第37話 賢人議会開幕
第37話 賢人議会開幕
世界の中央に位置する孤島。
アルテミスの世界では、妖魔と人間の戦争回避の為、魔王と言う組織によって建てられた、魔王城があった場所だ。
私達の世界では、世界の知識を集約している図書館と、世界の知恵者が会する議会場がそこにある。
ここの利用に関して、権限や役職は特別必要ではない。
島全体が図書館及び議会場を中心として設計されており、議会開催時期以外であれば一般人の利用も可能だ。
すぐ隣には滞在の為の施設があり、管理局に許可を取れば低価格で部屋が借りられる。
自炊が必要だが、追加料を支払う事で使用人も付けることが可能だ。
また、議会場のすぐ外には四季折々の花々が出迎え、煮詰まった思考を解きほぐす。
色鮮やかな庭に長期滞在を可能にする宿泊施設――。
それらを守る為、幾重にも精霊術による厳重な防壁が張られている。
正に絶対的な知識の孤島――。
その場所を、私達の祖先はセントラルガーデンと名付けた。
賢人議会開催に伴い、多くの賢人や各領地の領主となる人物、その同伴者が数日前よりこの地に滞在している。
その間、他の領主との交流は特に禁止されてはいない。
オブレイオン家をはじめ、派閥を担うような多くの者は、挙って交友を深める機会としている。
私の元へも数人、見知らぬ者が挨拶に訪れる程だ。
「クロ、私の護衛は大丈夫だから自由にしてていいわ。」
来客者に刺客が紛れていないかと疑って止まない、漆黒の甲冑に身を包んだ大男、アヴェルツィア。
クロと言う愛称で呼ばれる彼に、私は警護の任解除を告げる。
「御意。」
口数少ない彼らしく、一言了承を述べると意見することもなく退出した。
素っ気ないと言えばそうだけれど、彼にも何か目的があるのだろう。
特に詮索するつもりもないので、彼の件は一先ず保留。
代わりに、黄玉の瞳をこちらに向け、ワースが訊ねてくる。
「ソア、これからどうするんだ?」
クロを追い出すようにでも見えたのだろうか。
二人きりになったからと言って、別段何かやる予定はない。
「ワースも自由行動でいいわよ。私達はまとめた情報を開示するだけだし、話し合いは賢者達が勝手に始めるわ。」
本来なら段取りを決め、議論の主導権を握る作戦を立てたりもする。
しかし、今回の件でワースとクロが発言する状況は特別想定していない。
二人については出席することに意味があり、アヴェル家とオブレイオン家の一派が、ヴァルキュリス家の動向に賛成していると示すことにあるからだ。
「それに時間があるのだし、折角だからお父上に会ってきたらどうかしら?」
単に付き添いだけでは面白味もない。
普段会う機会なんてあまり無いのだし、たまには父娘の時間も必要だろう。
「今更会うのもなぁ……。それに、何を話せばいいのかわからない。」
そう思っての提案をしてみたのだけれど、戸惑い――というか、どうしていいのかわからないらしい。
けれど、嫌という訳ではないみたいだ。
「そんなの会ってから考えればいいのよ。」
嫌でないのなら躊躇う必要もない。
「私と違ってワースには機会があるのだから、会える時に会っておかないと。」
会える機会があるのなら――、会えなくなってしまう前に、会うべきだろう。
「ソア……。」
平穏なんてものは、動乱の最中の休息に過ぎないのだから――。
何時、如何なる平時であっても、この世に生きている以上は心得なくてはならない。
世界は常に波瀾の航海であり、それを忘れ、油断した者から波に呑まれていくのだ。
「ほら、あれこれ考えていないで会ってきなさい。躊躇わず行動を起こせるのがワース・オブレイオンではなかったかしら?」
世界の作りがそうである以上、機を逸する事はそのまま後悔になる。
ワースには、そんな思いをしてほしくない。
「わかった。話せないかもだけど、会うことにする。」
「それがいいわ。」
思いが伝わったみたいで、ワースは会う事を選択する。
「今から行ってくる!」
そう決意の言葉を一つ吐いて、彼女は部屋を後にした――。
議会当日――。
私達は時間に余裕を持って議会室に入場した。
いつも通りと言えばその通りなのだけれど、すでに何人かは着席しており、オブレイオン家の面々や、リスル家の者などが散見できる。
早く来たところで有益になる事はあまりない。
それでも先に入室するという姿勢は、勢力を争う間柄で相手に覚悟の強さを見せつけるのだろう。
「ソア、いつも通りの時間ね。」
入室して早々、今回別行動をとっていたアネモネが私の元へ歩み寄ってきた。
「相変わらず貴方は早いわね。そんなに早く来て何か利益はあるのかしら?」
挨拶代わりにと、私は率直に聞いてみる。
「直接の利益は無いわ。けれどこれも情報。普段より気合の入っている人は早めに来るし、そう言うのを観察しておくのも後々利益につながるわ。」
「そう言う些細なことでも怠らないのはアネモネらしいわね。」
僅かな変化に気付くことで、好機を逃さない。
早めに来て観察をするという理由を聞き、私は改めて納得した。
こういう小さな積み重ねがアネモネの叡智を作り上げているのだと――。
そして、その積み重ねの差が、賢人、賢才という称号の違いとなって表れているのだと――。
「万全を尽くさぬは愚者の行い。万策を打たぬは驕る者。万障を払いて勇者となる。創造期の偉人、メルクトの遺した言葉よ。私はこれを実践しているだけ。」
アネモネの言うメルクトとは、創生期末から創造期前半に活躍した将軍だったかしら?
たしか、鬼才と言われる程、かの偉人は戦に長けていたと聞く。
唯一、ヨヅキに宿った英霊、スメイシカとの戦いで敗戦を記したが、それ以外の戦場では幾度も功績、勝利を重ねている人物だ。
古代史に詳しくない私でも、これくらいは知っている。
それくらい著名である偉人が遺した言葉だけあり、時を超えた今でも説得力があった。
「それを継続できる貴方も、十分すごいと思うのだけれど……。」
だからこそ、偉人の名言を実践しているアネモネも、その偉人と同じくらいすごいと思う。
賢者に認定されていないのが不思議なくらいだ。
「それはそうと、今日の議題に例の件は組み込めそうかしら?」
挨拶代わりだったはずが、何故か明後日の方向へと飛躍しかけたところで、議会に関しての内容へと強引に切り替える。
「例の開発の件は修正が必要だから、今回は見送った方が賢明よ。そもそも本題だけで議論が長引きそうだし、ロホホラ領の件すら数日後に持ち越されると思うわ。」
切り替えには成功したものの、返ってきた内容は喜ばしいものではなかった。
余った時間で、レッドリバー計画の宣伝も含めて発言する予定だったのだけれど、世界統合の問題だけで今日から数日は議論が続くとの見解を示される。
「空き時間は無いのね。賢者達の知恵なら即解決すると思っていたわ。」
「議論だけで数日、解決までは数年かかる見込みよ。」
しかも、解決は遥か先の様だ。
そこまでかかるとは正直思っていなかった為、どうしたものかと考える。
そもそも、何を以て解決とするのかが不明確に思えた。
そんな私を見てか、アネモネは溜息一つ吐いて、呆れ口調で話す。
「あのね、ソア。そもそも三世界が統合するとか、人知を超えているわ。神の御業のような統合現象を阻止する為には何が有効か、そういう問題を人の知能で考えるのだから、当然莫大な時間がかかるわよ。」
なるほど――。
少し分かった気がした。
アネモネは、あくまで統合を回避しようと考えている。
神の御業に対し、人知で対抗しようと考えているみたいだ。
「寧ろ、人の力で統合を止めることはできないのだから、その時に各々がどう生き延びるかを考えればいいと思ったのだけれど。」
それこそ時間の無駄になりかねない。
そう思って、私は統合を回避するのではなく、統合を受け入れた上でどう対処するのかという考えを――、その選択肢を示しす。
「私達はそれでいいのかもしれないけど、賢者達はそうは考えないと思うわ。各国の領主達も同様に、統合後の世界に期待する者は少ない。今の地位や安息を守れるのなら、それに越したことは無いもの。私達のように、統合を受け入れた上でどうするかと言う考えに至るには、地位や称号への固執が邪魔になるわ。」
しかし、どうやらアネモネが考えていたのはそうではなかった。
あくまでも、多数派になるであろう意見を考慮し、それに対する議論や考え方をどう補正していくのか、そう言った事を全て考慮したうえで、数日かかると判断したのだろう。
「納得したわ。」
納得と後悔。
「つまり、最初の議題である世界統合問題を、対処から許容にしなくてはいけない事。まずそこで、対処に賛成を傾かせてはいけないと言う事ね。」
「そう言う事よ。」
避けられないと位置づけ、その後どうやって自身や領民を守るのかを熟考してきたが、まずはその結論に至る為の支持が必要となる。
それなのに、私が練ってきたのはその結論が出た後の計画――。
「私をレッドリバー計画に縛り付けていたけれど、その辺りの策は……、って聞いても大丈夫かしら?」
当然、結論を勝ち取る為の策など用意していない。
「ノープランよ……。」
万全を尽くせなかった愚者である私は、驕れるだけの策も持たずして、万障に挑むこととなった――。




