第42話 ミュラル旅猫本部
第42話 ミュラル旅猫本部
ガタンッ――。
一際大きい揺れに、私は意識を取り戻した。
猫車の引く荷台が心地よい揺れを作り出し、歩き疲れていた事も相まって、眠りに落ちたのだろう。
「すぴぃ~……。」
膝の上の、もぐにゃと言うらしいボディーガードも、この揺れには抗えなかったみたいだ。
もふもふの毛玉のように丸まって、気持ちよさそうに寝息を立てている。
本当にボディーガードとして機能しているのか疑わしく思うけど、とにかく可愛い。
「起きたか。」
膝の上のもぐにゃを撫でていると、私が目覚めたことに気付いて、アルテミスが声を掛けてきた。
「ごめんなさい、寝てしまっていたようね。」
「疲れていたのだし、それは仕方ない。だが、もう少しで着くみたいだ。そろそろ降りる準備をしていた方がいいだろう。」
到着の言葉に少し焦りながら、私はもぐにゃを膝から下ろし、荷物を近くに引き寄せる。
しかし、中身を出したりしていないので、これといって特に準備する事は無かった。
「荷物もそうだが、またしばらく歩くことになるだろう。どちらかと言えば、そう言う気持ちの準備の意味で言ったのだが……。」
それならそうと初めに行って欲しい。
無駄に焦って、こんな恥ずかしい思いをしなくて済んだはずだ。
この居た堪れない気持ちを込め、ジト目で睨み返す。
「いや、別に焦らせるつもりはなかったのだが……。」
それに気づき、アルテミスは弁明をするが、そんな言葉だけでは到底許してなんかあげない。
こういう時は徹底して不機嫌を見せ、お詫びの品々を引き出すべきだ。
「分かった……。私が悪かった。町に着いたら何か甘いものでもご馳走しよう。」
「……、それなら許してあげる。」
内心、『よしっ!!』という気持ちを押し殺しながら、私は小さく答える。
そんなやり取りがひと段落した後、ゴトゴトと揺れていた荷台の揺れが止まった。
「もぐにゃと同乗のお二人さん、ミュラルに到着したよ。」
この猫車の操縦士――、出発直後にシャオル・ヘスターと名乗った男から到着を知らされる。
私は荷物を背負い、起きないもぐにゃを抱きかかえ、荷台から降りて行った。
荷台から降りてすぐ目にしたのは、猫の顔を模したようなドーム型の建物。
彼が着ている猫耳フードの装いから、ここが目的地だと瞬時に理解した。
「そして、ミュラルの入り口のすぐ隣にあるここが、僕達旅猫グループの拠点だよ。」
言われるまでもない。
そうだろうと思っていた事は胸に秘め、シャオルの案内で私達は拠点の中へと入っていく。
「ようこそ!ここが僕たちのホーム、旅猫ミュラル本部さ。」
そして、私達が建物の中に入ると、シャオルは改めて歓迎の言葉を掛けてくれた。
建物の中はと言うと、日の光を取り入れ易い造りとなっていて、照明による明るさとは違った温かさを帯びている。
想像していたよりも人の気は少なく、落ち着いた雰囲気でとても静かだった。
魔王城のエントランスより広くはないが、猫車の受付らしき場所と荷物の運搬の引き受け所等、分かりやすく案内札も立っている。
総じて分かりやすく、親切な設計だ。
魔王達もここの作りを見習うべきだろう。
「宿泊所は隣にあるし、旅に役立つ道具屋もその向かいにある。まぁ人間領域と比べたら何もない所だけど、ゆっくりしていくといいよ。」
そう言って、シャオルは私からもぐにゃを受け取ると、受付をしている女性に手紙のような物を渡し、奥の部屋へと入っていった。
土地勘がない私達を、人間領域からの旅人とでも思ったのだろう。
「完全に人間領域からの来訪者だと思われているわね。」
私は率直な感想を、そのままアルテミスに伝えた。
「あながち間違いではないだろう。それよりも、彼の態度から察すると、どうやら人間領域の者に対して危機感や差別意識はないみたいだ。」
そう言われて、私はマリーランド王国での日々を思い出す。
私が魔王城へと送り込まれた理由もそうだが、妖魔に対して敵意以外の感情を見たことがない。
アルテミスやソア、魔王達と話すまでは、私もその感情に流されて敵視していたのだ。
「確かに……。あれだけ人間領域の人々は妖魔達を敵視しているのに、ここの人だけでなくオーヴィ達も私に敵意を向ける事は無かったわ。」
そう考えていくと、たどり着くのは一方的な敵意――。
住み分けができているのにも関わらず、なぜ人間領域の人々は危険を冒してまで討伐にこだわっているのだろうか。
「人魔大戦の遺恨が残っているとすれば、少なからず妖魔領域にも人間領域の人々に恨みを持っている者はいるはずだ。まだその者達に出会っていないと言うだけかもしれないし、本当に一方的なものかもしれない。この件についての結論は急がず、もうしばらく情報が集まってから考えよう。」
「そうね……。烈風の剣のようなグループもいるし、分からない事が多いわ。」
一先ずこの事について考えるのは終了――。
「それよりも……、甘いもの。ご馳走してくれるのよね?」
たくさん頭を使った後には、甘味成分の補給が急務となる。
「ああ、ちゃんと覚えているさ。宿屋の予約を済ませたら少し町を散策しようか。」
どうやら本当にご馳走してくれるみたいだ。
「なら早くいきましょっ!色々見て回りたいし。」
「いや、ちょっとまて。何軒も奢ると私は言ってないぞ。」
気分が最高潮に達した今の私に、都合の悪い言葉は入ってこない。
気持ちを表すように軽くなった足取りで、私は勢いよく外へと飛び出した。
「聞いてないな……。まぁ、少しぐらいなら大丈夫か……。」
溜息交じりの言葉を吐いて、アルテミスも外へと出てくる。
散策に向かう彼の足取りは、私とは真逆にとても重そうだった――。




