第30話 脱出
第30話 脱出
「この辺りで休憩だ。」
あれから暫く歩いた後、オーヴィが休憩を告げた。
襲撃があり、まともに休息が取れていなかった為だろう。
有難い判断だ。
「なら俺が起きているから、皆は休んでくれ。」
不老の効果なのだろうか、疲れを殆ど感じていない。
他者からすれば異様ではあるだろうが、こういう場合には適役だろう。
ならば活用するまでだ。
「そうさせてもらうわ。」
それを察してだろう、ソアは遠慮せずに仮眠を取り始める。
「ありがとうございます。交代が必要であれば言ってください。」
ヨヅキもそう言うと、その場に座りすぐに目を閉じた。
「オーヴィ、ホークアイ。二人も寝ていていいわ。私が見張りをしているから。」
レヴィアはそう告げ、二人に休息を促す。
「悪いな。なら遠慮なく俺は休ませてもらうぜ。」
「ありがとうございます。半時ほどで交代しますので、時間になれば起こしてください。」
オーヴィとホークアイはその提案を承諾し、各々に感謝を述べてその場に寝転がった。
俺とレヴィア、途中からホークアイとレヴィアが交代する形で、見張り役が決まる。
そして、俺は捕虜となった――、というか拘束を解いているため同行というのが正しいのかもしれない二人に対して、同様に休息をとるよう声を掛けた。
「フレディとアズンだったか?あんたら二人も休んでいてくれ。」
どこまで同行するかは分からないが、疲れで足手まといになるようなら足枷にしかならない。
情報を聞き出す為、この場で話をしておきたい気持ちもあったが、ここは先を考えて休息を与えることにした。
「すまない。俺達も交代で見張りに加わってもいいのだが。」
「ああ。元よりそうするつもりだ。アズンは先に休んでいてくれ。」
アズン、フレディの順にそう答え、アズンはその場に腰を落として目を閉じ、フレディは俺とレヴィアの方へと歩み寄ってくる。
「別に寝ていて構わないんだけど……、まぁ好きにしてくれ。」
「ああ、そうさせてもらう。」
俺の言葉に返答を述べ、フレディは俺達の目の前で腰を下ろした。
「寝ている間に何かされるのは怖いからな。」
「そんな事するか!」
冗談で言っているのだろうが――、まぁ不安にはなるだろう。
だが、寝ている間に手を掛けるくらいならわざわざ助けたりしない。
それとも別の意味を含んで――、いや、止めておこう。
それから数時間、俺達は休息をとることとなった――。
休息を取り終え、俺達は再び地下道を歩き始めた。
人の手によって作られた地下道だけあり、魔物との遭遇は全くない。
只々同じような景色が続く中を、出口に向かって歩いていくだけだ。
「今回の依頼は危険だと言うこと以外、俺達は何も聞かされていない。」
道中、アズンは淡々と話し始める。
「作戦の指揮はフレディに一任され、俺はその補佐に抜擢された。」
二人が中にいることを知っていながら、建物ごと焼き尽くす方法を取った仲間達。
仲間から裏切られた思いもあってか、二人は事の詳細を話す気になってくれた。
と言っても、黒幕については何の情報も持ってはいないみたいである。
「作戦の指揮は任されたが、作戦を用意したのはリーダーとスレイだ。」
アズンだけでなく、フレディも付け加えるように答えた。
「なるほど。アブルードとそのスレイというやつに聞いてみないとこれ以上は分からないか。話してくれてありがとう。」
そう答えて考える。
魔王城の時もそうだが、実行役に詳細な情報を持たせないという手法は実に見事だ。
傭兵団という事だったが、寄せ集めというような類ではないのだろう。
「礼はいい。あのままでは俺達は死んでいたんだ。助けて貰ったのは寧ろこちらだ。」
「受けた恩は必ず返す。ガキの頃に助けて貰ったアブルードにも、あんたらにもだ。」
ありがとうと言うフレーズに対し、アズン、フレディと続けて反応してくれた。
二人とも根っからの悪という訳ではないのだろう。
幼少の頃に受けた恩からアブルードに従事し、今回の事で俺達に恩義を感じてくれているのだ。
そもそも二心を抱けるようなタイプでもないのだろう。
「出口に着きましたよ。」
レヴィアの言葉でふと気付くと、どうやら考えている内に出口へと到着したみたいであった。
長時間暗い中を歩いてきたためか、久々の光に目が眩む。
「凄い絶景ね。」
少しずつ光に慣れていく中、ソアの言葉が耳に入った。
「こんな場所があるなんて……。それに、見た目と違ってあまり暑くない。」
続けてヨヅキも、驚嘆のあまり言葉を零している。
二人が驚くほどの景色だ。
気にならないはずがない。
ようやく慣れてきた目で、俺もその光景を確かめる。
「赤い……、あれは川か?」
茶色一色の切り立った渓谷。
その中心を、絶壁の岩肌に沿って勢いよく流れる落ちる赤い水流。
火山から溢れ流れる溶岩とは違い、遠目にも粘度を感じない。
なにより、ヨヅキの言う通り熱気は無いのだ。
「俺達はここをレッドリバーと呼んでいる。たぶん誰もこの場所に来たことがないはずだ。」
俺の疑問に答えるように、オーヴィが解説する。
「川が赤いのはこの渓谷地質がそうさせているんだそうだ。火の微精霊を含む岩があちこちにあるからな。それが赤色の正体だ。」
なるほど。
水が赤色という訳ではなく、岩の色で赤く見えていると言う事か。
「それなら安全に移動できそうだな。」
「問題ないと思われます。」
危険はなさそうだと判断し、ホークアイからお墨付きが出る。
「それなら、フレディとアズンの二人とはここで別れて、私達は目的の場所を目指しましょう。」
ソアがそう言うと、名を挙げられた二人はオーヴィへと体を向けた。
「襲撃した俺達をこのまま逃がしてくれるのか?」
アズンは不思議そうな面持ちで尋ねる。
「ああ。こっちに被害はないからな。屋敷も元々迎撃する為の罠として用意していたものだしな。」
「せっかく助かったのですから、これ以上事を荒げるのは下策でしょう。」
オーヴィに次いでホークアイが答え、二人は深く頭を下げた。
「ここから山道に沿って西へ進むと小さな村があります。その村まで行けば元の場所まで迷わずに行けるはずです。」
レヴィアは帰る道を説明する。
「この恩はいつか必ず返す。あんたらも道中気を付けてな。」
フレディがそう言うと、二人はそのまま背を向けて説明された村を目指して歩き出した。
願わくば、再戦はしたくない。
次に会う時は味方としてこちら側に立ってもらいたいものだ。
「それじゃあ俺達も出発しよう。」
二人の姿が遠目に見える程になり、俺は出発の合図をする。
目的の場所まであとどれくらいかは分からないが、再スタートを切るには丁度いい。
そんな心境だ。
「出発する必要はなさそうよ。」
そう意気込んでいた矢先、ソアから待ったの声がかかる。
「どういう……。」
どういうことなのかと聞こうとして、彼女が川を挟んで向こう側の一角を指さしていることに気付いた。
「なるほど、ここが既に目的地なのか。」
彼女が指示していた先にあったもの――、否、人物を発見する。
そこにいたのは、ウィンディーネの迷宮で別れたシンシアであった――。




