第17話 魔王との対談②
対談の続きです。
第17話 魔王との対談②
烈風の剣と呼ばれる傭兵団。
傭兵団とは名ばかりで、その実は盗賊団と言って過言ではない。
その組織の動向について調査をすることが、ユナの今回の任務である。
魔王達に促されるまま着席した俺達は、直ぐにその報告を受けることとなった。
ここ数日の間、烈風の剣のリーダーである、アブルード・グレイセルという男を調査した限り、彼は目立った行動は起こしていない。
しかし、奴らは何者かと密かに連携を取り、今回の勇者の襲撃を事前に察知していたとユナは語る。
その何者かについては不明――。
しかし、ピンポイントで日時と場所を特定できた背景を考えると、妖魔領域だけで活動している奴らだけでは、まず特定することは不可能だと考えたからだ。
或いは、奴らに依頼した者が存在する可能性だってあり得る。
そうユナは付け加えた。
その後、アブルードの監視からはこれ以上得られるものはないと判断し、これまでの経過を報告しようと魔王城へ向かっていたところ、偶然魔王城を通過して人間領域方面へと向かう烈風の剣の団員を発見したとのことである。
まさに偶然であった。
少し間をおいて後を追うと、烈風の剣を倒した勇者と鉢合わせになり、ユナは敵と判断されヨヅキの襲撃を受けることとなる。
「なるほど。」
向かって左側のステンリーはそう呟くと、少し考えるような素振りを見せた。
「ありがとうユナ。後で報酬を受け取ってくれ。」
何かを考え始めたステンリーに代わって、中央のディーが感謝の意を伝える。
ユナの報告が終わったと言う事は、次は俺達が話を聞かれるに違いない。
「それでは、今度は貴方達の詳しい目的を聞かせていただきたい。」
やはりこちらに質問が来た。
ディーと目線が合い、俺はこれまでの経緯を簡潔に伝える。
薄暗い石造りの部屋で目覚めたこと、シンシアとの出会い、転移して来たソアとの出会い、ウィンディーネからの情報、ドランクとの出会い、ヨヅキとユナの戦いについて時系列に沿って話した。
さすがに聖者の話しは伏せて置いたが、問題はないだろう。
神だとか聖者だとかの話が出てくると、それを利用しようと悪知恵を働かせるものが出てきてもおかしくないからだ。
「記憶を取り戻すために、火の大精霊と地の大精霊にこれから会いに行く事になっているんだが、水の大精霊、ウィンディーネによると、最初に火の大精霊に会う方がいいとのことで、妖魔領域での探査活動が見込まれる。妖魔領域を探査するのであれば、魔王に会った方がいいとのことをドランクから聞き、こうして会いに来たんだ。」
ディーは理解を示すように相槌を打つと、俺達に支援を提案する。
「それなら妖魔領域を探査する間の案内人を準備しよう。その方が行きたい場所に行き易くなるはずだ。ダイス、夜盗に伝達をお願いしたい。」
「了解した。」
ディーがダイスに伝達を依頼すると、着席せずに腕を組んだ状態で壁にもたれていたダイスは、一言だけ残すとすぐに窓から外へと飛び出した。
え!?
窓からって、結構な高さがあったはずなのだが――。
「さっきの男はこの高さからでも大丈夫なのか?」
ウィンディーネの離島でのドランクの反応から、この世界では空中を移動する精霊術は未開発であろう。
そう推察し、俺はディーに尋ねた。
「彼は気属性の精霊術を使い、空中に壁を生成できるんだ。ディフレクトウォールと彼は呼んでいる。元々は攻撃を受け流すための術らしいんだが、その応用だそうだ。」
なるほど。
要するに、足場を精霊術で作り、それを踏み台として空中を移動できるみたいだ。
精霊術の応用も奥が深い――。
俺が頷いて納得を示すと、ディーは勇者であるヨヅキへと視線を向けた。
「彼の精霊術の話はこれくらいにして、勇者――、たしかヨヅキと言ったな。君はこれからどうするのか、または、どうしようと思っているか聞かせてほしい。」
予想通りの質問。
それはヨヅキ本人もわかっているはずだ。
「私は……。」
そう言いかけて、ヨヅキはすぐに沈黙する。
まだ、これからどうするのか決めかねているようだ。
そして、沈黙による静寂が訪れる。
「その前に、まずはあなた達、魔王について話してあげたらどうかしら?」
その静寂にソアの声が割って入った。
これはヨヅキにとって、思わぬ所から助け舟が出された形となる。
そう、あくまでも助け舟となるはずなのだが――。
「私達も魔王について詳しくは知らないわ。知り得ない相手に、これからを問われても答えに困るのも当然。それに、元は戦おうとしていた相手なのだし、せめて無害であることを証明すべきではないかしら?」
雲行きが怪しくなりそうなほど、ソアは高圧な態度で続けた。
「知り得ない相手に協力を依頼する私達も、どうかと思うところではあるのだけれど……。協力すると見せかけて裏切られるのなら、今の内に潰しておいた方が賢明ではあるわね。」
あくまでも凛として、そしてどちらの力が上なのかを知らしめるように、ソアはただ真っ直ぐに――、弱者の強がりのような虚勢や愚行の類等ではない真の覇者たる威厳を持って、視線を一寸たりとも動かさずにディーを見つめていた。
否――、あからさまに、これは挑発だろう。
この場の絶対的強者を知らしめる事で、自分達だけではなくヨヅキの処遇も考えての事だ。
さすがはソア、抜け目がない。
「なるほど。確かに素性の知れない相手に協力を依頼するのもおかしな話だ。」
クスッと笑みを零しながら、ディーは静かに言葉を綴る。
「ただ、この世界で最強の力を有する私を倒せると……、そう豪語する相手に、魔王という組織がいかに強力なものかを理解してもらわなければならないようだな。」
ソアの思惑通り、ディーは挑発にくらいついた。
「もしよければ、手合わせを願いたい。」
これで、どちらの力が上かはっきりするまで、戦いは回避できないだろう。
穏便に済ませたい気持ちもあったが、処遇改善と今後の優位性が決まるのであれば、これもまた仕方がない。
しかし、元の世界で幾度とない困難を打ち破り、その悉くを滅してきたソアは、凛とした態度で真紅の瞳で視線と言葉を返す。
「構わないわ。力を示したいのであればこの場で示せばいい。」
手合わせの申し出に対して、傲慢なほどに強気な返答。
これでもう、お互いに引くことはできなくなった。
それに、ディーにしてみれば更なる挑発に聞こえなくもない。
ましてや魔王の肩書を背負う自身に対し、勝手にすればいいというような上から目線での返答だ。
当然、ディーの胸中には怒りの感情が芽生えているだろう。
「自信があるようだが、私が力を揮えばこの部屋が悲惨なことになる。時間はかかるが、外へ移動する。」
「その必要はないわ。」
ディーは建物の被害を考え、屋外での戦闘を提案するが、ソアはそれをあっさりと退けた。
「アルテミス、あなたの精霊術でこの部屋に防壁を作って貰えるかしら?」
なるほど。
建物に被害を出さない為の策は、既に考えていたと言う事か。
とはいえ、自分で何とかするのではなく、それをするのは俺のようだ。
『インサイドスティール』
俺は言われた通り、防壁の為の精霊術を部屋全体を覆うように施す。
簡単に言えば補強のようなものだ。
漆黒の光が壁、天井、床に至るまで浸透し、補強が完了する。
『トラップディフレクション』
そしてもう一つ、念には念をと深緑の光を集束させた。
光は反射の効果を持つ防壁を作り出し、それを部屋全体に散りばめる様に設置する。
本来は、相手の攻撃を誘い込んでの反射を狙う為に考えていたが、ダイスの足場にするという発想から防壁に応用してみたのだ。
中々の機転だと自賛してもいいだろう。
「これで被害は出ないわね。それでは魔王の力、見せていただこうかしら。」
二重の防壁に、ソアは満足してくれたようだ。
上機嫌のまま、彼女はディーに対して開戦を告げる。
しかし、告げられた張本人だけでなく、ディーとステンリーの二人の様子が、先ほどと変わっていた。
見るからに焦っている――、というか、驚愕の衝撃を受けて動揺している。
どうやら機転を利かせた結果、思いもしない成果を得てしまったみたいだ――。




