第36話 ドロシーとの再会
※番外編の内容を一部含みます。
第36話 ドロシーとの再会
扉をノックしてドアを開け、アネモネの部屋へと入る。
それと同時に、何度か経験はしているものの、未だに慣れない奇妙な感覚に見舞われた。
「やあ、帰ってたんだね。」
時間の停滞――。
それを認識すると同時に、私達に力を授けた魔法使い――、を思わせる身なりをした、この世界の女神、ドロシーに声を掛けられた。
「毎回唐突ね。この世界の女神は驚かせるのが趣味なのかしら?」
不意を突かれていい気はしない。
その含みを込めて、私は女神に嫌味をぶつける。
「そうかもしれないね。でも、サプライズのプレゼントなら喜んでもらえるんじゃないかな?」
しかし、彼女の方が一枚上手だった。
「……そうだったわね。貴方はギフトの能力を持つ女神だったわ。」
「そうそう。ボクは贈り物をする女神だからね。サプライズはお嫌いかな?お嬢さん。」
こう返されては反論する余地はない。
「それで、今回はどんなご用件かしら?」
場都合が悪いのも理由の一つだけれど、彼女が姿を見せるのには何らかの理由があるはずと思い、私は催促した。
「そんなに急がなくても、時間は止まっているからね。ボクはゆっくり話がしたいかな。」
「残念だけれど、私達は有限の時の中で生きているの。この場が停滞していたとしても、その中で活動している私の時は動き続けているわ。」
彼女の能力――、なのかは分からないけれど、時間の停滞により動きが止まっている者の時間経過は停滞する。
しかし、その中で動ける者はその範囲ではない。
世界に時の流れがあると同時に、私達生命体にも命と言う固有の時が存在するからだ。
「あれ?本当にキミの時は動いているのかな?」
どういう意味なのか――、と尋ねようとして、私は思い出す。
「実感は無いのだけれど、私の時は停滞しているのね。」
「そうだね。シンシア姉さんの力で、キミの時は停滞しているよ。」
向こうの世界の女神、シンシアの加護を受けるアルテミスと契約し、私は時の停滞――、不老となった。
そうなってから、これといって未だに実感はない。
何か、大きく変化があれば分かりやすいのだけれど、不変を感じ取ることはまず無理だろう。
「今日はその事で会いに来たんだけどね。」
そう付け加えて、彼女は部屋の中央へと来るようて招いた。
それに従って、私は奥へと進む。
そして、そこにはアネモネが待っていた。
「やっと入ってきた……。待ちくたびれて寝てしまう所だったわ。」
丸いテーブルに肘をついて、少し不機嫌そうに悪態をつく。
ドロシーからギフトを受け取っている彼女も、どうやら停滞世界に招かれていたみたいだ。
「悪かったわ。今度から女神のペースに流されないよう気を付けるわね。」
「ボクはまだ話し足りないんだけどなぁ。」
私とドロシーも椅子に座り、要件を話し合う環境が整う。
「さて、長い話は嫌われるみたいだし、簡潔に話していくよ。」
そうドロシーが切り出し、私達は彼女の言葉に耳を傾けた。
「まずは……、実感がないようだけど、ソア、キミの時間は停滞しているね。」
ドロシーが言うように、アルテミスとの契約で私は不老となっている。
女神である彼女には、それが分かるようだ。
「だからと言って、特別何かがあるっていう訳じゃないけど、時が経つにつれて変化は出てくるはずだよ。自分にではなく、周りにっていう意味でね。」
それもわかっている。
十年、二十年と時を重ねることで、老いや寿命と言う変化は訪れるからだ。
その変化を見届ける覚悟も、それを乗り越える覚悟も、胸に刻み込んだ自信はある。
「キミの事だから覚悟はできていると思うけど、何か引っかからないかい?」
その自信すら見通して――、いや、この女神は私の心が読めるのだった。
言葉にしなくても、今考えているこの思考ですら彼女には筒抜けなのである。
「そうそう。キミの思ったことはボクに伝わっているよ。でも、今日は3人いるからね。なるべく声に出してくれる方がいいかな。」
「そうするわ。」
そう言って、私は先程の質問に向き合った。
「そう言う言い方をすると言う事は、何か見落としていると言う事ね。会話の中……、或いはその前か……。」
これといって違和感を覚えたものはない。
直感的に気付けないのなら、まず私には気付けないだろう。
そう半分諦めていた矢先、熟考していたアネモネが口を開いた。
「恐らくギフトの解放に関してだと思うわ。」
そう言葉に出して、彼女は女神へ視線を運ぶ。
「さすがアネモネだね。キミの考察通り、ギフトの解放についてだよ。」
早々の正解に嬉々と言葉を滑らせ、ドロシーは解説に入った。
「ギフトの開封条件は覚えているね。開封するには相応の覚悟が必要になる。しかし、停滞状態である今、ギフトも停滞してしまうから新たに力を引き出すことができなくなっているんだ。」
契約する覚悟によって、本来得られるはずのギフトが開封されていない。
つまり、停滞状態によってギフトも凍結状態と言う事だ。
「あの時の覚悟で得られるはずの力が得られていないから、停滞状態なのだと判断できると言う事ね。」
理解を言葉で示し、私は納得する。
しかし、ドロシーの意図するところはそこではなかった。
「判断の要素にはなるけど、よく思い出してみて欲しいんだ。キミが覚悟をしたのは契約した後だったかい?それとも契約をする前だったかな?」
そう問われて、私ははっきりと気付く。
覚悟をしたのはその前で、その覚悟が開封の条件に値しているのなら何らかの力を得ていると言う事だ。
「ギフト凍結の前に、私は力を得ているのね。」
「そうだね。しかも2つだよ。契約に伴って人としての時間を捨てる覚悟と、その身を彼に託した時の覚悟のね。」
もしもこれが事実なら、私は5段階まで開封したことになる。
今となっては遅いが、更にあと2つ開放することができれば、私はドロシーの聖者として契約することになっていたはずだ。
なるほど、全て話しがつながる。
「私をあっちの世界に送り込んだ本当の狙いはこう言う事だったのね。」
手記を見つけさせ、窮地だった私の前に現れた理由を話し、彼への興味を抱かせ、世界を渡る手解きをしてくれたのは紛れもなくドロシーだ。
「少し違うけど、半分くらいは正解かな。それにボクは幼い子の方が好きだからね。契約するならもっと幼い頃に、7つ全部開封できるプランを考えるよ。キミを送り出したのはシンシア姉さんとの約束の為で、それ以外は考えていなかったかな。」
私を送り出した本当の理由を――、後、自らの趣向を隠す気はないらしい。
そう考えていると、それを察知してか弁明が返ってきた。
「疑われているみたいだから本音で話すけど、ボクは別に誰かと契約する気はないよ。あくまでもシンシア姉さんに協力する為にこの世界を管理しているんだ。勿論7つ開封してしまったら契約しなくちゃいけないけど、この世界の環境下で、7つも開封しなくちゃいけないくらい困っている子はいないはずだよ。」
寧ろ、弁明と言うよりはこの世界の存在理由にも取れる内容に、私は僅かな恐怖を覚える。
シンシアへの協力と言う目的が無ければ、この世界は存在することは無かったと解釈できるからだ。
或いは、存在はしてもドロシーと出会う事は無く、ギフトを受け取っていなければ、確実に今の私達は存在しない。
考えれば考える程、私達が今生きている状況は、シンシアに依存しているのだと思い知らされる。
「それについて、私達に選択の余地は無いようだし、今は別の事を考えるのが先では?」
衝撃的な事実を知り、打ちのめされていた私の元へ、アネモネの言葉が割って入ってきた。
「賢人議会への参列メンバーや、レッドリバーだったかしら?あの場所の開拓について話すことは山積よ。ドロシーも用件が済んだのなら停滞を解いて欲しい。」
要約すれば、『話の邪魔だから帰れ』と、言われているようなものだろう。
直ぐにドロシーから不服の言葉が返ってきた。
「もっとポジティブに考えて欲しいんだけどね。あと、あまり邪険に扱われるのも心外かな。待遇の改善を要求するよ。」
腕を組んで見せ、あからさまな態度を示す。
そう言うところが邪険に扱われる最たる原因だ。
「まぁ、これが最後になると思うから、立ち去る前にアドバイスを一つしておくよ。」
先程の態度から一転して、笑顔で彼女はそう告げる。
ん?
最後にと言っただろうか?
「世界が一つになるとき、三世界全ての住人や住居が転移するはずだから、物資の貯えが重要になるからね。キミの事業もいいかもしれないけど、潤沢な物資と生活環境が無ければ成立しないことは、考え直した方がいいかもしれないね。」
そう言葉を残し、私達の目の前からドロシーは姿を消す。
それと同時に、時間の停滞は解除されたのだった――。




