第18話 ヨヅキに示される道
第18話 ヨヅキに示される道
*** ディーの視点 ***
これは何かの間違いだろうか――。
否、この目でしかと見たのだ、間違いであるはずがない。
そして、この私が――、この私に芽生えた感情は――、恐怖心?
そんなはずはない。
そんなことがあってはならない。
魔王である――、世界最強の力を有するこの私が臆するなど、認める訳にはいかないのだ。
だが、認めざるを得ない。
彼の力――、対極の精霊属性を易々と使いこなし、精度、速度も申し分ない程に完成されたその力を――。
そして、考えねばならない。
どう対処すればよいのか。
この、対極の精霊術を行使する強者と、それに指示を出していた妖魔の女。
女の方はまだ力を見せてはいないが、この男に指示を出すだけの事はあるだろう。
低く見積もっても同列並みの力は持っているはずだ。
その力に、俺の力がどこまで通用するかとなるが――、正直自信がない。
自信がないと言うよりは、自信を折られたとうな感覚だ。
力量の差が開きすぎていれば、何も感じることは無かっただろう。
しかし、差が開きすぎてはいない為か、その危険さが伝わってきたのだ。
そもそも、危険に感じている時点で、力量は向こうの方が上なのだろう。
どうやら、認めたくないという感情からか、力量を理解するまでに時間がかかったみたいだ。
挑発に乗った時点で、負けは確定していたと言う事か――。
*** アルテミスの視点 ***
「そちらから来ないのであれば、私から仕掛けていいのかしら?」
真っ直ぐな視線に脅威を結い込み、まさに鋭利な刃物と化したソアの言葉。
着席している事が膠着状態を表し、そこから一人でも立ち上がろうものなら、直ぐに開戦となるだろう。
正に一触即発だ。
「大精霊と言葉を交わせるだけの力を有していると言うことか……。」
下手に動く事ができず、ディーが言葉を零す。
しかし、それが功を成すこととなった。
「ディー、分はこちらには無いようです。」
言葉が零れたことで、ステンリーがその流れに乗って助け舟を出す。
「非礼をお詫びします。どうか我々への敵意を収めていただけないでしょうか。」
ステンリーの謝罪を受け、ソアは素直に威圧を解除した。
張り詰めていた空気が雲散し、対峙していたディーは一呼吸着く。
その様子を見ていたユナとヨヅキも、張り巡らされていた殺気による緊張から解かれ、安堵からか深い溜息を吐いていた。
「大変失礼した。非礼をお詫びする。」
冷静さを取り戻したディーも謝罪し、場の空気は、完全とはいかないにしろ睨み合いの前に戻る。
燻ぶるものが無いわけではないが、お互いに――、否、主に魔王側が気を遣うことで整然とこの場の雰囲気は保たれようとしていた。
少し気の毒にも思ったが、加担した事に後悔はない。
結果的にヨヅキの為にもなったが、俺達も魔王という組織について詳しく知りたいからだ。
「それでは勇者ヨヅキ、魔王という組織についてと君の置かれている状況について説明を今から述べる。それを聞いた上で答えを聞かせてほしい。」
僅かに残る燻ぶりを払うように、ディーは話を切り出す。
「魔王についてだが……、まず魔王とは、個人の称号ではなく世界の抑止となる組織の総称だ。」
ドランクが話してくれたように、魔王とは人間種達がランク・シュヴァインの力を恐れて呼称したのが始まりで間違いないらしい。
それを受け継いだディー達によって、魔王は組織の総称となり、今日に至っているのだろう。
「単独で管理できる程、妖魔領域の住人達は従順ではない。その為、組織を構築し、全体で対処できるようにしているのが現状だ。」
組織の利を説明し終え、ディーは次に目的を話し出した。
「我々妖魔は強力な力を有する者も多い。過去の大戦の恨みを晴らす目的だけでなく、単に利己の為に人間領域への侵攻を企てる奴も度々出てくるくらいだ。我々魔王は、そんな脅威と成り得る妖魔の阻止と抑止を主に担い、同時に妖魔領域への侵攻を企てる人間種の阻止や抑止としての役割を果たしているのだ。」
更にディーは続ける。
「それを果たす上で、魔王の脅威……、魔王という強大な力に対する共通認識は、両種族にとって極めて重要な認識である。魔王という強大な力を持った脅威が立ち塞がることで、人間種の領地開拓という過ぎた欲望を実行に移させず、妖魔にとっては復讐の機会を与えさせない。つまり、力を盾に不毛な争いを回避していると言う事だ。」
ディーの言うように、魔王という組織は妖魔と人間の衝突を避ける壁となっているようだ。
ドランクから聞いた話と合わせても、俺が目覚めるまでの間に大戦があったとは聞いていない。
これまで八十五年間、衝突が避けられていたという事実は、魔王の抑止効果を裏付ける根拠と言える。
「そして、もう一つ。魔王と言う脅威が君臨し続けていることで、人間種達の国家間の紛争抑止にも繋がっている。敵の敵は味方という事だ。それも、敵対するのが異種族となれば同種族間の結束は固くなり、共通敵としての認識は格段に高まる。故に、ここ数十年の間に大きな国家間の紛争が起きたという報告は聞いていない。魔王と言う、妖魔の中でも強大な力を持つ我等に対抗しなくてはならない為、わざわざ味方にも成り得る隣国に刃を向けるなど愚行だと正しく理解しているからだろう。」
ここまで話し、ディーはヨヅキの方を見た。
「これからも妖魔領域を保守する為、また人間領域の安全確保の上でも魔王という組織はなくてはならない。人間種から見れば、倒すべき脅威でしかないのだろうが、我々はその脅威の盾となる為に集い、更なる活動を続けていくつもりだ。」
魔王が敗れれば、人間達は新大陸獲得を目指して攻めてくるだろう。
そのためにも、魔王は健在且つ強固でなくてはならないと言う事だ。
そして、強固――、脅威として君臨し続ける為には、実績が伴わなくてはならない。
「継続して脅威であり続けるためには、我々魔王は力を誇示し続けなくてはならない。」
その実績を満たすための方法。
魔王存続の為、勇者に求められる選択肢の一つが告げられた。
「その方法として、最も効果が高いのが勇者を倒すこととなる。勇者の敗北を以って、人間種達に魔王の脅威……、妖魔種への危険意識を増幅させる必要があるのだ。」
それは、今までと同じように、勇者を撃退する事によって抑止を継続すると言う事だろう。
つまりは、世界平和の為に死んでくれとヨヅキに迫っているに他ならない。
現状を維持するのであれば、最もわかりやすい方法だ。
「だが、我々の力を超える勇者が現れないと言う保証はない。その時が訪れ、我々が敗退するようなこととなれば、力の弱い一般の妖魔達は老若男女を問わず虐殺がなされるだろう。人間種からすれば、魔王の種族である妖魔全てが悪であり恐怖の対象だからな。そうならないよう努力はするつもりだが、いつその時が訪れてもおかしくはない。アルテミス殿やソア殿が勇者であれば、今日がその時になっただろう。」
ディーが危惧するように、魔王が敗退した場合はそうなるだろう。
脅威の圧から解放されれば、その勢いは全てを平らげるまで止まらない。
抑圧の代償はどうしても大きくなる。
「そこで提案なのだが、そうなった場合の交渉人として力を貸してくれるのならば、協力者として君の安全を保障しようと思う。」
このタイミングで、二つ目の選択肢がヨヅキに告げられた。
明らかに魔王側の都合ではあるが、ヨヅキにとっては生存が約束される特典付きである。
提案自体は悪くはない。
そう――、悪くはないのだが、果たして効果はあるのだろうかと、疑問に思う。
「中々いい条件ではあるけれど、残念ながらそれでは妖魔種全体を守り切れないわ。」
疑問と言うか指摘をしようと思った矢先、俺より先にソアが口を開いた。
恐らく同じ疑問に至ったのだろう。
「俺も同じ意見だ。」
ソアに続いて同意を示し、俺は見解を語ることにした。
「長期の恐怖、脅威によって阻まれていた壁を壊せる力をようやく手に入れたにもかかわらず、交渉を選択し、尚且つ利益を放棄できる程人間種の持ちうる欲は小さくない。元勇者であるヨヅキというカードを切ったとしても、交渉に持っていくことにすらならないと俺は思う。」
言い切って、隣に座るソアを見る。
ソアは肯定を示すように頷いており、同じ見解であったことに安堵した。
「確かに……、長期間の恐怖からの解放を前にして、交渉の余地など皆無に等しいだろう。しかし、妖魔種にも非力な者達が存在することを認識させるだけでも、希望は少なからずあると思う。」
「何もしないよりは良いという事ではなく、人間種の言葉だからこそ聞き入れやすくなると私達は考えています。妖魔領域の本土には、少数ですが人間種も共に暮らしているので、勇者の話を聞いた後にその光景を見れば、希望は大いにあるでしょう。」
ディーが魔王としての目算を伝え、ステンリーがその内容に補足する。
しかし、ソアはその言葉を見逃さない。
「希望で語るのであれば、それはもう策ではないわ。」
彼女の告げた鋭利な一言。
たった一言ではあるが、特に魔王の頭脳として運営から作戦に至るまでを任されているステンリーにとってそれは、グッと奥深くに突き刺さるような言葉だったはずだ。
とは言え、その策を否定するだけ否定して終えることはできない。
このままでは、ヨヅキが助かる選択も妖魔を守る為に今まで積み上げてきたものを維持する選択も決断できなくなるからだ。
現状が膠着し、自身の記憶を取り戻す旅がしばらく中断するのは避けたい。
となれば、何か代案を提示した方がいいだろう。
たとえば、ヨヅキをこちらで保護するのであれば、彼女の身の安全は確実となる。
世界最強と自負していた魔王が、全く戦闘もせずに手を引くくらいだ。
魔王の保護下よりも確実だろう。
表向きは死んだことにして、こっそりと匿う事も出来るだろうし、魔王もそうするつもりだった筈だ。
これなら唯一生き残った事で、討伐を期待していた人間からの恨みを買うことも無い。
妖魔と人間の双方から守ることができ、魔王の政治道具として使われる心配も無くなるわけだ。
しかし、デメリットもなくはない。
記憶を取り戻す旅や統合現象の対策に巻き込んでしまい、自由に生きる選択肢が選べなくなる。
助かっても不自由では意味がない。
いや――、元の世界に戻る術がない時点で、どのみち何かに属さなくてはいけなくなるのは必然か――。
安全だが政治道具として使われ、その際危険が伴う魔王と言う組織。
魔王討伐を果たせず一人だけ生き残り、汚名と再戦がほぼ確実な人間の世界。
どちらもデメリットが強大だ。
それなら多少不自由となってでも、別の可能性を模索できる方がましかもしれない――。
代案がまとまり、俺は意を決して発言に臨んだ。
「そこで、俺に提案があるんだが――。」
こうして、俺はその場のみんなの視線を一身に請け負う事となった――。
すっごく更新に時間が空いてしまいました...。申し訳ございませんm(__)m




