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第35話 ソアの帰還

第3章 果報


因縁果報――。

人は選択した後、必ずその報いを受けることとなる。

良縁、悪縁、その双方どちらに向かうかは、その時になってみないと分かり得ない。

第35話 ソアの帰還


*** ソアの視点 ***


 元の世界に帰還を果たした私は、休む暇なく、アネモネに任せきりだった領主の仕事に勤しんだ。

 元々、転移する前からアネモネが殆ど引き受けてくれていたのだけれど、今後の事態を想定したり、異世界で得た知識を実らせるためには、自ら立案し実行する必要があったからである。

 そう――、今回の提案は、この世界にとっても画期的なものになると確信を得ているからだ。


「私の出した提案書を元に、開発担当組の選別を貴方にお願いするわ。」


 青紫色の長い髪に、タンザナイトのような深い紫の瞳。

 その思慮深さを思わせる瞳で、提案書を一通り読み終えたアネモネは視線を私へと移す。


「開発に踏み切る前に、調査と見積もりがいると思うわ。これだけ大掛かりだと、私も現場にいた方が良さそうだし、運営していく管理者の抜擢も必要になりそうね。物資も人員も……、あと必要な日数やそれにかかる費用も考え直さないといけないけど……。」


 予想通り、慎重な彼女らしい返答内容だ。


「なるほどね。それなら、それら諸々の必要と思われる計画から、物資、人員、施工に至るまで、全ての決定の権限を貴方に一任するわ。それ込みで貴方に現場の監督をお願いしたいのだけれど、いいかしら?」

「殆ど丸投げね……。でも、私が全部を決めていいのなら、不可能ではないと思うわ。予算をどれくらい用意してもらえるかにもよるけれど……、ソアの言う世界統合後の利益を見込めば、着手しない手はない。」


 提案書の細部――、主に物資、人員、施工日数などの具体的な数に対しての苦言は受けたが、彼女の目測からしてもこの立案は有効だと言うお墨付きを得る。


 世界統合による混乱は必ず生じる為、他の領主たちも、他世界の国々も準備は怠らないはずだ。

 その中で、自身の領土や領民を守るためには、経済的にも軍事的にも優位にならなくてはいけない。

 アルテミスのいた世界で発見し、こちらの世界では未発見――、と言うよりは未開発になっているあの場所――。

 こちらの文化では日常となっているのに対し、彼の世界では未発達の分野――。

 この二つを作用させ、統合前にも、統合後にも利益を生む施設の開発が狙いである。


「決まりね。補佐はクゥフゥでいいかしら?」


 決定が覆らないよう言葉で採用の印を押し、途中断念を防ぐための共同者を提案した。

 しかし、その必要はなかったかもしれない。


「そうね。彼と……、あとクロも連れて行くわ。」

「戦闘以外にクロは役に立たないと思うけれど、貴方が必要と言うなら連れて行くといいわ。」


 主要人物を更に要求するあたり、彼女はこの事業に対して完全な利を確信していると言う事だ。

 こうなれば私が口を挟む余地はない。

 後は全て、彼女が期待通りにやってくれるだろう。


 提案は実行へと移される運びとなり、問題が一つ片付いたのだった――。




 数日後――。

 一つの問題が解消へと向かい、私はもう一つの大きな問題である、各領主達の動向に関しての対処計画をまとめていた。

 世界を渡った私だけが得ている情報を今回は開示する。

 それをよく思わない連中も少なくはない。


 特に、名門オブレイオン家はしつこく質疑を突き出してくるだろう。

 戦力で優位にあるヴァルキュリス家に対抗して、知識の部門で勢力を伸ばしつつある名家だ。

 オブレイオン領内には賢者の称号を持つ者は3名存在するが、その誰もがこの世界において重要な役割を担っている。

 老いを理由に領主の座を息子に継承しつつも、賢人議会では毎回のように舌戦を繰り広げている、3冊目のグリモア戦争優勝者にして元オブレイオン領領主、メイゼフ・オブレイオン。

 セントラルガーデン書庫管理補佐を務める、5冊目のグリモア戦争優勝者、バーノン・ホスタリス。

 そして、賢人議会会長、中央議会審査長、領主首脳議会議長を務める、2冊目のグリモア戦争優勝者、アウロア・ビルヘルムだ。

 そこにアスタル領領主、ジャベロン・アスタルを加えた4名が、保守派として慎重な思想、思考で立ちはだかる。


 中立派のリスル家と、ヴァルキュリス家と友好関係にあるデュナミス家は、各々に世界にとっての利益を優先して考えてくれるはずだ。


 アヴェル家に代わり領主となった、アヴェル領改めロホホラ領領主、金鯱きんしゃち

 私に、娘であるヨークの保護を委ねた彼女の父、マークス・ジェーベンと共に、ジェーベン領を乗っ取ったアヴェル家と対決した経緯がある。

 そういう経緯から味方に付いてくれる可能性はあるが、いまいち彼の事は分かっていない。

 だからこそ、様々な質疑や条件に対処できるよう万全の準備が必要となる――。


「ソア、何をやってるんだ?」


 青紫色のツインテールに、トパーズのような温かみのある黄色い瞳。

 行動派で真っ直ぐな性格のワースに、机に突っ伏してうなだれていた私は声を掛けられた。


「賢人議会で使用する資料の作成よ。貴方こそ、何をやっているのかしら?」


 回答しつつ、こちらも質問を返す。

 丁度人手が欲しかったところだ。

 手が空いているなら、ワースにも手伝ってもらいたい。


「あたしはヨークの遊び相手だ。クゥフゥがいないから、あたしが相手してるんだ。」

「なるほどね。手が空いているのなら手伝って欲しいのだけれど、難しそうね。」


 残念ながら、暇ではないみたいだ。


「途中でいなくなって拗ねられても後々面倒だからな。悪いが他をあたってくれ。」

「仕方ないわね、そうするわ。」


 幼子の機嫌を直すほど大変なものはない。

 ここは潔く諦める方が賢明だろう。


「手が空いた時は手伝うからな!あと、ここに来たことはヨークには内緒で頼むな!」


 そう言い残して、ワースは早々に立ち去って行った。


「こんなことならクロだけでも戻すべきだったかしら……。」


 そうぼやきつつも、私は筆を休めることなく滑らせる。


 一通りの書類が完成した時には、既に日付を超えて深夜になっていた――。




 それから数日後――。

 賢人議会開催の申請を終え、私はヨークの様子を見に庭へと足を運んだ。


「姉さま!」


 赤茶色の髪に蒼玉の様な青い瞳のヨークは、私を見つけるや否や、すぐに駆け寄ってくる。

 そして、彼女そのまま私の懐に飛び込んできた。


「元気そうねヨーク。何をしていたのかしら?」


 質問を受けたことで、彼女はヒシッと抱きしめていた手を緩め、私を見上げて答える。


「クゥフゥと精霊術のタンエンをしてました!」


 キラキラと瞳を輝かせ、えっへんと言わんばかりの堂々とした笑顔。

 数日前の苦悩を忘れさせてくれる可愛さに、私は頬が緩む。


「偉いわね、ヨーク。鍛錬も大事だけれど、怪我をしないようにね。」

「はい、姉さま!」


 とても良い返事が返ってきた。

 私はたまらず彼女を抱きしめ、頭をなでり――、なでり――。


「お嬢様、戻ってきてください。」


 ――ハッ!!――


 あまりの可愛さに我を忘れていた所、ブロンドの長い髪に淡い緑の瞳をした背の高い男、クゥフゥことクーガ・フーレイルの声で現実に戻される。


「助かったわクゥフゥ。もう少しでヨークの遊び場を作るために、アスタル領を二日で遊園地変えてしまう所だったわ。」

「外交問題にもなりますので、そういう冗談はやめてください。」


 彼に突っ込みを入れられながら、私は抱きしめていたヨークを開放した。


「ヨークの可愛さの前に国境なんて必要ないと思うのだけれど。っと、本題を忘れる所だったわ。」


 解放されたヨークがクゥフゥの元へと駆けて行くのを見届けてから、私は彼に本題を話し始める。


「今回の議会にクロを同行させようと思うのだけれど、どうかしら?」

「なるほど。」


 私の提案に対し、彼は左程驚いた様子を見せず、一言呟いて考え始めた。


「ロホホラ家の思惑を探るのに、彼以外の適任はいないわ。保守派もロホホラの動向を掴めていないだろうし、機会としては丁度いいと思うのだけれど。」


 彼の思考の幅を広げるため、私は理由と目的を補足する。

 すると、結論を前に彼からの質問が返ってきた。


「もう一人はアネモネ嬢をお連れになるおつもりでしょうか?」


 基本的に、賢者や有識者をはじめ、各領の領主による問題解決の審議を行う中央議会と、各領の領主による領主首脳議会には二人の同行者を連れて行く習わしがある。

 しかし、賢人議会に関しては、元々は知識者同士の知識共有の為の集会であり、要人警護目的での立会人を同行させる習慣はない。

 流れとしては、賢人議会で議論された内容を基に中央議会が開催され、そこで各領主の意見や交渉に移行するのだけれど、今回は世界の命運がかかっている為か、各領主達も参加の意を唱えたのだ。

 これにより、領主という立場でもある私は、立会人を同行させる事となっている。


「そのつもりよ。彼女も賢人会員だから丁度いいわ。」 

「なるほど。」


 アネモネが同行するのはいつもの事だし、珍しいことではない。

 今回もアネモネに同行者を兼任してもらう予定だと、私は伝える。


「もし彼を連れて行くのであれば、もう一人はワース嬢お連れになられた方がいいでしょう。」


 しかし、クゥフゥからの返答は私の考えにない内容だった。


「オブレイオン家へのカードとしてだけでなく、ロホホラへの牽制にも彼女の名は有効かと思いますよ。」


 いや、考えようとしていなかったと言うだけで、ワースのオブレイオンの名を借りて、オブレイオン家との交渉を優位に進めていけるであろう可能性も、私の中にはある。

 オブレイオン家は名家であるが故、親類縁者の数も多い。

 それらすべてが本家の意見に従う筈もなく、内々では勢力争いすら起きているからだ。

 そこを利用して交渉を優位に進める策をアネモネも推奨している。

 問題はワースの方――、というより、ワースをヴァルキュリス家に託してくれたワースの実家に対する配慮だ。


「説明をすればワースも協力してくれるとは思うのだけれど、彼女の実家も巻き込むことになるのよ。いつかは用いるカードだとしても、今それを使う時なのかしら?」


 必要とあれば協力は惜しまない。

 彼女の実家の当主も、そう口添えはしてくれている。

 だからこそ、このタイミングなのかと言う疑問が拭いきれない。


「今だからこそですよ。」


 そんな私に対し、彼は自信に満ちた声ではっきりと言い切った。


「世界の命運を左右する場だからこそ、寧ろ用いることが恩を売ることになります。また、黒騎士殿でロホホラを牽制したとしても、ヴァルキュリス対ロホホラの抗争では、他の勢力の動向次第で不利になる事もあるでしょう。そこで、オブレイオンとの関連性を見せておくことで、孤立となったロホホラは主張を通しにくくなるからです。」


 言い切るだけあり、彼の構想は素晴らしく理にかなっている。

 何より、この構想であれば、ヴァルキュリスが支払う譲歩は全く無い。

 利益のみが手元に集まり、今後の交渉も主導権を握りやすくなるからだ。

 最高の構想と言っても過言ではない。


「なるほど、最高の構想ね。貴方の考えを採用するわ。」

「ご希望に添えられたようで、光栄です。」


 彼は一礼をし、ヨークを連れて屋敷へと戻っていった。

 彼の提案を実行するためには、アネモネにも話を通しておく方がいいだろう。

 そう考えて、私はアネモネの部屋へと向かう事にした――。

ここから暫くは、帰還したソアのお話です。

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