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第26話 バラックの宿屋

第26話 バラックの宿屋


 俺達がたどり着いた小さな町、バラック。

 継ぎ接ぎして修復したような民家が立ち並ぶ、一見貧民街を思わせるような町並み。

 贔屓目に見ても市場とは到底言えない程寂れた市場。

 娯楽施設など皆無であろうと思わせる景観を見渡しながら進んだ先に、見栄えの良い屋敷が一軒だけ、その堂々と佇む様が存在感を露わにしている。

 簡潔に言い表すなら、廃墟の中のお城の様だ。


「今日泊るのはあの宿屋だ。」


 不安を抱かずには居られない様な景観の後、オーヴィの言葉と共に示されたお屋敷。

 あれだけ立派な宿屋であれば安心して眠れるだろう。

 そう思っていたのだが――。


「この上ない程胡散臭い造りね。堂々としている分、抑止にもなっているのかしら……。」


 ソアの感想で、先程抱いた安堵が急遽不安へと変貌する。


 危険の中に一か所だけ、安全地帯が堂々とある状況を想像して欲しい。

 何も考えなければ、迷うことなく安全地帯へ踏み入るだろう。

 だからこそ、その場に誘導されているのではないかと疑念が生まれるのだ。

 胡散臭さの元はここからきているのだろう。

 だが、無闇矢鱈に不安を煽らないでほしい。


 浮かび上がった不満を言葉にはしないものの、落ち着かない気持ちのまま歩みを進め、宿屋の前まで辿り着く。


「……すごい。」

「改めてみると大きいな。」


 ヨヅキの感嘆に釣られて、俺も言葉を零していた。

 声に出てしまう程、宿屋はとにかく大きい。

 目立った装飾は施されていないが、それが無くても立派な造りである。


「見てねぇで入るぞ。」


 あまりのスケールに足が止まっていたが、オーヴィの一声を合図に、俺達は宿屋の中へと入っていった。


「ようこそバラックの宿屋へ。この宿屋を営んでおります、レヴィアと申します。」


 宿屋に入ってすぐ、歓迎の言葉と共に女将らしき女性が姿を見せる。

 赤み掛かったような茶色の長い髪に、翡翠を連想させる緑の瞳。

 落ち着いた紺色の、英国風ワンピースを連想させる服装で、決して気取らない中に垣間見える女性としての威厳のような雰囲気を醸し出していた。


「宿屋のフリはいい。それよりも、各個撃破のプランで網を張る。こいつら全員強ぇからな。」


 レヴィアと名乗った女将の挨拶を殆ど聞き流し、オーヴィはスパッと指示を出す。

 知り合いと言うよりは、どうやら夜盗の仲間のようだ。

 釣りがどうとか言っていたが、これから何かをするのだろう。

 とりあえずここが宿屋ではないと言う事は俺にも理解できた。


「わかりました。二人一組を考えていましたが、それでは各々に個室を用意しますね。」


 レヴィアはそう答えると、ソア、ヨヅキ、俺の順に手早く部屋割りを決める。

 先程の女将の演技から、なんとも素早い切り替えだ。


「ホークアイ、三人を2階の各部屋に案内してください。」


 そして、彼女の声で、セミロングの黒髪にキリっとした青い瞳の顔立ち、首周りにファーコート並みの獣の毛をあしらった漆黒のチェスターコートのような服装の少年が、奥から姿を表す。


「わかりました。私について来てください。」


 丁寧に答えた少年――、ホークアイは、レヴィアの言葉に従って俺達を部屋まで案内してくれた――。




 その夜――。


 部屋へ案内された後、一度1階の食堂の様な場所に集められる。

 そこで食事を取りつつ、釣りと呼んでいた敵を罠に嵌める作戦が話された。

 勇者襲撃や魔王城への刺客などを考えると、追手を差し向けてくる可能性は高いと考えられる。

 その予測から、予めこの地にて敵を誘い込み、一気に黒幕を叩くと言う作戦をオーヴィは立てていたようだ。

 それも、魔王城襲撃を知らないダイスが護衛を依頼しに来たときにである。

 武勇だけでなく、彼は知略にも明るいようだ。

 本当に心強い。


 罠についての話しが終わり、俺達は休息を取る為、各々部屋へと戻っていった。

 開けられた窓からは心地よい夜風が吹き、虫の音が心を落ち着かせる。

 月と星の光が淡く室内を照らし、眠るには最適の条件がそろっていた――。




 しばらくして、ふと虫の音が聞こえなくなっていることに気付く。

 そして、静寂な闇の中に、松明たいまつの様な灯が一つ、二つと徐々に浮かび上がってきた。


「やっと来たか。」


 各自、各々の部屋からその灯を認識し、今頃敵襲に備えているだろう。

 オーヴィの予測通りだが、どうも腑に落ちない。

 夜襲を掛けるなら闇に紛れるのがセオリーだと思う。

 松明を使ってはここにいるぞと言わんばかりに目立ってしまうからだ。

 だからこそ、この松明は不気味に思えてしかたない。


「どうやら誘っているみたいだ。」


 窓際とは反対の位置にある、部屋の扉の方から声が聞こえ、俺は振り返る。

 そこにはちょうど扉を開いたばかりのオーヴィの姿があった。


「松明で居場所を伝え、そこに誘き寄せて叩くつもりみてぇだ。」


 そう言いながら、彼は歩み寄ってくる。


「わざわざ出なくても、ここからなら精霊術で狙える。相手が罠を張っているならこちらはそれを逆手に取るべきじゃないか?」


 隣に並んだオーヴィに俺はそう告げたが、彼は少し考えた素振りを見せていた。


「元々こっちは攻めて来られてもいいように罠を張っている。それを見抜いてか、向こうは誘い出すことでこちらの罠を回避しつつ自分たちの戦いに持ち込むつもりだろう。遠距離で片が付くならそれでもいいが……、それすら誘いじゃねぇのかと思える。」

「打って来いと言う事か。……たしかにそれもあり得るか。」


 オーヴィの意見に納得を示す。

 しかし、納得はしたものの、このまま手を打たずに見守るのは後手に回るようなものだ。

 何か返す手が無ければ相手のペースに嵌ってしまう。


「この際だ。広範囲に精霊術を放って包囲網を敷けない状態にするか、堅固に守りつつ当初の予定通り誘い込んでの撃破か。」


 状況を考え、オーヴィは新たにプランを立てた。

 どちらも相手の思惑に乗るような形ではあるが、その思惑の範囲外――、相手の想像以上の広範囲に被害を与えるか、相手の想像以上の守りを見せられるかが重要となる。


「どちらにせよ、相手の想定を超えなきゃならねぇが、黒幕を炙り出すにはちょうどいい。」


 オーヴィはそう言うと、腰に携えていた剣に手を掛けた。


「まぁ、攻めか守りかなら、俺は攻めの方が性に合っているがな。」

「オーヴィらしいな。ならこちらから仕掛けた方がよさそうだ。」


 仕掛ける方のプランを選択する。

 どちらにせよ、相手を撃破しなくてはいけないのは変わらない。

 ならば、先に数を減らしておく方が戦いやすいと考えたからだ。

 そう考えての事だったが、ふと後ろから別プランが告げられる。


「仕掛けるのはいいけれど、この場合は攻勢に出るのではなく、あくまでも牽制がおすすめよ。」


 声の主はソアであった。


「と、言っても相手に恐怖と想定外の楔を打つ必要があるわ。広範囲よりも高威力で威圧的な、相手の戦意を刈り取るくらいのね。」


 そう言葉を続けつつ、ソアは俺達の元へと歩み寄り――、そのまま俺達の間を通り過ぎて、半開きの窓を開け放つ。

 そして、彼女は漆黒の翼をその背に具現させた。


「一体何を……。」

「アルテミス、あれを使うわ。精霊力を蓄積している間、私の身を守って頂戴。」


 何をするのかと言いかけたところで、ソアからの指示が出される。

 水龍との戦いで見せたあれを使うみたいだ。


「分かった。」


 了解を伝え、俺は迎撃に備える。


「何か面白そうなものが見れそうだな。」


 その様子を見て、オーヴィは期待を口に出していた。


「全く面白いものではないわ……。今から見せるのは、……喪失よ。」


 そう言葉を残し、ソアは窓から飛び立つ。


『トラップディストラクション』


 ソアが宵闇へと飛び立って直ぐ、俺は緑光を集束させて彼女の足元に防御用の陣を作り出した。

 突如として現れた漆黒の世界に浮かぶ天使――、と言うよりは悪魔に見えなくもないであろう少女。

 足元の光がその存在感をより鮮明にさせ、周囲を囲む松明は、持ち主の動揺を示すかのように揺らぎ始めた。

 何かが来ると言うのは理解できるが、その威力や場所が分からない。

 来る前に仕掛けるか、或いは大した事など無いのかもしれないが、現状では恐怖よりも興味――、不安よりも好奇心が勝っているかのようであった。

 その為、相手は何もしかけて来ない。

 何もないまま、ソアの精霊力充填が完了に至る。


『アブソリュート』


 彼女の言葉が合図となり、前方の空中に紅蓮の魔法陣が出現した。

 範囲は分かりづらいが、取り囲んでいる松明の数は三十を軽く超えているようにも見える。

 そして刹那――、強く発光したかと思うと、そこには明り一つ無い漆黒の空間が生まれていた。

 宿を取り囲むように包囲していた松明が、その場所だけは灯っていない。

 悲鳴も音もなく、初めから何も無かったかのように、夜と同じ漆黒がその場に作られたのだった――。

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