第39話 領主の意見弁論
第39話 領主の意見弁論
賢材達の陳述が終わり、次は領主達の意見弁論に移った。
この、領主達の為に設けられている意見弁論は、先程までの見解陳述とは違い、領主の立場から自国領の利益やリスク回避の提案、意見を示す為に行われる。
対策を講じる事で生ずる、領地や領民への負担軽減。
負担を受けることに対しての保障と援助。
その他、自国領の利益を考えた提案など、各々の領主の思惑によって様々となる。
「統合による甚大な被害を回避する為であれば、我々アスタル領は惜しみなく協力を約束する。」
回避案を推奨し、その案が通れば協力を惜しまないと明言したのは、アスタル領の領主、ジャベロン・アスタルだ。
「統合によって、再び妖魔種と人間種が衝突すれば、統合による災害だけでなく、人災をも引き起こすことになるからだ。私はそれを全力で阻止したい。」
彼の言う通り、この世界が誕生した背景には、妖魔種と人間種による大きな戦争が関わっている。
その悲劇を再び繰り返さないと言うのが根底にあるみたいだ。
「その為には、各領主の皆様のご協力も必要となるでしょう。天災と人災を回避する為、どうかご助力いただきたい。」
最後に呼びかけるような演説を終え、満足気に彼は席へと戻っていく。
どうやら過剰な自信と自己肯定を疑わないところは、あの日から変わっていないみたいだ。
赤黒の戦いが起きる直前、彼は頼まれてもいないヴァルキュリス家とアヴェルツィア軍の仲裁を買って出る。
しかし、両者共に仲裁を受け入れず、実力行使で止めにかかろうとした彼は、私達、ヴァルキュリス家と対峙することとなった。
そして、私の怒りを買った彼は、しばらく大人しくなるであろうくらいに叩きのめされ、その間に拠点を一つアヴェルツィア軍に奪われると言う大失態を冒している。
自業自得と言えばそれまでなのだけれど、もう少し立ち回りを考えられなかったのかと他の面々も思っているはずだ。
彼に次に陳述席に立ったのは、ヴァルキュリス家と縁のある、デュナミス家の領主、ラガール・デュナミス。
「アスタル氏が言われたように、天災と人災、その両方の回避が叶うのであれば、我々も協力を惜しみません。ですが、起きることも想定して、統合された後対処も取り決めを行い、各領の復興に対する連携や協力体制も整え、万事に備える必要もあると思います。」
回避を提唱するジャベロンに対し、彼は柔軟な対応が必要だと述べた。
「起こる時期や災害規模の割り出し、回避の模索などに関しては有識者の方々が尽力して下さると思っておりますが、それに備える事こそ各領を任された領主の責任。その責務の遂行を以て、領民を保護し続けられる体制を確保することが、この場に招かれた我々領主の責務であると思います。」
彼の言う通り、領主の責務は領民を守ることにある。
それを蔑ろにした方法の決定がなされない為、今回は特別措置として合同で議論する事となったのだ。
耳が痛い――。
統合受け入れ案を勝ち取ろうなどと考えていた私にも、その言葉は大きく響いたのだった。
彼に次いで陳述席に立ったのは、オブレイオン領領主、レイナード・オブレイオン。
「デュナミス氏の熱弁、私も大変感銘を受けました。」
彼もまた、ラガールの言葉に胸を打たれたのだろう。
そう思っていた――。
「我々領主は領民の保護にも責任があります。なればこそ、回避と言う最善策を我々は提唱しなくてはならない筈です。」
しかし、彼の口から出たのは、回避案を促す言葉――。
「銀冠玉氏の仮説は非常に興味深いものでした。衰退を防ぐことで回避に繋がるのであれば、備えよりも更なる発展の為に各領精進することが良いかと思います。」
剰え、備えを捨てると言う愚鈍な考えを披露した。
「それに、これだけの傑物が揃っているのですから、必ず解決策を見出すことでしょう。」
極め付けの他人任せ発言も合わさって、これ以上は聞くに堪えない。
銀冠玉の見解を称賛して取り入れる事で、次ぎに発言するロホホラを味方に付けようと画策したつもりだろう。
しかし、一定以上の知恵者が集まる本議会では悪手だ。
上手く関連付けたと思っている様だけれど、自身の愚見によって逆に貶めている。
その事に気づかない様な者はこの場にはいない。
「まぁ、本人は気付いていないのでしょうけど……。」
「ソア、声に出てるわよ。」
無意識で声に出していた様だ。
直ぐに、同じことを考えていたであろうアネモネに注意を受ける。
「あんなのが賢人の称号を持っていてもいいのかしら?」
「だから声に出ているって。」
再度注意を受けたところで、次の領主の弁論へと移行した。
「さて、既に同様の意見が並び揃ってしまっているので、これといって追加の意見があるわけではないのですが……。」
ロホホラ領領主、金鯱。
10年前、マークス・ジェーベンよりヨークを預かった際に、同士だと聞いていた男だ。
「解釈と言うものは、どうしても利己に沿って捉えられてしまうみたいですので、きっちりと答え合わせをしておく必要があるのかと思います。」
その口ぶりからすると、銀冠玉は直属の部下にあたるのだろう。
彼女の陳述に対し、勝手な解釈で貶めたレイナードに牽制を含めた言い草で、彼は話し始めた。
「歴史的に交わる事……、それ即ち衰退という訳ではありません。また、発展の先にあるものが衰退の一端を担っていることもあるでしょう。そういった因果関係は、結果が生じたときに初めて調べられることになります。現状で発展を推し進めたとしても、未来から振り返れば衰退の要因だったなんてことは多々あります。すなわち、衰退の認識や発展の解釈は未来と言う結果から判断されるものですので、現状考えなくてはいけないことは、結果を判断してくれる未来に歴史を繋いでいく事です。」
所々の文言から、彼の陳述にはレイナードへの牽制もあったのだろう。
しかし、彼が話した内容は、彼が歩んできた歴史そのもののような気がした。
「その為に、統合と言うものを回避すべきかどうかではなく、回避できた未来でも統合した未来でもあの時の決断が正しかったと言わしめる判断がこの場には要求されます。その事を踏まえた上で、賢材、賢者の皆様、並びに領主の皆様には熟考を願いたい。」
大戦後、統治を任されたのはアヴェル家であったが、グリモア戦争終結によってジェーベン家が統治することとなる。
その後、報復によってアヴェル家が統治に返り咲くも、ジェーベン家とその協力関係にあったロホホラ家によって統治の座を奪還された。
力による統治の繰り返しの様だが、実際にそれを目の当たりにしてきた民達、関わってきたであろうロホホラ家の金鯱からしてみれば、私達のような他者の視点とは全く別風景なのだろう。
平和な領地であっても、戦の絶えない領地であっても、現状から過去を、その先の未来から今を振り返ってみた時に、改めて善し悪しの判断が下されるのだ。
どのような世界のどのような国でも、未来の為に政策を遂行する。
例え、現状では非難されることになっても、理解されない行為であっても、政策には未来に繋げる為の要因が必ずあるのだ。
交流、鎖国、癒着や戦争にしても相違はない。
無論、国益を優先した判断の元と言う意味であって、利己に走った者は除外してだ。
意見を話し終え、金鯱は席へと戻る。
次はいよいよ私の番となった――。




