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第41話 旅猫

第41話 旅猫


*** ヨヅキの視点 ***


 ソアが自世界へ帰還した後、私とアルテミスは妖魔領域の北大陸を南の方角へと向かっていた。


「遥か昔に来た時は、人が暮らせるような町も、こうやって人が歩くための道すら無かったのにな。」


 昔を思い返すように、アルテミスは景色の変貌を吐露する。


「わずか85年でここまで開拓するとは、私の友人は本当に優秀だ。」


 あまりの変化に感傷に浸っているのかと思いきや、どうやら友人の自慢話がしたいらしい。


 いや、そもそも85年って人間の一生だし――!

 一生かければそれなりにできるんじゃないだろうか――?


 そう心の中で突っ込みを入れる。


〝――言い返したいのであれば言えばよかろうに、なぜ躊躇う――″


 心に留めて口に出さないでいると、英霊となり私の身に宿っている古の戦国時代を生きた武将、スメイシカから私が突っ込みを受けた。


 いやいや――、相手は世界を二度も救った英雄みたいだし、私なんかが気軽に突っ込みを入れてもいいわけがない。


〝――我とて現世に至るまで名の知れた英雄であろう――″


 確かにそうなのだけど――、実在する人物を前にした状況と、頭の中で勝手に喋っているだけの英霊とでは圧が違う。

 ような気がする。


〝――貴様、我を何だと思っているのだ――″


「マスマッド領を統治していた手腕も見事だったが、妖魔領域の開拓の中心に彼がいたことは大きい。」


 アルテミスの話しも続いていた様だ。


「これからその人に会いに行くのよね?」


 これ以上自慢話されても受け止めようがない為、私から質問を投げかける。


「ああ。記憶が戻る前に一度会っているのだが、今後の為に協力を取り付けたいんだ。」

「協力?」


 ふと疑問に思い、それはそのまま言葉になって出ていた。


「人間領域との友好関係を最短で築くためには、彼の人脈が必要になる。勿論、戦力としても協力を得られればと思っている。」


 なるほど。

 これから会いに行く人物は、この世界においてアルテミスと同様、英雄に数えられる人物なのだろう。

 彼の口ぶりからすると、人間領域にも顔が利くみたいだし、この世界の人間領域を旅する上で、非常に助かりそうだ。


「それだけ信頼しているなら、眷属契約をお願いしてもいいんじゃないかしら?協力者は多いに越したこと無さそうだしね。」


 それに、戦力的にも期待できるのなら、ソアがいない穴を埋めて貰えると安心できる。


「そうだな……。」


 そう思って言ってみたけど、アルテミスの反応は芳しくはなかった。


〝――我の力を十分引き出せば、貴様の太刀筋でもあ奴に引けはとらんだろう――″


 まぁ、それはない。


〝――おい!一言で我をあしらうでない――″


 それはそうと、野営をしつつ数日歩き続け、私はふと気付いたことがあった。


「そういえば、最初に海の上で戦っていた時、宙を浮いていなかったかしら?あの力で進めば早く着くんじゃないの?」


 どれ程のスピードが出ていたかは覚えていないけど、あのユナっていう妖魔の攻撃を掻い潜って私を助けてくれた筈だと思う。

 そのスピードがあれば、数日かからずに着いたのではないかと思ったのだ。


「確かに、ヨヅキの言う通り飛装ひそうを纏えば、私一人なら数時間くらいでついていただろう。だが、あれは自身が纏えないと使えないし、精霊力を大幅に消費する。空間属性の適性が無いヨヅキには発動できないし、大勢に知られると交通や運搬の革命が起きてしまう。」


 自身で発動できないと使えないのか――。

 少し残念だと思ったけど、交通や運搬に革命が起きれば利便性の向上になるのではとも思う。


〝――分かっていないようだが、交通や運搬は戦でも重要故、再び戦乱を引き起こす火種にもなり得るのだぞ――″


 なるほど。

 そもそも、新技術や革命的な能力は、それだけで戦の火種に成り得る代物だ。

 私がいた世界でも、古代兵器の再利用実験や、使用する武器が剣や刃物から銃器に変った近年、死傷者の数がかなり増えている。

 そう考えると、一概に利便性が優れているとは言えない。


「まぁ、この世界の変わり様をゆっくりと見てみたかったのもあるから、歩いて旅するくらいが丁度よかったのもある。進むスピードが遅くても気にしなくていい。」


 私の速度に合わせる事により、目的地への到着日時は大幅に遅くなっている筈だ。

 その事に対して私が負い目を感じていると思っての発言だろう。

 フォローしてくれたようだけど――、そんな事よりも、歩くのがとてもしんどいので、少しでも楽をしたい気持ちの方が勝っていた。

 できればもう歩きたくない。


「馬車とか、そういう乗り物って無いのかしら……。」


 気付くと、その思いは既に言葉となって吐き出されていた。


「人間領域だと、各国の王都にはヘスター旅馬車という旅客向け交通事業社があったのだが、こちらにもあれば、次の町で依頼してみるか。」


 言って正解。

 あっさりと馬車での移動に許可をもらった。


 それにしても、ヘスター旅馬車と言う名には驚きを隠せない。

 私の居た世界でも、旅客の移動手段と言えばヘスター交通――、馬車から燃料車へと変わり、その切り替えと同時に事業社名を旅馬車から交通に変えているのだ。

 つまりは同じ事業社である。

 知らない土地で聞き慣れた名前が出てきたことが、何故か嬉しく思えた。

 そう心を弾ませていると――、


 ――ノシッ、ノシッ――


 後方から、力強く大地を踏みしめる音が聞こえ、猫型の魔物が荷車を引く、見た目馬車のようなものが目の前に現れる。

 この場合猫車かな。


「やあ、こんにちは。君達はミュラルへ向かっているのかな?」


 手綱を握り、猫型の魔物を操る男が声を掛けてきた。


「遊戯邸っていうグループの拠点を目指しているんだが、そのミュラルの方で合っているだろうか?」


 情報を得るチャンスと捉えてだろう、アルテミスはその男に問いかける。


「なるほど。それならミュラルを通過してセセラまで行って、そこから船で大陸を渡った先のルホラ、そこから更にニーズ方面へ向かって……。」


 男は親切に説明を始めるのだが、中々の早口な為、聞き取るのが難しい。


「すまない。もう少しゆっくり教えて貰ってもいいだろうか?」


 予想通り、アルテミスが聞きなおす事になった。


「いやぁ、早口で申し訳ないね。とりあえず僕もミュラルへ向かう所だし、乗っていかないかい?向かいながら話すよ。」


 謝罪と共に魅力的な提案を受ける。

 一先ず歩かなくて良くなると言う事で――、いや、情報を得る事はとても重要だと言う事で、ここで断る理由はない。


「いや、見ず知らずの私達を乗せても大丈夫なのか?信用してもらえるのは有難いが、盗賊も出るみたいだし、些か不用心にも思えるが……。」


 いやいや、ここは乗せて貰う所ではないだろうか?

 何日も歩いてきたことだし、そろそろ楽をしてもいいのではないだろうか?


「確かに、君の言う事にも一理あるね。」


 アルテミスの言葉に男は納得を示す。

 これはまずい。


「こ、こんな所で立ち話してたら、いつ魔物に出くわすかもわからないし、とりあえず話を聞く間だけでも乗せて貰った方がいいんじゃないかな?」


 かなり苦しい理由付けだけど、このチャンスを逃すのは惜しい。

 何としてもこの馬車――、猫車を利用しなくては、絶望の淵に叩き落されることになるはずだ。


「そうか?俺達の強さなら、現代の魔物くらいでは危険にならないと思うのだが……。」

「載せて貰った方がいいんじゃないかな!?」


 更に断ろうとするアルテミスを、私は言葉の圧で抑える。


「……はい。」


 よし、伝わったみたいね。


「まぁ、とりあえず僕も立ち止まっていられないから、乗っていくといいよ。」


 よし!

 何故かはわからないけど、登場の許可も出た。


「優秀なボディーガードもいるからね。荷台では仲良くよろしくね。」


 ともあれ、これでしばらくは歩かなくて済む。

 これ以上歩き続ける地獄を味わうくらいなら、強面な同乗者と仲良くするくらいなんてことない。

 勝ち取ったこの一時に胸を躍らせながら、私とアルテミスは荷台へと乗り込む。


「もぐっもぐっ。」


 !!!


「もぐにゃ~。」


 荷台で待っていたボディーガードは、あまりの可愛さで心を撃ち抜いてくるタイプの、真ん丸なうさぎさんだった――――。


もぐにゃ登場ฅ∪•﹃•∪ฅ

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