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第38話 統合議論

第38話 統合議論


「これより、賢人議会員及び、各領主参加による、特別賢人議会開会を宣言致します。」


 静寂に包まれた会場に、賢材、グリム・ベルテによって一声が響き、賢人議会の開会が告げられた。


「今回の進行役はわたくし、グリム・ベルテが担当いたします。」


 進行役に選ばれるのは、賢人議会員の中でも優秀な、賢材の称号を持つ者から選ばれる。

 現在賢材の称号を得ている者は4名と聞いているのだけれど、私が知っているのはアネモネともう一人――。

 ワースのお父上の政務補佐を務める、ルイス・シュトーレンという男だ。

 それにグリム・ベルテを加えて3名。

 あと一人の賢材が誰なのか、私は知らない。


「それでは初めに、賢人議会会長、アウロア・ビルヘルム氏より議決方法の説明がございます。」


 そうこう考えているうちに、議会は議決方法の説明に移行した。

 賢人議会であれば、賢人票、賢材票、賢者票と言う制度があり、議題の規模や難度によってどこまでを認めるかが最初に言い渡される。

 その中で、賢材票と賢者票は各々が案件に対して一票を有しているのに対し、賢人票は、賢人による多数決で決まった一つに一票が投じられる仕組みだ。

 賢人議会はあくまでも知恵者の議会である為、より優れた者の意見が採用されなくてはいけない。

 その為、圧倒的に人数の多い、賢材にすら届かない賢人だけの判断で議決されるのを防ぐ役割をはたしている。

 また、賢者票を二票として議決を取ることもあるくらいだ。

 それ程までに、賢者と言う存在はこの世界では大きい。


「今回の議題は世界の大事に成る故、各領主殿にも足をお運び頂いております。」


 その賢者の一人――。

 最初の賢者にして、賢人議会最高権力者であるこの男、アウロア・ビルヘルムが語り始める。


「本来であれば、賢人議会法に則り、賢人議会決議条項を以て議決方法を定める所ではありますが、各領土の存亡、領民被害も計り知れぬ事態と成る事が想定されます故、今回は特別措置として、特別権限者による単純票での議決を行います。」


 特別権限者による単純票――。

 その言葉に、会場にどよめきが生まれる。


「議決の説明中ですので、皆様静粛にお願いします。」


 直ぐにグリムが対応し、会場は再び静寂に戻った。

 その静まりを待って、アウロアは再び話し始める。


「尚、特別権限者の範囲につきましては、賢者、賢材、領主の方とさせて頂きます。」


 賢者4名、賢材4名、領主が5名存在する為、合計13名での投票となるようだ。


「これは、事象に対する有識者の見解と、各領主の立場上の主張を反映し、より現実的な対策を打ち出す為の措置とお考え頂きたい。」


 有識者が打ち出すであろう、世界としての最善案。

 領主として、領民や領土の事を第一に考えた、調整案。

 この双方の言い分を上手くまとめつつも、妥協し過ぎて破滅を迎えない為、有識者の票を少し多くする措置のようだ。


「無論、議論の場では職位に限らず意見をお出しください。既にヴァルキュリス氏のまとめたレポートは、各々熟読されていることと存じます。各々に見解陳述を行えるよう時間を取って居ります故、投票権の有無につきましてはご容赦頂きたく存じます。以上を以て議決方法の説明とさせて頂きます。」


 対処か共存かの二択となれば、自身を入れて7票必要となる。

 個人の見解陳述で何を語るかが焦点となりそうだ。


「それでは特別賢人議会、本議題に入りたいと思います。」


 アウロアの話しが終わり、直ぐにグリムが議会の進行を告げる。

 議決方法の説明が終われば、議題の説明――、つまり、私の出番だ。

 とは言え、レポートを読むだけなのだけれど、議題説明後には概ね質問が飛んでくる。

 その補足説明で受け手の見解が変わることもある為、疎かにはできない。


「まずは今一度、本議題である、分岐する三世界による統合現象についての説明を、今回の議題提供者である、賢人及びヴァルキュリス領領主、ソア・ヴァルキュリス氏よりお願い致します。」


 名前を呼ばれ、私は資料を手に取って席を立った。

 会場全体が見渡せる陳述席へと歩いて移動し、席には付かず資料を広げる。


「ご紹介に与りました、ソア・ヴァルキュリスと申します。早速ながら議題について説明をさせて頂きます。」


 こうして、向こうの世界で体験した内容を含みながら、私は議題説明を始めた――。






 議題の説明が終わると、説明に対する質疑応答が始まり、全ての質疑に応答をし終えたところで議会は昼休憩を挟む。

 休憩を終えて再開すると、すぐに賢人達による見解陳述が始まった。


 オブレイオン家の第一分家当主、デミスト・オブレイオン。

 基本的に本家と足並みを揃えた発言をする彼は、災厄回避を提言する。


「――――と、言う意見も出ております。何より、今の所異変と言う異変は確認できておりません。ですので、焦る必要はなく、じっくりと回避する策を考えるのがよろしいかと提言致します。」


 提言と言うよりは、自分達では思いつかないので先送りにしようと、そう言っていることに変りない。

 流石、オブレイオン家保守派の数合わせ担当だ。


 オブレイオン家の第二分家当主でありワースの父でもある、ワグナー・オブレイオン。

 改革派筆頭の彼は、甘受した上で各領の連携強化を提言した。


「――――勿論、回避模索も必要かもしれませんが、いずれにしても各領同士の連携が極めて重要かと思います。連携無くして良案は生まれないと私は提言致します。」


 災厄は訪れるものと考え、訪れた時、訪れる前に回避するとなった場合に、各領が連携し合わなければ最善の結果には至らないと述べる。

 回避か順応かと決定付ける訳ではなく、柔軟に対応する為の基盤作りを行いたいみたいだ。


 オブレイオン家の第三分家当主、エバン・オブレイオン。

 ワグナーと同じく改革派の彼は、災厄後に集うべき拠点を決めておく必要性を訴えた。


「――――混乱により離散した人々や、我々が集うべき拠点を決めて置き、その場を中心に復興を行うべきではないでしょうか。異世界の人々との交流、抗争も視野に入れ、集う場所の決定をしておくべきであると提案いたします。」


 災厄後、離散したこの世界の住人が集まるべき場所を定めることで、多くの人々の安心を確保する為だろう。

 必要な事だけれど、唯一の集合場所ともなれば、各々に自分の領地を推薦して議論が白熱することは間違いない。


 アスタル領の政務官を務める、レイモンド・イェイハ。

 賢人の中で、次に賢材と成り得る者として一目置かれている彼は、デミストとは違い、明確な根拠を説明しつつ、先送り論を語った。


「――――等、過去の災害や統合の発生原理の仮定を含め、現段階で解明されている精霊学では構築しがたい事象にございます。その為、非現実的な事象に対して結論を急ぐ必要性はないと、愚言ながら申し上げます。以上でございます。」


 彼の言う通り、世界が統合される現象をイメージする事は難しい。

 何がどのようにして統合を成し得るのか、それが分からない以上、対策を今話し合っても解決には至らないと言う事だろう。

 その部分については私も同感だ。

 だからこそ、統合はあるものとして捉え、私達はその後を考えなくてはいけないのだ。


 この様な陳述がしばらく続き、賢人達の見解陳述は終わる。

 そして、いよいよアネモネ達、賢材による見解陳述が始まった。


 一番手はアネモネ。

 ドロシーの口ぶりから起こることを前提とした見解を述べた。


「――――こういった観点から、起こるものと想定して議論を進めたいと思っています。統合を経た先にどうするのか、或いは回避を模索するのかで意見は分かれると思いますが、私は統合の先での混乱に対処する案を考えるべきだと提言します。」


 開会前に言っていた話しの通り、アネモネはこの二択を決めてしまいたいと思っているのだろう。

 様々な可能性がある中、各々にその内のどれか一つを仮定として挙げ、そうなったらこうすると言った見解では、範囲が広すぎてまとめにくい。

 皆で一つの可能性について議論することの方が遥かに有益だ。


 彼女の次に見解を述べた、オブレイオン領の政務官、ルイス・シュトーレン。

 彼もまた、アネモネと同じく統合を受け入れるべきか否かで決議を行い、その上で議論が望ましいと主張する。


「――――であれば、拠点の確保も必要でしょう。回避するにしても、様々な意見を出し合うべきかと思いますので、まずは統合か回避かで決議を行うべきかと。」


 どちらかと言えば、統合を受け入れての対策を議論したいと思っているみたいだけれど、本当の所はまだ分からない。

 気持ちが傾かない為にも、私の見解陳述も重要になってくるはずだ。


 三番手はグリムが見解陳述を行なう。

 彼は統合現象について、独自の見解を述べた。


「――――のように、各世界の空間位置を重ねるようにして交わり、浸透し、細部の不規則性を少しずつ馴染ませて成るものと仮定いたしました。その構築式は、空間属性と核心属性を軸に連立させ――――。」


 賢材の中でも、独創的な思考の持ち主と噂されるだけあり、彼が述べる見解を正しく理解できる者は少ない。

 そもそも難しい言葉を使いすぎな所もあるし、何より回りくどいからだ。

 かく言う私もあまり理解はできていない。


 そして、謎だった四人目――。

 最後の賢材として陳述席に立ったのは、ロホホラ領で政務長を務める、銀冠玉ぎんかんぎょくと呼ばれた女性であった。

 彼女もまた、統合原理について独自の見解を述べる。


「――――物理的現象として衝突するように混在していく場合以外にも、歴史的な接点に向けて、にじり寄る様に交わると言う事も十分有り得るのではないかと思います。したがって――――。」


 グリムとは違った、歴史的に交わると言う斬新な発想――。

 自身の目で観察し、直接聞いたからこそ分かるのだけれど、各世界の発展状況が異なる為、さすがにそれは難しい。

 有り得ないとまでは言い切れないにしても、発展の先で交わるのが不可能であるなら、その逆である衰退の果て――。

 世界が崩壊する時、その歴史的地点で交わるのではないだろうか?

 そう考えると、シンシアの言っていた〝一つの運命に束ねられる″という表現がしっくりくる。


「……まずいわね。」


 そう考えていると、隣から零れる焦燥の言葉が耳に入った。


「何がまずいのかしら?」


 周囲に聞こえぬよう、私はアネモネに聞き返す。


「各世界の発展状況は異なる可能性が高いわ。そうなると、歴史的に交わるのは崩壊後と言う事になるわ。」


 どうやら同じことを考えていたらしい。


「それは私も今考えていた所よ。そうならない為にも、アルテミスに協力して世界崩壊を防ぐしかないのよね。」


 そう思って言葉を返したのだけれど、アネモネの言うまずい部分は他にあった。


「協力するも何も、崩壊して初めて統合されるって話になっているのよ。崩壊した後に統合されるのに、どうやって協力するのかしら?」

「……それも、そうね……。」


 なるほど。

 確かに崩壊と統合の順番が逆になるのなら、協力するのは不可能だろう。


「そして、その結論から導き出される最善の対策は、崩壊の回避よ。このままだと、私達が勝ち取ろうとしていた、統合を受け入れた上での対処に賛成を集めるのは厳しくなりそうね。」


 そして、止めとばかりに突き付けられたのは、望んでいた議決から遠ざかると言う言葉だった――。

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