第27話 圧倒
第27話 圧倒
*** ??? ***
先程まで、共にそこにいた――。
この松明を見て、標的はどう出てくるだろうか、出てこないまま宿屋ごと燃やされるのを待つのだろうか等と、ヒソヒソと言葉を交わしていた友の姿は、今この場に存在しない。
人が歩く道ではないと主張するように、侵攻の妨げとなって無作為に並んでいた木々も、偶然その場にあった大きな岩から小石に至るまで、それら全てを巻き込んで、その一帯は消滅した。
「な……、何なんだよあれは!?」
何が起こったのか理解できないとばかりに、何処からともなく不安の言葉が零れる。
「死ん……だのか?」
「いや、消えたぞ!さっきまでそこにいたんだ!」
「どうなっているんだ!?」
不安と焦りの声。
悲痛な思いと絶望感を纏った声である。
まるでドミノ倒しのように、喪失感のような負の連鎖は広がった。
「何なんだよ……。あんなのと殺り合うのか?」
「殺り合うとかじゃない。あんなの……一方的にこっちがやられるだけじゃないか!」
「こっ、こんなところで死にたくない!」
「俺も降りるぜ。今ならまだ逃げられる!」
無となった空間のすぐ両隣から順に、松明の灯が規律無く散開する。
戦線を離脱する者や逃げ惑う者が現れたのだ。
そして、その光景は松明の灯の動きによって、アルテミス達にも伝わることとなる――。
*** アルテミスの視点 ***
こちらに向かって、じわじわと詰め寄って来ていた松明の灯は、ぴたりとその動きを止めた。
そして、アブソリュートが撃ち込まれた無の空間――。
その周辺では、灯が無造作に後方へと下がっていくのが見えた。
間近で見た者は恐怖で撤退し、基点から遠くになるにつれ、事態を把握できずに足止めを食らっているといった所だだろう。
恐怖は徐々に浸透し、足並みは大きく乱れるはずだ。
一度そうなれば、止める手立てはない。
恐らく、初めはソアもそう考えていたはずだった。
「……少ない。」
暫く様子をうかがっていたが、再度侵攻してくる動きも、追加でその場から逃げ出す者もいない。
その為か、ソアにしては珍しく予想外と言った様子だ。
「もっと広範囲で雲散すると思っていたのだけれど、全体の1割程度しか逃げ出さないみたいね。」
ソアの分析から、決して烏合の衆ではないことが分かる。
各々が安易に逃げ出さないという事実が、それを肯定していた。
「動きが欲しいなら、俺が奴らの相手をしてもいいぜ。」
予想通りではないことを察し、オーヴィが提案する。
しかし、不用意に敵の前に出るのは得策ではない。
「こちらから出るのはやめた方がいい。動かすにしても、ここから引き離す方向で動かさないと意味がないんだ。」
今回のプランは牽制。
侵攻を止めている事自体は成功しているんだ。
後は撤退させつつ、黒幕を知っていそうな指揮官クラスを特定し捕縛すればいい。
彼女の中でのシナリオは、多分こんなところだろう。
「……仕方がないわね。気は乗らないけれど、もう一度放つしかないみたいだわ。」
そのシナリオを目指すためには二発目が必要だと判断し、ソアは再度精霊の力を集めだした。
それを確認し、俺も再度彼女への攻撃を阻止できるよう備える。
しかし、未だ相手は混乱しているのか、或いは対抗策がないのか、彼女に対して攻撃が開始される事は無かった。
「反撃してくれれば、少しは……。」
少しは気が楽に――、と聞こえたような気がしたが、あまりに音が小さかった為、全てを聞き取ることができない。
ただ、そんなセリフが彼女の口出たことに対し、俺は少し胸が重くなった気がした。
『アブソリュート』
悲痛な思いを、一身に背負うには小さいその背に、似合わない程強大な精霊術を彼女は行使する。
複雑で――、辛い心境のはずだ。
それを皮肉る様に、狙い定めた場所には鮮やかな紅蓮の魔法陣を具現する。
そして刹那――、一刻の猶予も逃れる術すらも与えず、只々無慈悲に――、紅蓮の光はそこにある全ての有形を焼き払った――。
*** ??? ***
「怯むな!建物ごと焼き尽くせばこちらに勝機がある。」
烈風の剣三剣士の一人、フレディが咆哮する。
強気の発言だが、明らかに劣勢であることは変わらない。
たった二発――、されど強大な力を目の当たりにし、状況が著しく悪化している。
アブルードの言っていた規格外は、正にこちらの想像をも超えていたようだ。
「フレディ、俺が先行して引き付ける。後は頼んだ。」
後方から駆け寄ってきたアズンは、フレディにそう告げると仲間数名を引き連れ、躊躇いなく建物へと駆け出す。
それは、この状況を少しでも変えようと言う試みのようだ。
「アズンが道を切り開く。俺達も後に続くぞ!」
「「うぉぉぉおおお!!」」
それならばと、アズンの意思をくみ取りフレディが号令をかける。
咄嗟に仲間の意図をくみ取れるのはさすがと言っていい。
虚勢でも何でも、この状況に変化をもたらすための鼓舞であれば足りる。
ただ咆哮することで気持ちを奮い立たせ、一矢でも二矢でも報いたい。
その思いからの、無茶だが戦士として気持ちの良い攻勢であった。
「火はここに置いていく。辿り着いたものから潜入し、各個撃破にあたれ!」
ただ攻勢をかけるだけでは無駄死にになりかねない。
圧力を増すための松明であったが、居場所を特定されやすいデメリットはこの際捨てるのが賢明と判断したようだ。
居場所を分かる様にすることで誘き出す作戦も、宿屋ごと焼き払い出てきたところを叩く作戦も失敗した今、本来得意とする暗殺に切り替えた方がまだ勝機がある。
そう考えての行動だろう、フレディは闘志を駆り立てた仲間と共に、先行するアズンを追いかけて行った――。。




