第0話 召集される紡ぎ手達 その3
第0話 召集される紡ぎ手達 その3
――カツーン、カツーン――
石造りの床と壁が音を響かせる。
――カツーン、カツーン、カツーン、カツーン――
テンポよく音を響響かせ、薄暗い通路を進む一人の少女がいた。
少女の名はソア・ヴァルキュリス。
この世界、人間が滅ぼされ妖魔と呼ばれる種族だけになった世界で、最強の力を持つ妖魔である。
絶対的な力と誰もが見惚れるほどの美しさを持ち合わせ、それは、到達し難い頂に咲く、絢爛豪華な真紅の花を連想させた。
そんな彼女は今、とある場所を目指していた。
否、期待していると表現したほうがいいであろうそれは、物理的に行くことが不可能な場所である。
しかし、世界の頂を手に入れてしまった彼女にとって、その期待の他に目的を移すことなど不可能であった。
彼女が望めば、この世界にある全てのものは容易に手に入るのだ。
それが単に“モノ”であろうが人物であろうが同じことである。
故に、手にし難いものというのは、彼女にとってとても価値あるものに見えるのだ。
――カツーン、カツーン、カツーン、カツーン――
「いったいどれくらい進んだのかしら?」
同じような景色が続く石造りの通路を何時間と歩み続け、彼女は言葉を漏らした。
無論、1人でこの場へ赴いているため、答えてくれる者はいない。
ただ分かるのは、既に50階程階段を下っていることぐらいだ。
終着点が何階層なのかも、この先どれだけ続いているのかも未知数である。
言葉を漏らしてからも、何変わらぬ似た景色の通路を進み続け、更に20階程階段を下った時だった。
変わり映えしなかった通路で、ようやくソアは異質な物体、否、現象を目の当たりにする。
「あれは何かしら?」
同じ景色の中、一部だけ歪みが生じたように、ぐにゃりとまるで水晶玉越しに景色を見ているかのような空間が見えた。
見たことも聞いたこともない。
亡き父と母が生前に戦ったとされる、世界の知識の集合書、グリモア制作戦争で著されたグリモア全7巻にも載っていなかった歪の正体。
それを確かめようと、ソアは手を伸ばす。
「―――っ!!」
その歪に触れた瞬間、抗えないほどの吸引力に驚く間もなく体を持っていかれる。
しかし、心の中に灯るものは恐怖や不安の気持ちではなく、望んでいたものに近づくのではという大きな期待であった。
「さて、私をどこへ連れて行ってくれるのかしら――……。」
最後につぶやいた言葉が、石造りの空間に残響音として淡く響き渡り、ソアの姿はその場から消えていた――。
プロローグはここまで。
次回より(やっと)本編になります。