エピローグ① 妖魔世界編
エピローグ① 妖魔世界編
改めて開催された議会により、統合後の連携体制や救命に関するルールが決定した。
私が提案した生活圏の移設に関しては、住民全体の理解を得る事が不可能な観点から、その一部が採用される形となる。
もう少し具体的に言えば、領主の住居移転が決定したのだ。
住民全体の移設が困難な為、最終的な避難場所になるであろう領主の土地を、異世界の主要居住区と重ならない場所に移すという計画である。
現状――、アルテミスからの返答待ちなのだけれど、地理情報が届き次第、各領の領主は居住場所を移さなければならない。
ルールとして決まった為、移設は絶対となる。
それは私達も同様だ。
「移設案の一部が通ったおかげで、ここを開拓した事も無駄にはならなそうね。」
湯気が立ち昇る、広大な空間。
湧き出る温水に浸かり、これまでの苦労と疲労を和らげる。
「本来の目的よりも健全な形で活用できたことが奇跡ね。それとも、貴方はそこまで計画していたのかしら?」
湯に浸らぬよう、長い髪を手拭いで纏め上げたアネモネ。
彼女から奇跡と言う言葉を引き出し、私は得意げになる。
「当然よ。」
「なるほど……。そこまで考えていなかったみたいね。」
「なんで分かるのよ!」
速攻でウソがばれた。
「何年の付き合いだと思っているのよ。貴方の考えていることは大体分かるわよ。」
そして、彼女の言葉で感慨深くなる。
「本当に、長い付き合いになるわね……。」
「そうね。」
もう、あまり詳しく覚えてはいないが、政治的友好だとかそんな理由でアネモネは送られてきた。
最初はどう接していいのかわからなかったが、母様が適切な助言をしてくれたことは覚えている。
〝――妹ができたのだから、姉として守ってあげないとね――″
本当の妹がいた訳でないので、正しく姉で有れたかは分からないのだけれど、世間一般に、姉と言うものがどう妹に接するべきなのかは聞き及んでいた。
姉は妹を守るもの――。
だから――、私は彼女の部屋へと押しかけ、こう言ったのだ。
「何も心配いらないわ!私が全部解決してあげる!」
昔の思い入れに浸っていると、アネモネの口からあの日の言葉が発せられる。
「まだ覚えていたのね……。って言うか、恥ずかしいから大声で言わないでよ。」
「お?何の話をしてるんだ?」
アネモネの声で、ツインテールを解き長い髪を湯船に浮かべるワースが、スイスイと泳ぐように寄ってきた。
「ソアが私にしてくれた、愛の告白の話しよ。」
「ちょっと!わざと誤解を招くような言い方をしなくてもいいじゃない。」
ここぞとばかりに、アネモネは私をからかう。
「それなら私もされた!何があっても私に任せなさいって!」
ワースの事だから呼応した訳では無いのだろうけど、流石にこの状況はまずい。
ええ、非常にまずいわ。
「二人して私をからかうなんていい度胸ね。」
「そうよ。貴方と違って私達には十分な胸があるもの。」
さらに追い打ちをかけてきた。
私が胸の大きさを気にしていると知って、この豊胸な二人は堂々と私の前にそれをチラつかせる。
もう、何も言い返せない――。
「あとで覚えておきなさいよ……。」
「私達が悪かったわ。だから機嫌を直して。」
機嫌を著しく損ねた私を見計らい、アネモネが謝罪した。
でももう遅い。
私のピュアな乙女心は、無残なまでに傷だらけとなったのだ。
「どれだけ私が傷ついているか知りもしないくせに……。」
「だから言ったでしょ。大体しか分からないって。」
大体分かるは、大体しか分からないと、そう言いたいのだろう。
「大体なのね……。」
「そう……、大体よ。」
その後、私達はしばらく無言で夜空を見上げていた。
漆黒の空にポツリと浮かぶ満月。
この月は何を暗示しているのだろうかと、そう思いたくなるような紅い月だった――――。
*** 同時刻ロホホラ領にて ***
ロホホラ領南東部の一角に、マリーランド王家御用達だった露天浴場がある。
湯につかる文化がそこまで根付いていなかった為、あくまでも王家に所縁のある者だけが利用してきた秘湯と呼ばれる場所だ。
それはこの妖魔世界でも浸透せず、その一角を管理してきたロホホラ家のみが現在は活用している。
「確かに湯船に浸かることを薦めたのは私だ。」
その湯船の中央に、大柄で引き締まった図体の男が一人と、その男を囲うようにして、五人の女性が入浴を共にしていた。
「だが、混浴を薦めたことは一度もなかった筈だが……。」
中央で、この状況に戸惑っている男――。
彼こそ、このロホホラ領の領主である、金鯱であった。
「良いではありませんか。一人よりも大勢の方が、賑やかで楽しいと言うものですよ。」
そう返答したのは、白藍のような透き通った青い髪をまとめ上げた、賢材の称号を持つ銀冠玉と呼ばれる女性。
顔立ちもスタイルも良い、正に美女と呼ぶに相応しい女性であった。
「シルヴィーの言う通りだぞ。ヒカは大勢の方が楽しい。」
銀冠玉をシルヴィーと呼んだ赤髪の女性、緋花玉と称される彼女の本名は、ヒカリエ・ディーク。
銀冠玉と称される、シルヴィー・キュリオスと同様、緋花玉もまた偽名で正体を伏せ、金鯱に仕える近衛の一人だ。
「ヒカちゃんは楽しいかもですが、私はまだ男の人とお風呂に入るのは慣れないですよ~。」
恥ずかしさで泣きそうな、エメラルドのような高貴な緑色の髪を束ねた彼女――、翠冠玉と称される、本名、スィフィリア・アヴェルは、銀冠玉と同じくらいの政治手腕を揮う傑物である。
傑物ではあるのだが、人前に出る事が苦手で、いつも執務室に引きこもっているのが日常だ。
その為、堂々としている二人とは異なり、タオルを巻いた状態で入浴すると言う、全くけしからんマナー違反をしている。
否、この場の誰よりも豊満なボディの持ち主である彼女に、濡れたタオルがぴったりと張り付いた姿は、素っ裸の状態よりも幾分にも勝る破壊力を秘めていた。
全く以てけしからん――。
「スイは気にしすぎ。」
「スタイル良いのに勿体ない。」
そう次々に答えたのは、ライムグリーンのショートヘアーの小柄な女性、瑞昌玉と称している、本名ステラ・ロッペンと、ライムイエローで同じくショートヘアーの、まるで双子のように同じ体系をして、瑞鳳玉と称される、本名アストロフィ・ジェーベンの二人だ。
「いや、寧ろスイの反応が正しい。おかしいのは其方達だ。」
戸惑いながらも正気を保ち、正当を解く金鯱。
しかし、多勢に無勢、堂々と立ちはだかる女性に勝てる男などいない。
「そう言う事なら、裸の美女が五人も揃っているのに、何もしてこない貴方も正しくないわ。」
「そうだぞ!こんなに可愛いヒカ達がいるのに、不満があるなんてオーカは贅沢だ!」
銀冠玉に続き、緋花玉にも追い討ちを食らう。
「わ、私だけ先に上がってもいいでしょうか……?」
恐る恐ると言った口調で、翠冠玉は脱出を試みるが、瑞昌玉と瑞鳳玉の手にかかり、身動きを封じられてしまった。
「逃がさない。」
「本題はこれから。」
そんな彼女に向けて、二人はテンポよく続けて答える。
そう、本題はこれからなのだ。
「余興はこれくらいにして、今後の事を話さないとね。」
本当に余興のつもりだったのだろうか疑わしい。
しかし、一転して、銀冠玉は真剣な面持ちで話を変えた。
「統合後の対処に関して、これからヒカ達がすべきことについてだな。」
「そうよ。」
その言葉を補足するように、緋花玉が話しの議題を告げ、銀冠玉が同意を示す。
「これから統合に至るまでに、私達がすべき事、目的の確認、もしもの時の集合地点を話し合う為に、この場に集まったのよ。」
「全てはオーカの理想の為。」
「オーカの理想は私達の理想。」
銀冠玉の言葉に呼応するようなタイミングで、瑞昌玉、瑞鳳玉の二人が言葉を発した。
「そうでしたね。いえ、忘れていた訳ではありませんが、私達は金鯱様……、オーカ様の理想の為に集まったのです。」
二人の言葉でしみじみと思い返しながら、翠冠玉は胸の内を語る。
「あの日、私達に希望を与えて頂いたオーカ様の理想の為に、私達は身も心も捧げる所存。必ずや、オーカ様の理想を私達の手で成し遂げましょう。」
その言葉に、彼女達は皆一様に頷いて同意を示した。
そして、タイミング良く――、否、悪い方になるだろう、翠冠玉の纏っていたタオルがひらりと湯に落ち、隠されていた――、隠しきれない豊満な素肌が、金鯱の目の前で露見する。
「え?……いや!み、見ないでください~!!」
二人の拘束を猛烈な勢いで振り払い、翠冠玉は泣き顔で叫びながら露店浴場を後にした。
「……はぁ。まだ本題は話せてないと言うのに。」
溜息を吐き、銀冠玉がそう零す。
「これは仕方ないだろう……。そもそも風呂で話さなくてもいい議題だ。私も先に上がるから、続きは晩餐を済ませた後だ。」
「それもそうね。」
金鯱の提案に銀冠玉が同意を示し、議題は晩餐の後に持ち越しとなった――。




