第11話 ドランクの語り①
ドランクの思い出話から、アルテミスは自分の過去と、
停滞から今に至る、世界の移り変わりを知る。
第11話 ドランクの語り①
俺の事を知るその男は、自身をランク・シュヴァインと名乗り、訳があって今はドランクと名乗っているという。
本来無人島であるこの地に来ていたのは、亡くなったと思われていた俺の墓参り赴いたとのことであった。
「ちなみに、ここにある慰霊碑がお前の墓と言うことになっている。」
そうドランクが指し示した先には、確かに俺の名が彫られた石碑が、草木の茂みから覗くようにひっそりと佇んでいる。
その前には、まだ新しい色とりどりの献花に加え、酒や果実などの供物が無造作に置かれていた。
「もう少し慰霊碑の周りを整備したり、お供え物も並べてほしいものだな。俺がもし死んでたら確実にそう思っているぞ。」
これまでの会話や態度から、大雑把と言う言葉が良く似合うこの男に言ったとしても無意味だろう。
そう思いつつも、突っ込まずにはいられなかった。
「ん?俺の名前の下にもう一人名前が書いてある。」
散在する供物越しに慰霊碑を眺めていた俺は、ふと自分の名前の下に彫られた、もう一人の名を見つける。
「エイリス・シュヴァイン。もしかして、ドランクの身内なのか?」
そこには確かにシュヴァインと書かれており、ドランクと同じくシュヴァインの姓を持つ人物の名前が書かれていた。
「エイリスは、旧姓エイリス・リネという名門リネ家の才女であり、俺の婚約者だ。85年前の戦いでも共に戦った一人だが、やっぱりそれも覚えていないか。」
口調は相変わらずだが、どこか寂し気にドランクは答える。
「エイリスが亡くなったのは、もう30年前の話しだ。妖魔であることを隠していた時からの知り合いで、エイリスの父と兄には昔からお世話になりっぱなしだった。」
しんみりとした様子で、ドランクは過去を懐かしむように、過去から現代に至るまでを語り始めた――。
およそ90年前――、それは、俺が記憶を失うきっかけとなった、85年前の事件よりも少し前の話しになる。
当時、妖魔化する技術を確立したタルタス・アスタリア――、またの名をアスタルと言う精霊学者が、母国であるアステイト王国から亡命し、隣国であったマナハイム、ベロックス、サグリフの三国を転々としていた。
そのアスタルが、マナハイムで潜伏していた最南端に位置する地域――、マスマッド。
このマスマッド領の領主をしていたのが、若き日のランク・シュヴァインこと、ドランクであった。
ドランクは、彼を匿う力を得るために妖魔化する。
それを巧みに隠しながら、彼はマスマッドの地を収めていた。
しかし、ベロックス国を拠点に、異端者である妖魔を排除する異端審問官が設立され、隣国であるマナハイムでも活動が活発化する。
彼が治めていたマスマッド領にも、異端審問官の影が忍び寄っていたのだ。
いつ訪れてもおかしくない状況の中、異端審問官の足止めをしていてくれたのが、当時のリネ領の領主、アグリオ・リネである。
政府とも太い繋がりを持っていた彼の助力により、マスマッド領への捜査は回避され続けてきた。
最終的には85年前の事件へと繋がっていく――、異端審問官による強制捜査と言う名目で、マスマッド全域が火の海となる事件が起きたが、その時もドランクを屋敷に避難させてくれたのが彼である。
そして、その彼の娘がエイリスであった。
ここまで話し、ドランクは供えてあった酒瓶を開封すると、懐から取り出した器へと徐に注ぎ始める。
「マスマッドでの妖魔強制排除事件、その後俺達はエイリスと共にアステイト王国へ向かった。その時は、お前の機転で国王に謁見することが出来たんだが……、そこで出会ったのがアイナ・ナナリーだ。」
ドランクはグイッと器の酒を流し込み、空になった器に新しく酒を注いだ。
そして、『飲むか?』と尋ねてくるが、俺は『遠慮しておくよ』と、首を振って断る。
「その後シャロ国を経由して、確か……、ハイデンベルグ王国であいつらと出会ったんだ。」
注がれた二杯目も一気に流し込み、ドランクは三杯目を注いだ。
ドランクは、今度はソアへと勧める素振りを見せるが、ソアも首を振って断る。
ノリが悪いようにも思えるが、やるべきことが俺達にはあるのだ。
出だしで早々、飲酒による足止めを食らう訳にはいかない。
「シーゼル・ハルトとラスター・テイナーズ。この六人で、今は亡きカルバイン王国の陰謀と、アスタルの人間種の殲滅計画を阻止したんだ。」
三杯目の酒を呷り、ドランクは酒瓶の蓋を閉めた。
「85年前、そのアスタルを討った時に、お前はここから転落して海底に消えていった。捜索しようにも、ここの海流は複雑で速いからな、俺達は中に飛び込むことはできなかった。それでも三日間はここに留まり、浮き上がってくるのを待っていたんが、皆既に戦闘で疲弊していたんだ。各々の体調や本土への報告の事を考え、シーゼルとラスターとアイナの三人は、乗ってきた小型船で本土へ向かい、俺とエイリスは残った妖魔達を連れて、アスタルが残した大型船でお前が言っていた東の新大陸を目指したんだ。」
ここまで話し終えたところで、ドランクは一呼吸を置く。
共に戦ったと彼は語るが、やはり俺には実感が沸かなかった。
しかし、俺に記憶が戻ったとき、この話しは鮮明に思い出すだろう。
話しの内容から察するに、かなり印象的な経験をしていたからだ。
次にドランクは、俺が眠っていた85年間の話を始める――。
新大陸への航海は、多少の死者を出しながらも無事に成功した。
人間との種族対立から隔離された新しい大地は、妖魔の皆にとって楽園と言ってもいいだろう。
しかし、苦難はこれで終わらない。
辿り着いた大陸は、ジャングルの如く何も整備されていない場所であったからだ。
当然、飲み水の確保や食料調達、暮らすための家や道具など必要なものは、一から作らなければならない。
大人数でのサバイバルが始まったのだ。
狭い船内での長期に渡る航海で、皆疲労もたまっていただろう。
それでも互いに協力し合い、少しずつだがライフラインを整えていった。
そして、上陸から三ヶ月が経った頃、ようやく村と呼べるものが完成する。
その後、南北に延びる大陸を、北へと向かうグループ、南へと向かうグループに分かれ、順調に開拓は進んでいった。
人間の国家みたいに王や代表を作らず、完全なる自由の形成を保ちながら妖魔の社会が進んでいく。
その中でも、この地へと導いたドランクに対する評価は高く、彼を慕う者達は領主や王を名乗る事を薦めたようだ。
だが、妖魔の始祖であるアスタルが言うように、『妖魔の力は争いにではなく、長寿の特権を持って、長い年月で何かを研究することにある。』と、言うのが本質である。
各々自由に、各々がやりたいことを研究すべきだと言葉を返し、皆を納得させた。
五年程経ち、新大陸の開拓が一通り終わりを迎えると、ドランクは人間領域と妖魔領域を隔てるように海の中央に浮かぶ、小さな離島の開拓を始める。
目的は、力を求める者や人間に復讐を試みる者を監視するためであった。
案の定、完成までに五年を要した中で、人間領域へと復讐へ向かう船を五十隻ほど破壊することとなる。
それから数年後には、今度は人間領域からの侵攻を受け、これを阻止したドランクは魔王と呼ばれるようになった。
人間領域からの侵攻の抑止力になる可能性を考え、ドランクはランク・シュヴァインの名で魔王を宣言する。
魔王の存在による抑止は、人間と妖魔の争いを防ぐだけでなく、共通の敵ができたことにより、人間同士の争い激減にも効果抜群であった――。
「ある程度争いが起きなくなり、俺は魔王の座を後任に託した。エイリスと婚姻を結んだものの、あまり相手をしてやれなかったからな。後任に託してからは、二人で南の大陸に移住し、屋敷を構えて慎ましやかに過ごすことができた。」
不意に視線を慰霊碑に移し、そこに刻まれた名を眺めながら、ドランクは思いに耽るように言葉を零す。
「あれは正しく、泡沫の夢のようだった……。」
横顔で分かりにくかったが、俺はドランクから流れる一筋の雫を見逃さなかった――。
②に続きます!




