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第33話 同衾

第33話 同衾


 レッドリバーを下山し、私達は下山してすぐの村に来ていた。

 フレディとアズンは既に発った後であったが、彼らも一度ここを訪れたのだろう。

 村に入ってすぐ、村長から置手紙を預かったのだ。

 意外とまめなやつらだと、驚きを覚える。

 手紙には感謝と、いずれ恩に報いるという思いが記されていた。


 それから、私達は村の宿に案内され、各々に一人部屋が振り分けられる。

 オーヴィ達は一泊せず、このまま近くの拠点に向かうと告げて先に出発していった。

 急ぐ必要はないはずだが、長い間拠点を留守にしていたのが気になったのだろう。

 そのため、私、ソア、ヨヅキの三人が残される形となった。


 そんな夜の事である。


「アルテミス。いるかしら?」


 ここまでの道のりを思い返していると、扉の向こうからソアの声が聞こえてきた。


「ああ、用があるなら入ってくれ。」


 これからの事での相談だろう。

 そう思い、入室を許可した。


「お邪魔するわね。」


 ソアは一言おいて入室する。

 彼女も就寝前であったのだろう、普段の装いとは違って――。

 違って――。


「……えと、ネグリジェ?って言うやつだったか。就寝前だったとはいえ、少し際どいと言うか……、何と言うか……。」


 すごく反応に困る装いだった。

 いや、寧ろ装えてない。

 大事な部分は隠せて入るものの、薄いピンクのそれから透けて見える純白。

 寝間着にしては過激と言うか、そもそも寝間着ではないのかもしれない。


「ネグリジェではなくベビードールよ。つまり、これは下着にあたるわ。」


 下着と聞いて納得する。

 が――、この状況に納得はできない。

 してはいけない――、気がする。


「ではなぜ下着姿で入ってくる。目的は……、いやそんなことより着替えてきてくれ。目のやり場に困る。」


 平静を装いつつ目を逸らした。

 ジロジロとみていると、またからかってくるに違いない。

 そう思っていた。


「寧ろ見て貰わないと困るのだけれど。これが私の覚悟なのだから。」


 そう言って、彼女は月虹石を取り出す。

 まだ石の状態――。

 つまり、契約の締結に至っていない。


「契約する条件……と言う事か。」


 そう思った。


「違うわ。これは、私と貴方の覚悟よ。」


 だが、あくまでも覚悟と彼女は言い張る。

 二人の覚悟だと――。


「これから数百年、数千年と共にするのよ。信頼関係は必要でしょ?」


 信頼関係――。

 そもそも下着姿で迫ってくる事のどこに信頼を置けば――、と突っ込みたい気持ちを抑える。

 抑えて――、覚悟の意味を考えた。


「契約する覚悟を決めるために、一晩共にすると言うのは少々自虐的のようにも思うが……。」

「残念。それも違うわ。」


 またしても予想が外れる。

 乙女心は難解だ。


「いくつか意味はあるのだけれど、その一つが信頼関係よ。」


 少し呆れた口調でソアは言う。


「女が自分の命を預けるに相応しい相手……。そんなの、体を重ねる事を許してもいいと思える程に、惚れた相手ではないとだめでしょ。」


 惚れた相手か――。

 それならば男も同じだ。

 惚れた女の為であれば、どのような困難にも立ち向かえる。

 確かに――、彼女の言うように信頼関係は重要だ。

 その点、ソアは私に好意を示してくれている。

 同様に、私もソアに対して好意がないわけではない。


 しかし――、


「覚悟の意味、ある程度理解はできたが、手記を読んだのならわかっているはずだ。昔の仲間との事も……。」


 手記に記載したのは歴史的な出来事ばかりでなく、自身の心情や仲間の事も記載していた。

 そして、当時恋仲となったアニー・ライオットと言う女性についてもである。


「知っているわ。けれど、彼女はもういないわ。」


 もう180年以上も前の事だ。

 そんな遥か昔の事を根に持っているのかと言いたいのかもしれない。

 いや、根に持っているのは自分の不甲斐なさだろう。


「生きているとか死んでいるとか、そう言う事ではなくてだな。」


 それでも、過去の恋愛話しに触れられたくなどない。

 そんな思いもあってか、少し強い口調になっていた。


「そうね。私もそう言う事を言っている訳ではないわ。」


 推測が外れる。

 ではどういう事なのか。

 それを聞こうとする前に、ソアの口から鋭い言葉が放たれる。


「ただあの人は、貴方との未来を選ばなかった。選べなかったと言ってもいいわ。でも、人としての道を選び、結果として貴方は一人になってしまった。」


 その言葉は深く刺さった。

 心残りとして、未だ整理がついていないからだろう。

 方法が見当たらなかったのだと、当時、そう割り切るしかなかった。


「あの時は方法がなかった。仕方のないことなんだ……。」


 仕方のないこと。

 納得できた訳ではないが、お互いに身を引くことを選んだのだ。


「そうね。でも今は違うわ。」


 そんな言い訳じみた言葉に同意を示しつつ、彼女は今は違うと言い切る。


「私なら、貴方の側に居続けられる。その選択を選ぶことが私にはできるわ。」


 言い切って、ソアは私に手を差し伸べてきた。

 私と共に歩む決意を示しつつ、迷宮と化した心の淀みから引き上げてくれるかのように――。


 嬉しかった。


 しかし、本当にこの手を取ってもいいのかと思う自分がいる。

 自分だけが救われてもいいのだろうかと――。


「いいのだろうか……。」


 この期に及んで不甲斐ない言葉だ。

 言って、後悔してももう遅い。

 こんな不甲斐ない私を、それでも彼女は救いあげてくれるのだろうかと、要らぬ疑心が募り始めていた。

 だが、募りつつあった疑心はすぐに雲散する。


「貴方は世界を救うのでしょ?世界を救う英雄が、自身すら救えてなくてどうするのよ。」


 心の中で、風向きが変わるのを感じた。

 心地よい――。

 そして、温かみを感じる。

 その風向きに沿って、私は手を伸ばし始めていた。


「何事も諦めなかった貴方が、自分の事となるとここまで脆いなんて。昔の仲間達もそれを知ったら驚くわよ。」


 私もそう思う。

 こんなに弱い部分を、今まで誰かに見せたことなど無かった。

 そんな私から弱さを引き出し、それを否定するでもなく受け入れてくれる。


 こんなことは初めてだった。


 距離を置くことで傷つく事を回避してきた所為もある。

 しかし、その逃げていた部分に足を踏み入れる事を躊躇わず、尚且つ私を救い出してくれたのだ。

 

 もう、自分だけが取り残される事は無い。

 永い時を共にするパートナーとして、彼女がいるからだ。

 これが、本当の意味での信頼――、否、愛と言うものなのだろう。

 差し出された手を掴む以外に、返せるものが無くなった。


「ありがとう……、でいいのかな?」


 まだ少し、照れくささが残っている。

 素直に――、真っ直ぐ向き合う為にはもう少し時間がかかりそうだ。


「どういたしまして。」


 ソアの返答を合図に、私達の距離は自然と縮まる。

 そのまま唇を重ね、想いを確かめ合うように抱きしめ合った――。






「……もうこんな時間か。」


 差し込む日差しの角度から、朝になった事を認識する。

 普段あまり深く眠ることは無いが、昨日はぐっすりと眠れたようだ。

 つっかえていたものが消え、不安が解消できたからだろう。

 ソアには感謝してもしきれない。


 そう考えつつ、支度をするために体を起こそうとして、いつもとは違う違和感に気付く。


「……。あのまま寝てしまったのか。」


 そこには、気持ちよさそうに眠るソアの姿があった。

 対峙すれば、悪魔を連想しかねない彼女だが、寝ているときは全くの別人である。

 そして、天使のような寝顔を見せる彼女の左薬指には、月虹石の指輪が虹色の光を放っていた――――。

 

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