第12話 ドランクの語り②
第12話 ドランクの語り②
「――っと、悪いな。ここからが重要なんだが……。」
一筋の雫を拭い取り、ドランクは再び話を始める。
「近年、新たに人間と妖魔の間で戦争の火種が燻ぶり始めている。と言っても、現状過去五回の戦闘は、全て妖魔である魔王が一方的に勝ってはいるんだが。」
そのドランクの言葉に、俺はふと疑問を抱いた。
「ちょっと待ってくれ!魔王の存在が抑止力となり、人間との戦闘は無くなったんじゃなかったのか?」
俺の言葉でドランクは不足していた情報に気付いたのだろう。
仕切り直しとばかりに、不足していた情報を話し始めた。
「人間側に、新たな力……と言うか、詳しくは判っていないんだが、勇者と呼ばれる異世界人が出現したんだ。」
その勇者と言う言葉に、普通であれば、魔王を倒そうとする者を活気付ける為の単なる称号に過ぎないとしか思わなかっただろう。
しかし、異世界人と言う所がソアの件と相重なって、複雑な状況を連想させたのだ。
「異世界の妖魔が人間側に就いたということか。」
「いや、妖魔ではなく人間らしい。」
どうやら俺の推測は外れのようである。
その推測を修正するように、ドランクは話を続けた。
「しかも強力な精霊術を使うとの事だ。俺も最初は妖魔化した人間だと思っていたが、妖魔化と言うよりは、何かの加護を受けているといった様子だったと聞いている。」
加護という言葉に、二人は思い当たる事が一つ頭に浮かぶ。
「大精霊との契約。」
「あるいは大精霊に等しい者との契約の可能性もあるわ。」
俺に続いてソアが付け足すように答え、ドランクも頷いて肯定を示した。
そして、彼は更に話しを進める。
「俺もそれを考えていたんだ。確証を得るためには、次に勇者が現れた時にその勇者を保護する必要がある。もし勇者を見つけたら、その時は報告してくれると助かる。」
勇者を保護するというドランクの要望に、俺達は了解を示した。
目的が一つ増えたが、記憶を取り戻す障害にはならないだろうと思う。
こうして、これまでの世界の経過に関する長話に幕が下りたのだった――。
それから暫くして、ドランクは俺達に質問を投げかけてきた。
「ところで、これから二人はどうするつもりなんだ?」
唐突な質問に、俺は躊躇うことなくこれまでの経緯を全て話し、次の目的地となるサラマンドラのいる妖魔領域を目指すことを彼に伝える。
彼が案内役になってくれれば、目的地まで迷わないだろうと思ったからだ。
「ならば妖魔領域を目指す前に、魔王の城に一度向かうと良い。あいつならお前に協力してくれるだろう。」
俺の思惑は肩透かしを食らう事となったが、どうやら適任を紹介してくれるらしい。
ドランクはすぐに紙と筆を用意すると、紹介状のような書状を認め始める。
「こいつを持っていくと良い。俺からの推薦状見たいなものだ。今後の為にも、一度顔合わせはしておいた方がいいからな。」
俺は書状を受け取った。
「ここから殆ど真っ直ぐに北に向かうと、大きな砦のような建物が建った孤島が見えてくる。そこが魔王城と呼ばれるところだ。そこで魔王である、ディーと言う男にこれを渡せば協力を得られるだろう。」
「悪いな、色々教えて貰った上に、気を使わせてしまって。」
ドランクの好意に謝辞を送りつつ、俺は書状を懐にしまい込む。
これまでの話しや紹介状など、ドランクには随分世話になってしまった。
「俺はもう少しこの島でやることがある。ディーに迎えを寄こしてくれるよう言ってくれるなら、俺の船を使ってくれて構わないが、どうする?」
魔王城までの移動手段として、ドランクが自分の船を提示する。
それに対し、ソアは首を横に振って答えた。
「船はなくても、移動の為の手段はあるわ。」
そう言うと、ソアは片手を前に突き出し、白銀に光を放つ陣を描く。
『飛球』
そう唱えるように言葉を発すると、巨大なシャボン玉を思わせる球体が、何も無かったその場に召喚された。
「これもアクセサリーなのか?」
プカプカと浮遊する球体を見て、俺はソアに訊ねる。
すると、彼女は首を縦に振って答えてくれた。
「ええそうよ。でもこれは貴方でも作ることができるわ。」
なんと、このアクセサリーは自作できるらしい。
そして、ソアは俺にも作り出せるよう、助言をくれる。
「空間属性は、風と火属性による光属性を作るイメージで、尚且つその光属性を重ねるイメージで精霊を集束させるのよ。試してみて。」
促されるまま、俺は片手を突き出して同じように精霊を集束させた。
目の前に現物があるため、難しく考える必要はない。
最初こそ白い陣が浮かび上がっていたが、徐々に色が白銀色へと変化していくのが分かった。
「いい感じだわ。そのまま球体をイメージすれば作り出せるはずよ。」
ソアの言葉でイメージを増幅させる。
そして――、
『飛球』
唱えるように声を発すると、見事にシャボン玉のような浮遊物体を作り上げることに成功した。
「さすがと言ったところね。普通の人なら、一度で空間属性の精霊術を成功させるのは難しいのだけれど、この調子なら他の空間属性も扱えるかもしれないわ。」
ソアの賛辞が素直にうれしい。
調子に乗って、俺は更なる空間属性精霊術の行使を試みた。
「丸い形状から、纏うような……、体に密着するようなイメージをすれば……。」
言葉に出しつつ、イメージを増幅させる。
シャボン玉のような球体を作り出してその中に入るのではなく、この浮遊する空間を纏うことができれば自由に空中を動くことができるだろうと考えたのだ。
徐々にイメージが確固たるものになっていき、俺は精霊の力を増幅させる。
『飛装』
そう唱えるように発して片手を上に掲げ、頭上に白銀の光を放つ陣を描いた。
そこから自身を包み込むようにして光が降り注ぎ、陣の消失と共に自身の輪郭を覆う光の膜が生成される。
そして、その光の膜に覆われた俺の体は、ゆっくりと空中に浮かび上がった。
「成功したかな?」
そう呟きつつ、空中で自由自在に操れるかを確かめる。
「応用の天才ね。」
ソアの言葉が示す通り、空中での移動は成功した。
上下左右、急上昇から急降下など、俺はテクニカルに宙を飛び回ってみる。
実に爽快としか例えようがない。
「……。船の時代はおわったか……。」
その姿を遠い目で見つめつつドランクは、哀愁を零していた――。
次話で新たなヒロインの登場となります。




