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第22話 精霊を纏う剣

出立から数日――、気づくと周りは魔物だらけになっていた。

第22話 精霊を纏う剣


 オーヴィの話によると、妖魔領域では人間領域に比べて魔物が多く出現する傾向にあるとの事であった。

 元が人跡未踏の未開拓地域であった為、魔物間での食物連鎖以外に脅威となる存在がいない為である。

まあ――、人間領域を知らないオーヴィが誰かから聞いた噂程度の話なのだが、俺も記憶がない以上真相は分からない。

 わからないのだが――。


「……さすがに多すぎじゃないか?」


 襲い来る魔物の数々を既に数十匹は屠っていた。

 何ならこのまま三桁に届く勢いである。

 俺はこの現状を十分に鑑みた上で、オーヴィに確認をとったのだ。


「たしかにそうだな。ざっといつもの十倍くらい出てきてやがるな。」


 その問いに対して、オーヴィは落ち着いた様子で淡白に答える。

 いつもの十倍。

 どう考えても異常な事態であるはずなのだが――、その異質さを全く感じさせない程冷静に、一匹――、また一匹と、彼は着実に剣で仕留めていた。


「いつもと違うと言う事は異常ではないのかしら?それなのにやけに落ち着いているわね。」


 焦る様子やおかしいと言った素振りを全く見せないオーヴィに対して、ソアは呆れ半分で突っ込みを入れる。


「焦っても仕方ねぇからな。それよりも……、こう言う状況だからこそ、お前達の力を見るには丁度いい。」

「なるほど、そう言う事ね。」


 返ってきた返答とその様子から察するに、彼は戦闘を楽しむタイプと言う訳ではないようだ。

 また、終わりの遠い討伐や危機に対して焦りや絶望を抱くことは無く、様々な状況を有効利用しようとする頭脳型のタイプなのだろう。

 ならばこの状況――、逆にこちらが彼の力を見る機会として活用できなくもない。

 寧ろその方が、後々都合がいいのではないだろうかと、俺だけでなく彼女なら考えているはずだ。


「これくらいの数なら一瞬で消すこともできるのだけれど、私としては貴方の力も見ておきたいかしら。」


 予想通り、早速彼女は状況の有効活用を開始する。


「そうだな。俺もオーヴィの力を見てみたい。」


 俺はそれの実現の為に、言葉を合わせてオーヴィの回答を待った。


「俺の力……、まあいいか。それじゃあ、ある程度離れてな。じゃねぇと巻き添えになっちまう。」


 突然の振りに、少し考えを巡らせるようなそぶりを見せたが、直ぐにオーヴィは承諾する。

 長々と考え込むことは無く、殆ど即決に近い。

 決断力もある、優れたリーダーなのだろう。

 そう考えているうちに、オーヴィは魔物の群れの中へと切り込んでいった。


蛇進だしん


 地に着けた刃を突進の勢いのまま振り上げ、彼はうねうねと蛇行する斬撃を前方に放つ。


鷲来しゅうらい


 その流れで、振り上がった一本の剣ともう片方の剣を交差して構え、上部から素早く振り下ろした。

 クロスした斬撃はさらに前方の魔物を刈り取り、彼の進路を切り開いていく。


鼠駆そく


 前方だけでなく、周囲への牽制も怠らない。

 振り下ろしていた剣を交互に数回、体を回転させつつ振り払い、四方八方に斬撃を散らす。

 ランダムに着弾する斬撃に勢いを削がれ、彼に襲い掛かろうとしていた周囲の魔物の速度が落ちた。

 この機を逃さず、二本の剣を巧みに扱い、真っ直ぐ――、深く――、多くの魔物を引き付けるようにして進んで行く。


「これだけ入り込めば十分か。」


 ある程度入り込んだところで、彼は足を止めて二本の剣に力を込め始めた。


『サンダーコート』


 すると、黄色い光の玉が剣に纏わりつくように集束し始める。

 光の玉は結合していき、剣全体をコーティングしていった。


「それじゃあいくぜ。よーく見ていな。」


 彼は少しばかり楽し気にそう言い放つと、二本の剣を頭上で交差させる。

 そして――、


雷爪隼らいそうはやぶさ


と、声高に吠えつつ一気に両方の剣振り下ろし、雷の精霊の加護を得た――、正に隼を連想させる程の素早くも鋭い斬撃の爪が、周囲一帯の魔物の群れを蹂躙するように屠っていった。

 斬り捨てられるというよりは、雷の衝撃で弾け飛び、散り散りになって消滅するという言い方が正しいであろう。

 消滅を免れ千切り捨てられた部位ですら、黒焦げの消し炭のように脆くなり、それが幾つもその場に転がっていた。


「なんだか惨いな……。」


 無残な有様となった魔物の残骸を見て、いつの間にか言葉が漏れる。

 隣で見ていたソアも頷いて同意を示していた。

 そんな中、意外な所から興味を表明するような言葉が放たれる。


「今の技、私にもできますか!?」


 同じく剣を武器として戦う、ヨヅキであった。

 その言葉を受け、オーヴィはすぐさまヨヅキへと歩み寄りながら答える。


「自身の属性を理解していれば誰でもできるはずだぜ。なんなら残りの魔物で練習すればいい。」


〝――えっ!?″


 一瞬、残された魔物達の心の声が聞こえたような気がしたが――、多分聞き違いだろう――。

 先ほどの威力を見て、魔物達に感情移入してしまった所為で、勝手にそう聞こえたと錯覚してしまったに違いない。

 そう言う事にしておこう。


「なるほど、勇者の嬢ちゃんは水の適性か。風も少し入っている気もするんだが、とりあえずは水の精霊の加護を剣に宿すところからだな。」


 俺の勝手な妄想を差し置いて、オーヴィとヨヅキの剣技の話はどんどん進行しているようだった。


「さっきので八割くらいは削れたみたいだし、あとは二人に任せて私達は休んでいましょう。」

「……それもそうだな。」


 特にやることも無くなったと、ソアが休憩を提案し、俺は少し考えながらもそれに賛同する。

 こうして、オーヴィとヨヅキの特訓は、日が沈む頃合いまで続くのであった――。





 精霊を纏うことにより、武器や防具は属性効果を得、属性効果を得た武器はその属性の力を揮い、防具はその属性の衝撃を打ち消すことができる。

 オーヴィが唱えた〝サンダーコート″の精霊術により、オーヴィの刀に雷の属性を付与した。

 攻撃的な精霊術とは違い、戦士などが戦場で使うために編み出された術である。

 起源は諸説あるが、戦国時代と語り継がれている、ネウス国、メノウ国の二強の時代から武技として使われてきたとされ、歴史の書物にもそれらしい事が記載されているとのことだ。

 精霊の力を失ったヨヅキの世界に伝わっていなかったのは、実用性がなかったからだと推測できる。


『アクアコート』


 薄暗い中、見渡す限り魔物の屍で埋め尽くされた草原――、否、戦場後で、殲滅を果たして尚、焚火の炎を頼りに鍛錬に勤しむヨヅキの姿があった。


『止水一閃』


 横一閃に振り払い、水圧を凝縮した斬撃が彼方へと――、宵闇に消える。

 以前に魔王城近海でみた時とは威力も速さも段違いになっており、目に見えて成長していることが分かった。


「この調子だと、戦力としても期待できそうね。」

「ああ、そうだな。」


 ソアの言葉に同意を示す。


「まだまだ粗削りだけれど、あのオーヴィの指導もあってか、力だけじゃなく動きや立ち回りも上手くなってきているわ。」

「元々素質もあったみたいだな。途中から目だけじゃなく、気配で魔物の動きを追っていた。オーヴィの指導も凄いが、ヨヅキはまだまだこれからも強くなるだろう。」


 鍛錬を続けるヨヅキと、それを指導するオーヴィの姿を観察しつつ、俺達は各々に高評価を並べた。

 離れた場所で団を取りながら、ヨヅキとオーヴィを見守りつつ会話を続ける。


「それと、眷属契約の事だけど、私とヨヅキに加え、候補者が増えてくれるのは好都合ね。」


 眷属契約。

 シンシアが言う聖者としての責務を果たすには必要不可欠になってくる契約だ。

 現状は未契約であるが、いずれソアとヨヅキとは契約を果たす事になるのだろう。

 その件に関して、いつかはヨヅキにも話さなくてはいけない。

 必要があれば、三人目、四人目の契約もあり得る。

 また、黙秘する必要性の有無や契約の方法など、この件に関して問題は山積しているのだ。

 その中の一つ――、契約人数と目的を果たすために必要な人数に関するソアの言葉を受け、俺は自身の考えを述べる。


「今の所、三人目契約は考えていない。ヨヅキの件に関しても、彼女が拒むなら契約はしないつもりだ。」

「契約をした者は人の理……、寿命という概念から切り離される。人として生きる幸福を貴方の一存で奪うことはできないといった所かしら?そう言う優しさとか気遣いは貴方らしいわね。」


 俺の考えを予想していたとばかりに、ソアはやはりと言った表情でこちらを見ていた。


「勿論これはソアに対しても同じだ。ソアが望まないなら、無理に契約しなくてもいいからな。」


 だからこそ、契約のリスクを知る彼女に、俺はそう告げる。

 リスクを知って尚、俺を支えようとしてくれている彼女に対し、人としての幸せを失ってほしくないからだ。

 しかし――、いや、だからこそなのだろう。


「心配しなくても大丈夫よ。例え誰もが拒んでも、私だけは貴方の隣にいてあげるわ。」


 ソアは躊躇なくそう言ってくれた。

 断片的にであろうが、俺の過去を知っているからこそ、どう考えているか予測できるのだろう。

 行動パターンを読まれている様で複雑な気分だが、記憶を失う前と今とで、俺の性格は本質的に同じだと言う事は確認できた。


「いてあげる……、なのか。やっぱり上から目線なんだな……。まぁ協力してくれるならいいか。」


 そう呟いて、俺は焚火の方へと視線を移す。

 それ以降、会話は途絶えることになった。

 何をするでもなく、只々焚火の炎を見つめる。

 こうして、ゆっくりと時間が流れて行った――。

戦国時代の出来事はいずれ…。

(物語ではなく歴史書形式で書く予定。)

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