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第14話 鬼手のユナ

第14話 鬼手のユナ


*** ユナの視点 ***


 聞き覚えのない声に、期待の火が点る。

 一振りでも強力な一撃を、百近い数打ち放ったのだ。

 それを受けて尚、その声の主は『問題ない』と豪語する。

 未知なる強者の襲来か、それに匹敵するものを持つ英雄の降臨かとばかりに、あたしは煙が晴れるのを待った。


「いったい……なにが起こったの?」


 勇者の声が聞こえる。

 しかし、あたしの興味は既に、その勇者を抱える男へと向いていた。

 ゆっくりと雲散する粉塵の先に――、僅かな青を纏う髪にブラウンの瞳を捉える。


「お前が魔王なのか?」


 目が合うや否や、男は勇者と同じ問いをしてきた。

 聞く耳を持たなかった勇者とは違い、この男は理解するだろうと期待し、あたしは首を横に振って答える。


「いや、あたしは魔王じゃない。遊戯邸に属するユナっていうんだ。一応、鬼手のユナって呼ばれてる。」


 躊躇いなく名前や所属を明かした。

 対して男の方も名乗りつつ、続けて質問を受ける。


「俺はアルテミスと言う。魔王城に用があって来たんだが、魔王じゃないあんたと何で勇者が戦っているんだ?」


 どうして戦っているか――。

 戦う理由などあたしには殆どない。

 いや、無い訳ではないが、仕掛けてきたのは勇者だ。

 あたしは悪くない。


「それはそこの勇者にでも聞いてくれ。あたしはたまたま通りかかっただけなんだが、どうやら魔王の手先と勘違いされているみたいなんだ。」


 その言葉を聞きいた男――アルテミスは、今度は勇者に向けて質問する。


「と、言いているんだが、お前から仕掛けたのか?」


 その言葉に、無言で成り行きを伺っていた勇者の少女が、細やかな反論を述べた。


「魔王城の方から現れたから魔王の手先だと思って……。」

「なるほど。」


 勘違いに顔を赤くして恥ずかしがっているようだが、あたしは騙されない。

 そう、あたしは全く悪くないぞ。

 全面的にあたしは被害者側なのだ。


 勇者の意見に納得をしつつ、アルテミスは言葉を続ける。


「それならこの戦闘はこれでお終いにしよう。お互いに無益な戦いは避けた方がいいしな。それに、魔王への面会と勇者の保護が俺達の目的なんだ。ユナと言ったか、悪いが終戦を受け入れてくれると助かる。」


 どうやらあたしを被害者側だと認識したようだ。

 無罪放免を勝ち取り、非常に満足である。

 その所為か、あたしは快く言葉を返していた。


「まー、勇者の力量を知りたかったあたしにも責任がないわけではないんだが……、一通り力量は測れた事だし、勇者との戦闘は終わりでいいよ。」

「それは助かる。」


 ついつい自分にも非があるような回答をしてしまったが、どうやら彼は気付いていなさそうである。

 そして、もうひとつ――、あたしに点った火に彼は気付いていない。

 それを知らしめるため、あたしは首を横に振り、彼に向けて紫の光を集束させて言い放った。


「でもあんた強そうだから、あんたと戦ってみたいかなっ!」


 紫の光を鬼の手に変貌させる。


悪鬼羅刹あっきらせつ


 放った鬼の手は今までの拳状とは違い、鋭い爪で引き裂くように繰り出した。

 打撃では無意味なことは先程の結果が示している。

 ならば打撃に変る攻撃を選択すべきだ。

 そう思って繰り出したのだが、どうやらこれも効かないらしい。

 避ける隙なく密に繰り出したはずだったが、彼は勇者の少女を抱いたままそれを軽々と避けていた――。




*** アルテミスの視点 ***


「うそ!これ全部避けてるの!?」


 勇者の少女の騒ぎ立てるが、俺は気に留めることなく、攻撃を避けながら周囲を確認していた。

 避けられない程の速度ではないものの、こう両手が塞がっていては攻勢に出られない。

 要するに、この勇者が邪魔なのだ。

 そう思っていると、ちょうどこちらへと向かってくるソアを発見する。


「え?ちょっとまっ――!」


 何をされるのか勘付いたのだろう――、勇者の少女が更にやかましく声を上げるが、それを無視するように躊躇いなく、俺はソアへと投げた。


「いやぁぁぁぁ!!」


 勢いよく投げ飛ばされた勇者の少女は、悲鳴を上げつつソアの元へと飛んでいく。

 コントロールに狂いはない。

 ソアの元へとズレなく到着し、受け取ったソアが彼女に【飛球】を施すのが見えた。


「う、浮いてる!?なんで!?どうして!?」


 今度は浮いていることに戸惑い、再び騒がしくなる。


「ちょっとは静かにしなさい。」

「うぐっ!?」


 しかし、ソアの鋭いチョップが決まり、すぐに静かになった。


「あれを全部避けるのか。あたしの攻撃を避ける奴なんて今まで誰一人といなかったのに……、というか、海の上なのに宙に浮いてるし、あんた何者?」


 勇者に気を取られていたが、対峙するユナの言葉で再び彼女へと意識を向ける。


「さっき覚えたばかりの簡単な精霊術だ。自分が何者かは俺もよくわかってない。」


 記憶喪失だから間違っていないはずだ。

 そんなやり取りを交わしつつ、再び彼女が動くのを待つ。

 そして数秒後には、再び激しい攻防が繰り広げられた。


百鬼夜行ひゃっきやこう


 ユナの展開した紫に光る陣から、再び鬼の手が召喚される。

 先程とはまた変わって、今度は握りつぶすような動作でこちらへ向かってきた。

 何より、今度は包囲するように差し向けられている為か、一つ一つの動きに規則性が見え、回避しつつも誘い込まれているのが分かる。

 その誘いに乗る他なく、僅かにできた隙間を掻い潜る様に進んでいくと、待っていたのは俺の十倍近くはある巨大な鬼の手であった。


怪力乱神かいりょくらんしん


 巨大な鬼の手が振り下ろされる。

 が――、対策は万全だ。


『シャドーリフレクト』


 瞬時に紫の光を集束させると、巨大な鬼の手と同じ大きさの影でできた手を召喚し、組み合わせるようにして攻撃を防ぐ。


「あー、何というか……、防御に関しては反則級だな。本当に何者なんだよ。」


 あっさりと避けたり簡単に防がれ、ユナの心境は穏やかではないはずだ。


「只の通りがかりの、記憶喪失の男さ。」


 余裕を感じさせるように、冗談めかした言葉で追撃し、さらに苛立たせようと試みる。


「そういうの、好きくない!」


 苛立ちをぶつけるような、言い捨てるような言葉。

 その様子から、俺は効果を確信した。


『魑魅魍魎』


 怒りをそのまま精霊術でぶつける様に、百以上の紫の陣から鬼の手が召喚される。

 だが、苛立ちで思考の練られていない攻撃だ。

 恐れるに足らない。


「そろそろ決着をつけるかな。」


 周囲に並べられた無数の鬼の手を前に、俺は一言呟くと藍色の光を集束させる。


『スパイラルキャノン』


 俺の詠唱と共に、海面に水龍を彷彿させる巨大な渦が生じた。

 そして勢いよく、渦を巻いた海水が百近い鬼の手諸共ユナを飲み込む。


「こんなの反則っ――!!」


 その言葉を最後に、渦を巻く水流は容赦なくユナとその足場である船を丸ごと飲み込んでいった。


「しまった、やりすぎたかな……。」


 その光景を眺めながら、俺は失敗に気付く。

 どうやら俺も熱くなっていたのだろう、完全にオーバーキルくらいの一撃を与えてしまった。

 いや、致死に至る衝撃ではないはずだが――、全てを飲み込んだ辺りに彼女の姿はない。

 殺ってしまったという焦燥が徐々に込み上げようとしていた時、静まり返った海面に気を失ったユナが浮かんできた。


「……生きているよな?」


 俺は少し焦りながらユナへと近づく。

 どうやら息はしているようだ。

 一応の無事を確認でき、俺はユナに【飛球】を施す。

 これで一安心。


「……とりあえず、このまま魔王城に向かうか。」


 そう一言呟いて、離れていたソアと合流する。

 そして、俺達はいよいよ魔王城へと向かうのであった――。

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