第20話 宵闇の訪れ
第20話 宵闇の訪れ
*** ソアの視点 ***
夜更けの清閑が極まりに至った頃――、その静寂の水面に小石を投じるかのように、突如として負の波紋が広がる。
その波紋が伝わってくる間隔は、次第に短く小刻みとなり――、あと数刻の内にでも、何らかの脅威が迫りくる事を知らしめようとしていた。
「無粋……、軽薄……、愚昧。」
迫りくる脅威の気配を察知し、私は悪態を並べつつ起き上がる。
機嫌は最悪。
長時間休息を取れていなかった所為で、疲労がかなり溜まっていたからだ。
何より、夜更かしは乙女の肌よくない。
「予想通りと言えばそれまでだけれど、他の手段を考えなかったのかしら?」
貴重な休息の邪魔をした対価は大きい。
しかし、不意を突かれたという訳ではなく、悪い予感が当たったというだけの話である。 そう、あくまでも想定通りだ。
「でも、……まぁ、単独なのか共闘しているのか、これではっきり判るわ。」
魔王城近海での戦闘から城内でのやり取りまでの事象を考えると、夜襲の可能性は非常に高い。
問題なのは、魔王と夜襲犯が繋がっているかどうかというところが最大の焦点となる。
繋がっていなければ共闘して殲滅すれば良し、繋がっているのなら大規模な戦闘に発展するのは必至ね。
出来れば後者でないことを祈りたいものだわ。
そんな杞憂を払うように、下着姿の状態から手早く身支度を整える。
「さてと、私はどちらの戦場へ行こうかしら……。」
支度をしながら、私は敵の狙いを考えていた。
敵の狙いはヨヅキに間違いない。
本来なら待ち伏せがいいのだけれど、待ち伏せを察知されて行動を変更される方が厄介になる。
まぁ、それならそれで手がないこともないのだけれど――。
この場合、私が陽動を演出し、本命はアルテミスに任せるのが上策ね。
「派手な演出が必要かしらね。」
そう確信を得て、私は月夜に映える、フリルをあしらった真紅のワンピースドレスを身に纏い、背には【漆黒の翼】を具現させ、勢いよく窓から外へと飛び出していった――。
*** アルテミスの視点 ***
俺は異変に気付き、いつでも出動できる準備を整えていた。
隣の部屋から窓が開く音が聞こえる。
多分、ソアが気配に向かって飛び出していったのだと推測ができた。
出会って左程長い時を一緒にいた訳ではないが、深く時間を共有した間柄だと言えるだろう。。
彼女の考えはある程度なら予想がついた。
「こっちは任せたと言う事かな。」
彼女が攻めを展開するのであれば、自身が補助に回る。
逆に自身が主戦を握るのであれば、彼女は補助に徹するはずだ。
ならば――、襲撃の標的がヨヅキである可能性の高い今回の件に関しては、おおよそ後者であると判断できる。
「まずはヨヅキと合流して、それから防御の展開と反撃の用意も必要かな。」
これから遂行すべき行動を言葉にして確認し、躊躇なく廊下に出た。
鉢合わせる可能性もあったが、注意が自身に向くことでヨヅキの危機を回避できるのなら寧ろ都合がいい。
しかし、廊下には人の気配は全くなく空振りに終わる。
それならそれで問題はない。
俺ははヨヅキの部屋の前に立ち扉をノックした。
「ヨヅキ、起きているか?」
数秒待ったが返事は返ってこない。
思い返せば、海上での交戦から魔王城での出来事など、疲労が蓄積していたのだろう。
勇者としての責務を背負っていた事を考えると、その重圧によるストレスは決して小さくない。
睡眠を邪魔せず全てを片付ければ問題ないだろう。
そう思い、ドアノブに手を掛けて徐に扉を開いた。
「このまま入る……、あ……。」
扉を開きつつ、小声で言葉を繰り出した途中で俺は硬直する。
硬直の原因――、それは、扉を開いた先に――、今まさにベッドから起きて着替える為、下着姿になっていたヨヅキと視線が重なったからであった。
眼福――、否、この後は地獄が待っているに違いない。
「えっ!?」
当然――、視線が重なった為、ヨヅキは俺に気付く。
寝起きでまだ冴えていないのか、しばしヨヅキは硬直していた。
それでも、寝起きで下着姿の自分、目の前には俺の姿、下着姿の自分を見られていると言う事を順に目で追っていき、彼女はようやく理解する。
「ちょっと!何勝手に入ってきて――、って、いつまでも見てないで早く扉を閉めなさいよ!!」
ヨヅキは咄嗟にベッドの上の枕を拾い上げると、躊躇なく俺に投げつける。
「わ、悪い。」
俺は戸惑いながらもそう答え、投げつけられた枕を難無くキャッチした。
そして、その枕を足元に置き、開いた扉を閉めようと手に力を込めようとしたのだが――、その刹那――、本当に一瞬の気づきである。
無作為に漂っていた違和感からはっきりとした殺意に変わりゆく感覚を受け、俺は閉めようとしていた扉に対し逆の力を加えた。
「――なっ!」
閉められると思っていた扉が、全く逆の――、それもバンッと音を立てるくらい勢いよく開かれる光景を目の当たりにし、ヨヅキから、なんで開けるのよ!?とでも言いたげな動揺がこぼれる。
余裕があれば一声かけてから行動に移すこともできたが、張り詰めるような危機感がそれを許さない。
驚く声を聞き流し、俺はヨヅキの元へ瞬時に駆け寄ると、彼女をしっかりと左腕で包み込んだ。
「――って、ぇぇえええ!?」
殺気や違和感に全く気付いていないのだろう。
どうしてこうなったのかと言わんばかりの悲鳴が聞こえるが、そんな悠長な時間は残されていなかった。
『アイアンウォール』
保護の完了を確認すると同時に、右手で鉄の防壁を素早く展開する。
その直後――、鉄と鉄が勢いよくぶつかり合う音が部屋の中に響いた。
これでヨヅキも襲撃を認知しただろう。
『シャドーバインド』
一撃を防ぎ、間髪入れず拘束の精霊術を行使した。
襲撃者が何人ここまで到達しているか分からない状況で、同じ相手から追撃を許すほど甘くはない。
躊躇なく行使した紫色の光は、容赦なく侵入者を床へと引き寄せると這いつくばらせるような格好で拘束を完了する。
「一体なにが起きて……。」
認知しつつも、この状況についていけていないヨヅキが言いかけたところで、俺はそれを遮る様に侵入者へと質問を投げた。
「お前は何者だ。誰の差し金で動いているか答えて貰おう。」
そう言ってから気付いたが、こういった暗殺を目論む者は絶対に口を割らない。
どこで得た知識かわからないが、なぜかそう思わずにはいられなかった。
「……って、そうだったな。お前みたいな奴等は、何者だって聞いたとしても、『答えるとでも思ったか?』って返してくるだろう。」
「えっ!?」
そう――、こういう相手は拷問にも耐える訓練をしている――、はずである。
いくら尋問しようと答えは返ってこない。
「きっと、『仲間の事は死んでも言わない。』とか、『口は割らないから早く殺せ!』と、徹底して情報は吐かないはずだ。暗殺者っていうのはそう言う生き物だからな。」
「いや、あのまだ何も言ってませんが……。」
結局、一切情報を吐くことは無く、拷問の末に殺さなくてはいけなくなる。
全く迷惑な人種だ。
いや、この男は妖魔だから魔種かな?
「そうだな。うん、そうに違いない。これは決まっている事だ。こう言う暗殺を手掛ける奴は、絶対に口を割らないばかりか失敗すると必ず自ら命を絶つ。」
自殺はできないよう全身を拘束しているが、弱めればすぐに自害しかねない。
全く油断も隙も無い。
「でもまぁ……、情報を聞き出さないと分かっていても、尋問せずに死なせてしまったとなっては魔王に申し訳が立たないか……。やはり、少しばかり死なない程度に苦痛を味わってもらうしかないかな。」
やれるだけのことはやってみよう。
それが捕らえた者の務めなのだ。
「あのー、全部話しますので、拷問も命も助けて頂けると嬉しいのですが……。」
そう思っていたのだが、呆気なく降伏勧告を告げられる。
「……いや、もう少し粘るとかしないのかよ。」
「私は……、こんな覚悟のない奴に殺されるところだったのね……。」
肩透かしを食らったように、目の前の暗殺者は覚悟も信念も持ってはいなかった――。
*** ヨヅキの視点 ***
落胆の言葉が零れた後――、瞬間的な危機ではあったが、その危機が去ったという安堵の思いから、私は冷静さを少しずつ取り戻していった。
目の前には、拘束された侵入者の男が床に転がっているが、今のところ、それ以上の異質感をこの部屋にから感じ取ることはない。
他に暗殺者を用意していないのかと疑いたくなる程だ。
でもまぁ、アルテミスが居なかったらその暗殺者に殺されていたかもしれない。
そう考えると寒気が――、というよりこんなヘンテコな暗殺者に殺されていたかもしれない自分に恥ずかしさを覚える程だ。
それでも、体に直接伝わってくる温度と感触に関して、いつもとは違う違和感を覚える。
そう――、肌寒くも包まれるようなこの温かさの正体は――と、私は彼よりも先に、自分達の状態に気が付いた。
半裸の状態の私を、片腕で抱きしめたままの彼。
「ところで……、いつになったら離してくれるのかしら?」
気付いていないであろう彼に、私はそう告げた。
*** アルテミスの視点 ***
ヨヅキの言葉で、ふと今の状況を認識する。
半身に感じる温かさと柔らかい感触。
女の子特有の甘いようないい香りが鼻腔をくすぐり、自分のものなのかヨヅキのものなのかは分からないが、ドクドクと強く脈打つ心音を感じる。
極めつけはその姿で、起きたばかりだと言う事もあり、裸と大して変わりない下着姿であると言う事だ。
「わ、悪い。咄嗟の事で……、は、配慮できてなかった。」
動揺している所為か言葉はたどたどしく、声も少し裏返ってしまう。
助ける為だったにせよ、あられもない姿を見てしまったことに罪悪感を感じ、なるべく彼女の姿を見ないようにして自身が着ていたロングジャケットを羽織らせた。
いきなりビンタが飛んでこなかっただけよかったのかもしれない。
そう思いながら、再度謝罪の言葉を述べた。
「急にこんなことになって、本当に悪かった。」
ジロジロ見る訳にもいかないが、さすがに背を向けた状態で全く見ずに謝罪するのも誠意がない。
そう思って、何度かチラ見をしつつ反応を伺う。
「た、助けてくれたことだし……、別に……、いいけど……。」
ヨヅキはプイッと顔を逸らし、羽織らせて貰ったロングジャケットのその両端をギュッと内に握り込む様にして、たどたどしく――、歯切れ悪く言葉を並べた。
いやいや、その反応は反則だろう。
本能的になのか、ドキドキが加速しこれ以上言葉が紡げない。
お互いにたどたどしいやり取りを終え、このまま無言の時が訪れるのかと思われた。
「あら、私がいない間に随分と仲良くなっているじゃない。」
窓の外――、宵闇に揺蕩う月の奥から、冷やかすような言葉が聞こえてきた。
そこにいたのは、深夜を象徴する静寂な風景を背に、夜更けの色に同化しそうな漆黒の翼をゆっくりと羽ばたかせ、窓の向こう側からこちらを伺っている少女の姿。
真紅のワンピースドレスに身を包んでいたソアあった――。
すっっっごく久々の投稿になりました。(汗
久々すぎて投稿の仕方に手間取ると言う…。




