきたんだ。その落とし前を付けて何が悪い。」
人だかりをかき分け状況を確認すると、大の男五人と対峙する一人の少女。
その少女の後方には、子供が一人地面に蹲っていた。
「悪いに決まっているだろ。ぶつかったお前だけじゃなく、五人がかりで子供一人をボコるとか、どー考えてもおかしいだろ。」
「俺達は仲間想いだからな。一人が受けた痛みは全員で晴らすんだよ。」
二人の会話から察すると、子供が男五人の内一人とぶつかり、その報復に五人全員で子供を痛めつけたのだろう。
そして、それを目撃した、あの紫髪のアラビアン衣装の少女、たしか魔王城の前でユナと名乗っていた彼女が仲裁に入ったみたいだった。
「つまり報復ついでに憂さ晴らしってやつだ。」
「ああ、その通りだ。気分が優れねぇときにぶつかってきたそいつに運がなかったのさ。」
これはピンチじゃないだろうか――。
いや、彼女と対峙した私なら、彼女の強さは知っている。
五人くらいならどうってことは無い。
瞬時にあの鬼手を出して軽々とこの場を収めるだろう。
「そしてお嬢ちゃんも運がなかったな。正義感で割り込んでこなければ、痛い目見ずに済んだのによ。」
いやいや、私がボコボコにされたユナでも、五人の男相手では分が悪いのかもしれない。
ましてや、相手も妖魔であると考えれば、苦戦――、或いはユナが負ける可能も考えられる。
「まぁ、嬢ちゃんいい身体つきしてるし、別の方法で憂さ晴らしさせてくれるって言うなら、痛いのは勘弁してやろう。」
「そー言う冗談、好きくないな……。」
そう思ったのも束の間、ユナが言い切った直後、彼女から発せられる殺気がすごい勢いで膨らんでいくのが分かった。
「ほぅ……。少しは楽しませてくれそうだな、嬢ちゃん。」
「ああ。その手足が無くなっていくのを、是非楽しんでくれ。」
一触即発。
どちらかが仕掛けた瞬間、この場は戦場になる。
男達もユナの異常な殺気を受けてか、先に仕掛けることはせず、ユナの動きを慎重に見ていた。
「あら、こんなところに居ましたのね。」
そんな張り詰めた状況の中に、急遽飛び込んできた明るい声。
メイド服のような身なりの、ユナよりも大きい胸を引っ提げて、飛び切り場違いな女性が男達を無視してユナの目の前にやってきた。
「買い物は済んだので、帰りますわよ。」
この状況でその会話はまずい。
明らかに無視をされ、男達が黙っているはずがないからだ。
「俺達を無視していい度胸だな、女。」
案の定、男達の怒りはその女性に向けられる。
「あらあら、いけませんわね。」
女性は振り返り、男達を眺めてそう答える。
そして、再度ユナの方へと振り返り、ユナに注意をしていた。
「こんなゴミはさっさと片付けないと、周りに迷惑ですよ。」
「あー……、えーと、メーディス……。」
明らかに挑発するような言い回し。
その女性から注意を受けるユナは、なぜか苦笑いしていた。
「手加減とか……、してるよな?」
さっきまで仰々しい殺気を放ち、手足を千切るみたいなことを言っていたユナが、不思議なことに手加減を口にしている。
その穏やかな雰囲気からは分からないが、この女性はユナよりも強いのだろうか――。
『エメ、ディスコネッテレ、ローザ』
一瞬――、何かを唱えるように、女性の口が僅かに動く。
「残念ですが、もう手遅れです。」
満面の笑顔で言葉が告げられた直後、女性の後方で派手に血飛沫が舞った。
「あー……、遅かったか……。」
ユナが呆れ口調で零した後、周囲から次々に悲鳴が上がる。
「うわぁぁぁああああ!!」
「ミ、ミンチになってる……。」
「巻き込まれたらやばいぞ!」
「ぼっ、僕は悪くない!!」
「逃げろぉぉおお!」
悲痛な声を巻き散らかして、群衆は雲散。
蹲っていた子供の姿も既に見当たらない。
私と目の前の二人を残し、その場から人の気配が無くなっていた。
「あ、お前はあの時の勇者。」
人混みが無くなった事で、ユナが私を発見する。
こちらから声を掛けるつもりだったが、先程の惨劇で硬直しているうちに、先に声を掛けられた。
「久しぶりね。加勢しようかとも思ったけど……。」
もしもの時は加勢するつもりだったが、取り越し苦労に終わる。
「あー……、必要なくなったな。」
「そのようね……。」
ユナと私は同時に女性へ視線を向け、同じタイミングで溜息を一つ吐いたのだった――。




