第31話 火の大精霊と聖者の契約
第31話 火の大精霊と聖者の契約
シンシアに案内される形で、俺達は火の大精霊、サラマンドラが住まう神殿を進んでた。
「この先に大きな部屋があって、そこにディヴァインコアがあるわ。そこでサラマンドラを召喚するね。」
そう言いながら案内をするシンシア。
召喚できるのならどこでもいいのではないかと思わなくもない。
ただ、ウィンディーネの時もそうだったが、条件みたいなものが必要なのだろう。
その条件の一つがディヴァインコアであることは間違いないはずだ。
「俺達が見つけたときは、入り口なんてなかったはずだが。」
不思議そうに辺りを見回しながら、オーヴィはシンシアに問う。
「大精霊に導かれた者にしか入り口は開かれない仕組みなの。アルテミスが居なければ、ここには誰も立ち入ることができないわ。」
「そういうものなのか。」
シンシアの回答を聞き、オーヴィは素直に理解した。
いや、理解したと言うよりは受け入れたのだろう。
「着いたわ。」
そんなやり取りの後、シンシアが言っていた大きな部屋に到着した。
ウィンディーネの迷宮と同じく、中央にディヴァインコアが一つあるだけでそれ以外には何もない。
「ここが……、大精霊の住まう場所……。」
神秘的な空間に呑まれたように、ヨヅキが言葉を零す。
同じような光景を知っている俺とソアからすれば、左程感銘を受ける造りではない。
それでも、中央に大きな魔石が浮遊している光景は、不思議を抱くには丁度よさげだ。
触れると龍が現れるくらいなのだから――、とフラグになってはいけないので止めておこう。
「盟約により、我の力を依代として汝の姿をここに解き放つ……。」
そう考えていると、シンシアは何の前触れもなく召喚の為の詠唱に入った。
「虚空に朧な火が灯り、祈りをくべて大火を成す……。」
赤い光が収集され、シンシアを包み込むように陣が描かれる。
「荒ぶる炎は環を燃やし、焔と成りて汝を招かん……。」
陣の周りに赤い球が出現し、シンシアの周囲を不規則に旋回した。
「我が意を手繰り、この場に顕現せよ……。」
そして、カッと光を放ったかと思うと、何かを形取ろうとしているのか液体を思わせるようにぐにゃぐにゃと変形を見せる。
「サラマンドラ!」
そして、召喚する対象の名を呼ぶと、光は魔人のような輪郭を模って具現した。
『久しいな……、我が主よ。』
火の大精霊、サラマンドラの声はシンシアへと向けられる。
『契約者アルテムもいると言う事は、間もなくなのか?』
彼?なのかはわからないが、サラマンドラは低く響く声でシンシアへと問いかけていた。
「まだ猶予はあると思うけど、それも近いことは確かね。ただ、今回は別件であなたを呼んだの。」
シンシアはそう言い、俺へと視線を送る。
「俺の記憶を元に戻せないだろうか?」
彼女に代わり俺は本題を告げた。
いきなり元に戻ることは無いにしろ、何か手掛かりが掴めればいい。
これから人間領域へ向かう準備もあるだろうと思い、単刀直入に切り出したのだ。
『ふむ……。戻せと言うのであれば戻そう。』
まぁ予想通りの結果だろう。
ウィンディーネもサラマンドラとノームの力と言っていたのだ。
いきなり記憶が戻るようなことは無い――。
――ん?
今確か戻せると言ったのか?
『お前の記憶は我が預かっておる。すぐにというのであれば今からでも戻せよう。』
なんと、あっさりオーケーの様だ。
疑う訳ではないが、こうもあっさりだと代償とかが気になる。
「そんな簡単に戻せるものなのか?何か儀式とか……。」
『必要あるまい。精霊術を行使して行ったのだ。戻すのも精霊術でできる。』
すぐに返答され、要らぬ心配だと諭された気分だ。
『ただ、記憶の隔離を望んだのはお前自身だ。』
何……だと?
自身で望んで記憶を消したと言う事なのか?
『お前自身と言っても、心の内側に秘めた思いを我が汲み取ったにすぎないが。』
なるほど。
汲み取ったと言う事は、勝手にやったと言う事じゃないか。
つまり、望んでいない。
「ちょっとまって。内に秘めていたのならそれは望んでないことになると思うんだが……。」
『そうだったか……。ま、まぁ過ぎたことを議論しても仕方ない。早速記憶を戻すとしよう。』
謝る気はないらしい。
「話はまだ終わって……。」
『リベート!』
俺の反論を遮って、サラマンドラは精霊術を唱えた。
どこまでも強引に進めるつもりなのだろう。
こんな気持ちのままではさすがにめでたしとはいかな――――。
――っ!!
痛み?
違う――。
すごく重く、頭に圧をかけ続けられるような感覚が襲い、俺はいつの間にか膝をついていた。
「アルテミス!?」
「おい!どうした!?」
多くの情報量が雪崩れ込んできたことにより、一時的にショック状態に陥ったのだろう。
少しずつ――、少しずつ。
記憶の定着と共に、頭を襲う痛みは引いていった。
「もう……、大丈夫だ……。」
治まりつつある痛みに耐えながら、私は徐に立ち上がった。
「本当に大丈夫なの?」
「無理はよくないわ。しばらく横になっていてた方がよくないかしら?」
ヨヅキに続き、ソアからも気遣いの言葉を頂く。
「ああ、問題ない。数百年分の情報が一気に入ってきたからだ。もう記憶は定着したし、痛みはない。」
強がって言っている訳ではなく、急激に圧を受けた影響で麻痺に似た症状が出ていたが、動けないと言う程ではない。
これくらいならすぐに麻痺の効果も落ち着くだろう。
ただ、あの時の疲労感もそうだが、この体も万能という訳ではないようだ。
不老であって不死ではない。
無理が続けば壊れる可能性もあるのだと再認識する。
「まったく、余計なお節介を焼いてくれたものだ。」
私は目の前の大精霊を睨みつけた。
『ふむ。礼には及ばぬ。』
謝る気はないのか。
「私は一言も感謝を述べてなどいないが……。」
寧ろ、謝るサラマンドラの姿は想像できない。
別に謝罪が欲しいわけでもないので、この話はもうおいておこう。
「ひとまず記憶が戻ったことだし、これで一件落着でいいのかしら?」
ソアはそう言いつつ、シンシアに近づいて行った。
「そうね。アルテミス自身が問題なければ、記憶に関してはこれで大丈夫なはずよ。」
シンシアはそう言葉を返すと、掌に光を収集させる。
光が収まると、そこには虹色に輝く宝石が出来ていた。
「後は聖者として契約するかだけど……。」
契約は果たされないかもしれないと思っていたのだろう。
シンシアは少し不安げに聞いてくるが、私の中で結論は出ていた。
その不安を払拭出来ればと、即答で返答する。
「勿論協力しよう。四大精霊との契約の時から、私の気持ちは決まっている。」
「決断してくれてありがとう。必ずこの世界を守りましょう。」
シンシアは感謝を述べ安堵を示した。
そして、先程生成した虹色の宝石を、私の手に握らせてくる。
「これは月虹石と言って、私との契約の証になるものよ。」
掌を開くと、虹色に輝く宝石が一つあった。
「指輪でもネックレスでも、イメージすることでアクセサリーの形に変化し、身に付けることが可能よ。」
「なるほど。」
なら、邪魔になりにくい指輪がいいだろう。
私は指輪を連想し、月虹石に力を込めた。
「……っ!」
一瞬――、虹色の光が周囲へ広がりを見せたかと思うと、気付いた時には左の薬指に指輪として装着されていた。
「これで契約は完了よ。」
シンシアはそう告げると、私から少し離れるように後退る。
「同様の手順を行うことで、アルテミスとの眷属契約もできるわ。後は、あなた達個人個人が自らの意志で選ぶようにね。」
そう言い残し、シンシアはディバインコアへと吸い込まれるように消えて行った――。
膝をついた後のセリフは、ソアとオーヴィによるものです。
想像していなかった痛みにより、誰の声か判断できない為、誰が言ったかは記載していません。
そして、一人称が変化します。




